
だいたい驚くほど少年法という科目自体が開講されていないロースクールが圧倒的に多いらしいのです。
新司法試験受験科目でもないのに20人も受講しているのは私の人気!ではなくて、講座の評判!!でもなくて、点数が甘いからだな。うん。
私は体を壊して休学した2007年以外、ずっと少年法を担当。なにしろ、条文が70ほどしかないのに、15回も講義があるので、苦労しっぱなしでしたが、今年は、自分としては最高の出来栄えの授業になってます。
自分のやった事件の説明も一番たくさんできました(「上手く行った事件の話もしてください」といわれ、全部上手く行った、感動的な事件の話をしてるつもりだったのに、俺の事件って上手く行ってなかったのか、気づいてなかったのは俺だけ?と愕然としましたが)。
例年手薄になりがちな少年法の手続やポイントとなる条文も抑えることが出来ました(中間アンケートでは、もっと条文を教えてくださいと要望が複数・・・でも、条文、憲法より少ないんやで・・・そないに条文解釈せんでも実務はできるのやが・・・教科書もあるし自分で分かるやろ、あとは。あれ、いい加減?)。
本当の被害者の両親と称する(というか私が生徒さんたちをだました)ボランティアの男女と面談するロールプレイングも史上空前の緊迫感でした(「被害者の親になりきって心のままにやってください」、とお願いしたのですが、怖い怖い、お二人とも、私でも逃げたくなる迫力で、これは究極の圧迫面接か!?というくらい生徒さんたち各弁護団は四苦八苦してました)。
で、極めつけは、現役バリバリの少年に登場してもらえたこと。何度かトライしてきたのですが、いろいろな事情で、6年目で初めて夢が実現しました。
ああ、思い起こせば、2004年。
関学ロースクール開校初年度。
頭を赤く染めて頭の両脇の髪の毛を刈り上げた私が(「魁!男塾」の卍丸のイメージ)少年役をやった恥かしい歴史が走馬灯のように今蘇る・・・そのあと、裁判所ではどの裁判官も書記官も目を丸くするし(でも、プロだから絶対に髪どうしたの?とは聞かない)、依頼者はみんな無言になるし、数年後、卒業生に「あれは無理でしたよ、年齢が」と切り捨てられるし・・・
今回は天地人がそろいました。授業の狭間のジャストタイミングに、グッドな少年の事件を担当し、しかも、今、鑑別所にも少年院にもいなくて、時間もあいていた、という奇跡。
プライバシーは守らないといけないので、名前なんにする?と聞くと、リュウにします、りゅうってなんや?、劉備玄徳の劉です、好きなんです、劉備、というので、「劉雷太くんです!拍手!!」
生徒さんたちは笑っているのですが、彼は16歳ですから、太陽にほえろのゴリさんこと竜雷太なんて知らないですよ。
少年も関学弁護団もよくがんばってくれて、私も気づかなかったような彼の思いも引き出してくれて、助かっちゃいました。
2009年度少年法講義、残るは、私の持ち玉のうちの決め球、神戸連続児童殺傷事件の井垣康弘元判事と野口善國弁護団長の2回にわたる、3時間ずつのご講演。
井垣さんは産経新聞に100回以上の連載中だし、野口さんはを出版されたばかり。
エキサイティングな2週間になりそうです。
我が関学ロー人生に一片の悔いなし!(北斗の拳 ラオウの最期のパクリ)