
自民党の中でもタカ派の最右翼である稲田朋美政調会長が、NHKの日曜討論で
「自民党の出している憲法草案も、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重、これまったく変えません」
と言ったので大笑いされているのですが、このブログでもう一回おさらいして大笑いいたしましょう。
まず、自民党な改憲草案は、基本的人権のおおもとになる個人の尊厳の考え方を否定してしまいました!

個人の尊厳の削除
現行憲法
第十三条前段 すべて国民は、個人として尊重される。
自民党草案
(人としての尊重等)
第十三条前段 全て国民は、人として尊重される。
ごらんのように、自民党改憲草案13条前段は「個人として尊重」を削除して、「人として尊重」にしてしまいました。その改正理由は「個人として尊重」は個人主義を助長してきた嫌いがあるので改める、というのです(自民党の解説から)。
しかし、「個人として尊重」するという個人の尊厳の理念は、一人ひとりの人間が人格的自律の存在として最大限に尊重されなければならないことを意味します。
つまり、各人が自分のことは自分で決められる自律的存在として自己の幸福を追求して懸命に生きる姿に本質的価値を認め、その価値を最大限尊重しつつ人の共生を可能とするような社会・国家の構成のあり方を考えようとする理論なのです。
憲法学では、そのような見地から、各人には基本的な権利が保障されていると想定しています。この理論は、97条にも示唆されているように、近代人権宣言への共感に根ざしつつ、その後の人類の歴史を踏まえたものです(「日本国憲法論」佐藤幸治p121)
これに対して、「人の尊重」が意味するのは、自民党によると「聖徳太子以来の我が国の徳性」である「和の精神」をもった「他人に迷惑をかけない人」の尊重であり、大事な道徳ですが、法的には当たり前のことであり消極的な意味しかありません。
これでは、国家権力による人権侵害に対する自由権という意味は全く無意味と言っていいでしょう。

さらに、自民党案では人権を抑制する一般的法理として、公益及び公の秩序という概念が急に出てきました。
3 「公益及び公の秩序」による基本的人権の大幅な制限
現行憲法
12条
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
13条後段
生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
自民党改憲草案
12条
国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。
13条後段
生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。

現行憲法の「公共の福祉」が自民党草案13条「公益及び公の秩序に反しない限り、…最大限に尊重」になっています。公という字がかぶっていますし、あまり変わりがないように一見見えますが、これが今回の自民草案の最も危ない個所の一つになっています。
自民党は改正理由として、こう説明しています。
「公共の福祉」という表現は、その意味が曖昧で、分かりにくいもの。そのため、学説上は「公共の福祉は、人権相互の衝突の場合に限って、その権利行使を制約するものであって、個々の人権を超えた公益による直接的な権利制約を正当化するものではない」などという解釈が主張されている。
憲法によって保障される基本的人権の制約は、人権相互の衝突の場合に限られるものではないことを明らかにした。
「公の秩序」とは「社会秩序」のことであり、平穏な社会生活のことを意味する。個人が人権を主張する場合に、他人に迷惑を掛けてはいけないのは当然のこと。そのことを明示的に規定、としています(自民解説5p)。

しかし、公共の福祉と言っても、公の秩序などと言っても、字面から意味がすぐに分からないことは同じです。
そもそも、今の憲法学では、公共の福祉は、本質的に個人の基本的人権と対立する実体的な多数者ないし全体の利益を意味するものではなく、「公共の福祉」の内容としてまず考えられるのは、基本的人権相互の矛盾・衝突を公平に調整するという消極目的のための最小限の秩序であると考えられています(「日本国憲法論」佐藤幸治著134p)。
たとえば、他人の名誉権やプライバシー権と両立する形で表現の自由は保障されているとか、工場は自分の財産だから財産権として保障されるが公害で他人の健康や生命を脅かしてはならない、というような権利同士の調整の原理を公共の福祉というのです。
逆に言うと、他人の人権が侵害されない場面ではある人の人権を制約することは許されません。
ところが、公の秩序だの公益だのを持ってくると、他人は迷惑を実質的には受けていないのに、人権の行使を制約することが認められてしまうのです。そして、Q&Aの改正理由からは、従来の人権制約根拠についての理解、人権の性格、内容から見た合憲性審査基準とはまったく異なった「公益」という抽象的な理由による人権制約を肯定することになってしまいます。これは非常に危険です。

天賦人権説を変更するとの説明と併せて考えれば、自民党は明治憲法の国が与えた人権に過ぎないという「国賦人権」思想に立脚して、法律があれば人権は制約できるという法律の留保が付された人権保障と同様な内容を狙っているのです。
つまり、人権は生まれながらにして人が人たるがゆえにもっているものと考えず、国が憲法で与えたものと考えるので、そこに公の秩序や公益に常に反してはならないという保留をつけることで、国会の作った法律は多数が決めたことなのだから公益だなどとして、法律の範囲内でしか人権が保障されないという、本末転倒なことになるのです。
なんといっても個人の尊厳を削除したことと、公共の福祉を公の秩序及び公益にしてしまったインパクトは絶大です。
我々はせっかく天から与えられた生まれながらにして持つ自由と権利を、こうもたやすく手放してしまうのでしょうか。
もう、笑い事ではないことに誰もが気づくべき時です。

人権規定の総論部分どころか、表現の自由にまた出てくる「公益及び公の秩序」。
自民党改憲草案はとことん基本的人権の尊重を崩すつもりだ。

政策をつかさどる政調会長がこんな発言を連発して過去が、マスメディアでは一切不問に付されている現状がおかしすぎます。
それにしても、基本的人権の尊重が邪魔だと、これほど牙をむいてくる政権の恐ろしさが身に沁みます。
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稲田朋美が改憲で「自民党は国民主権、平和主義、人権尊重は変えない」と大嘘! 自民党改憲案とお前の過去の発言を読み直せ

稲田朋美公式サイトより
先週、連続的に行われた党首討論では、安倍首相による総裁選の“憲法改正”争点隠しの言い訳が醜いことになっていたが、今度は安倍首相の“腹心”である稲田朋美政調会長がテレビで大ウソをついた。
それはNHK『日曜討論』(6月26日放送)でのこと。まず稲田政調会長は、参院選で改憲を争点にしないことについて「決して逃げているわけではありません」と言い訳すると、つづけてこう述べた。
「(野党は)3分の2阻止とおっしゃるんですけど、日本は主権国家なんですね。主権国家として必要があれば憲法改正する、その3分の2ですよね。それを阻止する、憲法改正自体がいけないというのは、日本が主権国家をやめる(ということ)」
いやはや、何を言っているのだか。この人、ほんとうに弁護士なのだろうか。憲法改正を阻止し、現行憲法を守ろうとするだけで「主権国家をやめる」ことになるなら、国民投票において、日本より厳しい「二重の過半数」を改憲の要件とし、これまで発議の9割近くが否決されているオーストラリアも主権国家でないというのか。
稲田は「対案がない」などというが、立憲主義を踏みにじり、安保法制を強行に可決させてしまった政権に対して、「憲法改正はさせない」と訴えるのは立派な“対案”だ。というか、そもそも、なぜ憲法を改正するか否かで、対案が必要になるのか。
ようするに、稲田政調会長こそはなから“改憲ありき”で、改憲したくないと思う国民のことを、国民でさえない“反日勢力”と決めてかかっているのだ。
しかも、民進党の山尾志桜里政調会長が「いまの憲法を悪い憲法だと思っている自民党」と話すと、稲田政調会長はすかさず「思っていません(笑)」「レッテル貼って批判するのは止めたほうがいいですよ」と、安倍首相が乗り移ったかのようにおなじみのフレーズで割って入った。そして、こう言い切ったのだ。
「自民党の出している憲法草案も、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重、これまったく変えません」
よくテレビの生放送で断言したものだ、と感心すらしてしまいそうになる。それは、自民党の憲法改正草案とは、ずばり「国民主権、平和主義、基本的人権の尊重」の3つをことごとく否定する中身だからだ。
その上で、稲田氏は前文をこのように変えるべきだ、と主張している。
〈本来前文には憲法ひいては国としての理念が語られなければならないはずです。前文で書かれるべきは、日本という国が神話の時代から連綿と連なる歴史を保持し、四海に囲まれた自然豊かな風土を持つ日本が、どのような国を目指すべきなのかという理想が語られるべきです〉(前掲『中国が攻めてくる!日本は憲法で滅ぶ』)
思考が完全に戦前……。それを裏付けるように、ある講演会の壇上で稲田氏は「国民の生活が大事なんて政治はですね、私は間違っていると思います」とまで断言している。
国民の生活など政治は守る必要はない──この考えは、しかし稲田氏だけのものではない。安倍首相が会長を、稲田氏が事務局長代理を務める創生「日本」の研修会では、第一次安倍内閣で法務大臣を務めた長勢甚遠氏が改憲草案を「不満」だと言い、こう述べている。
「いちばん最初に国民主権、基本的人権、平和主義、これは堅持すると言っているんですよ。この3つをなくさなければですね、ほんとうの自主憲法にならないんですよ」
自民党の改憲草案は十分に国民主権、基本的人権、平和主義を無効化する恐ろしい内容だが、それでもまだ足りないとさえ考えているのである。
安倍政権が憲法改正に動き出せば、この国は確実にこれまでとはまったく違う国へと変貌する。だからこそ、それを阻止するために野党は共闘という手段に打って出ているのだ。言わば、この国はそれほどまでに、安倍首相によってギリギリのところまで追い詰められている。改憲の先兵たる稲田政調会長は、これからも耳障りのいい話ばかり吐きつづけるだろうが、そんな見え透いたウソにはどうか騙されないでほしい。
(水井多賀子)
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