
本日、2018年7月6日、オウム真理教の一連の事件で死刑が確定した13人のうち、元代表の麻原彰晃、本名・松本智津夫死刑囚ら教団の元幹部7人に死刑が執行されました。
オウム真理教は1989年(平成元年)の坂本堤弁護士一家殺害事件や、1994年の松本サリン事件、1995年の地下鉄サリン事件など数々の事件を引き起こし、合わせて29人が死亡、およそ6500人が被害に遭いました。
1995年3月から始まった強制捜査では192人が起訴され、裁判で13人の死刑が確定していました。
私の個人的な体験で言うと、地下鉄サリン事件では、東京弁護士会にいましたので、東京地裁に行くためにあの地下鉄を利用する寸前でした。
また、松本サリン事件は町元地裁の裁判官官舎を狙った事件でしたが、当時、私の同期の裁判官家族がそこに住んでいて、命に別条はなかったもの被害に遭いました。
さらに、坂本弁護士一家拉致殺人事件では、一家の無事な帰還と徹底した捜査を望む「坂本弁護士一家を救う会」のお芝居に出演したりしたものです。

赤ちゃんの命も奪い、地下鉄に乗っているだけの市民を無差別に狙うという、日本の歴史に残る悪逆非道な犯罪。
しかも、カルト宗教集団による異常犯罪。
多くのことが今日も語られていると思うのですが、忘れてならないのは、坂本弁護士一家殺害事件での神奈川県警の怠慢、いや故意の捜査遅延です。

坂本弁護士はオウムによる人権侵害事件に深くかかわっておられ、脅迫もされていたし、しかも一家が拉致された現場にはオウム真理教のバッジが残されていました。
坂本弁護士が所属する法律事務所と、残された親族の方々は速やかなオウム真理教への捜査を求めたのに、神奈川県警は、坂本弁護士が個人的な事情で旅行しているかもしれないだの、どこかいったかもしれないだの、不合理な言い訳ばかりして、ちっとも捜査しないわけです。
その理由は、坂本弁護士の法律事務所がいわゆる労働弁護士事務所、つまり、政権に対して批判的な事務所だったということしか考えられません。

そういう神奈川県警の初動捜査における決定的な遅延が、坂本弁護士一家を救うを妨げただけではなく、その後のサリン事件などのオウム真理教の凶行を阻止するチャンスを失わせたのです。
警察が違法捜査をすればそれを厳しく追及するような法律事務所。でも、それは弁護士の社会的使命からは当然のことです。
当時からさまざまな不祥事を起こしては叩かれてた神奈川県警が、それを逆恨みするかのように公平な捜査をしなかったのは言語道断です。
オウム真理教のことが報道されるたびに、この犯罪を許したのは日本の警察機構の不公正性に原因があるのだということを思い出してほしいと思います。

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更新の間隔が二か月以上開いてしまい、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。
森友加計学園問題があろうと、防衛省が日報を隠そうが、財務次官がセクハラしようが、財務大臣がいくら暴言を吐こうが、退陣も反省も一切しない安倍政権の姿には怒りを禁じえませんし、そんな政権に対する支持をまたあげる国民に対しても、室申します。
が、あきらめて筆を折っていたわけではありません。ぼちぼち歩き出しますので、おお見限りなくよろしくお願いいたします<m(__)m>。
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地下鉄サリン事件など3事件の経過=松本サリン、弁護士一家殺害
7/6(金) 13:16配信 時事通信
オウム真理教の元代表松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚の確定判決で認定されるなどした地下鉄、松本両サリン事件と坂本弁護士一家殺害事件の経過は次の通り。
◇坂本弁護士一家殺害事件
坂本堤弁護士=当時(33)=は1989年5月ごろから出家信者の親の依頼を受けて教団と交渉し、被害者の会設立を支援するなど教団に批判的な活動をしていた。松本死刑囚は、教団の勢力拡大に打撃を受けると考え、同11月、故村井秀夫幹部らに坂本弁護士殺害を指示した。
村井幹部ら6人は同月4日未明、横浜市磯子区のアパート一室に侵入し、坂本弁護士と妻都子さん=同(29)=、長男龍彦ちゃん=同(1)=をいずれも首を絞めるなどして殺害。3人の遺体は95年9月、新潟県、富山県、長野県の山中から相次いで発見された。
◇松本サリン事件
教団は長野県松本市に教団支部を建設しようとしたが、反対派住民が起こした訴訟により、規模縮小を余儀なくされた。住民や長野地裁松本支部の裁判官に反感を抱いた松本死刑囚は、生成したサリンの殺傷力を確かめようと考え、村井幹部らに裁判所への噴霧を指示。村井幹部ら7人は94年6月27日夜、裁判所宿舎近くでサリン噴霧車を作動させた。住民8人が犠牲となり、約140人が負傷した。
当初、第1通報者の河野義行さんが疑われ、県警が殺人容疑で河野さん宅を家宅捜索した。県警は95年6月になって「河野さんは事件と無関係」とする見解を発表。2002年7月に県警本部長が初めて謝罪した。
◇地下鉄サリン事件
95年2月に教団が起こした目黒公証役場事務長仮谷清志さん=同(68)=拉致事件で、警視庁による教団への強制捜査が現実味を帯びてきたことから、松本死刑囚らは強制捜査を避けるために地下鉄にサリンをまくことを計画。95年3月20日朝、元幹部5人が営団地下鉄(当時)霞ケ関駅を通る3路線の五つの電車内で、サリン入りの袋に穴を開けて散布した。乗客と駅員13人が犠牲となり、5800人以上が負傷した。
警視庁は同22日、仮谷さんへの逮捕監禁容疑で教団施設を一斉捜索。5月には山梨県旧上九一色村の教団施設に潜伏していた松本死刑囚を発見し、地下鉄サリンの殺人容疑などで逮捕した。
オウム死刑執行 坂本弁護士勤務の事務所がコメント「事件の核心闇に閉ざされたままで残念」
7/6(金) 15:31配信 産経新聞
殺害された坂本堤弁護士が勤めていた横浜法律事務所は6日、麻原彰晃死刑囚(63)らの死刑執行を受けコメントを発表した。全文は以下の通り。
本日、地下鉄サリン事件、坂本弁護士一家事件等、数々の凶悪犯罪を起こし、死刑判決が確定していたオウム真理教(現Aleph)教祖の麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚、早川紀代秀死刑囚、新見智光死刑囚、中川智正死刑囚ら7名に対する死刑が執行された。
私たちは、当初から、松本死刑囚に対して一連の事件の真相を語るよう求め、東京地方裁判所から死刑判決が言い渡された2004年2月27日にも、「少しでも人の心、良心が残っているのなら、この判決を、厳粛かつ正面から受け止め、今後は、被害者に対する心からの謝罪とともに、真実を自らの口で語るべきである」と求めた。
しかし、松本死刑囚は、その後も一切事件を語ることなく、謝罪の言葉ひとつ述べることないままに、死刑が執行された。私たちは、これにより、どのような動機によって松本死刑囚がさまざまな凶悪事件を引き起こそうと思ったのか等、事件の核心部分が闇に閉ざされたままとなってしまったことをあらためて残念に思う。
私たちは、オウム真理教が有する反社会性をいち早く見抜き、その違法性・欺瞞性を追及する中で悲惨な最期を遂げた同僚坂本堤弁護士と妻都子さん長男龍彦ちゃんの無念をあらためて思うとともに、正当な弁護士業務に対する最も卑劣かつ悪質な妨害である坂本弁護士一家事件を決して忘れることなく、弁護士業務への妨害に屈することなく、今後も坂本弁護士の志を受け継いでゆく決意である。
(原文のまま)
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