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【#安倍晋三氏の国葬に反対します】法律の根拠なく行われる安倍元首相の国葬は違法。そしてアベ政治を許さない納税者の税金を使って全額国費で行われる国葬はそれらの市民の思想良心の自由を侵害し憲法違反だ


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 岸田首相が7月14日の記者会見で発表した3つの方針は

1 故安倍晋三元首相の国葬をこの秋に行なう

2 今年の冬に原発を最大で9つ再稼働する

3 憲法「改正」を行なう

 いずれも、故安倍氏の霊魂が岸田首相に取り付いて呪縛霊になり「真言」を言わせたかかのような項目です(幸福の科学か!w)。

 

 岸田首相は安倍氏を国葬に付する目的は

「我が国は暴力に屈せず、民主主義を断固として守り抜くという決意を示す」

と言っていますが、安倍氏を国葬にしたからと言ってどうして民主主義を守り抜く決意を示すことになるのか、全く論理的ではありません。

 日本が民主主義を守り抜くというなら、まず早々にへいかいした国会を開会して、議会制民主主義を守ること。

 そして、主権者が拒否している原発再稼働以外の方法で電力不足を解消するとか、さほど関心もない改憲に時間とエネルギーを割くより、物価高など経済対策に注力し、感染再爆発のコロナ対策に全力を挙げるべきです。

 

 

 岸田首相が安倍氏の国葬を言い出した動機が、右派最大の闇のプリンスだった安倍氏と安倍氏の悲願を最大限受け継ぐことを表明することで、右派の支持を岸田内閣につなぎ留めておくため、つまりは権力者の恣意的な都合であることは明らかです。

 その点では戦前戦後の国葬も今回と全く同じで、明治時代から有力な政治家や軍人が亡くなったときに国葬にするのは、みな権力者の利益と都合のために行なわれてきました。

 例えば、真珠湾攻撃を成功させて立役者の山本五十六を国葬にしたのは、すでに戦局が悪化してが敗色が濃厚になっていた大日本帝国「臣民」たちの戦意を高揚させ、国威を発揚するためでした。

 およそ、国家がある特定の個人を国葬にするなど国家主義的な理由しかありえなのであって、国葬は岸田首相のお題目である「民主主義を守り抜く決意」と真逆で、極めて非民主主義的な権力行使です。

これが安倍晋三氏のために行なわれたら、安倍氏は神格化され、もはや事実上批判は非常に困難になる。

それはその後のアベ的政治の横行をストップできないことを意味する。

 

 

 まして、今の日本には国葬を定めた法律がありません。

 戦前の国葬令は天皇が出した勅令でしたから戦争直後に廃止され、いまは国葬について定めた法令はありません。

 行政行為は法律に基づいてのみ行われるのが原則です。

 内閣の職務を定めた日本国憲法73条は、冒頭で「内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。」と規定したうえで、まずその第1号で

 1号 法律を誠実に執行し、国務を総理すること。

と定めているのはその趣旨です。

 

 岸田首相は国葬の根拠法がないので、内閣の閣議決定で国葬を行なうとしていますが、閣議決定で何でも決められるという発想自体が、集団的自衛権の行使も合憲だと閣議決定で憲法解釈を変えてしまった第二次安倍政権の伝統そのままです。

 そもそも、内閣は法律を誠実に執行するのが第一の職務なのですから、もし国葬をどうしてもしたいのなら、国会を開いて国葬に関する法律を定めるのが「民主主義を守り抜く」ことそのものなのです。

 現在のわが国の法体系上存在しない国葬という行政行為を、根拠法もなく、国税を使って強行開催することは、むしろ日本には民主主義が根付いておらず、安倍政権以来専制支配が横行していて、法治国家ではないことを国際社会に宣伝するようなもので、大恥です。

 外国政府も、日本が安倍氏の国葬国葬といっておきながら、法律で国葬という行為が規定されていないことを知ったら唖然とするでしょう。

 

 そして、安倍氏の葬儀を全額国費=市民が治めた税金で行われる国葬で行うことは、「アベ政治を許さない」として「安倍」的な政治を受け入れてこなかったすべての市民の思想良心の自由を侵害します。

 なぜなら、安倍氏の国葬に反対する彼ら良心的な市民が納税した税金もまた、安倍氏の国葬に強制的に使用されるからです。

 これは自己が支持していない政党にまで税金が投入される政党交付金・政党助成制度と全く同じ憲法違反行為です(だからこそ7月15日に創立100年を迎えた日本共産党だけは政党交付金を受け取っていない)。

 

 そもそも、民主主義とはこのような思想良心の自由のような自由と基本的人権を保障するための制度です。

 それなのに岸田首相が「民主主義を守り抜く決意」を示すために、堂々と人権侵害の憲法違反の行為をすることは、むしろ多数?派による民主主義の破壊行為です。

 それこそが、安倍晋三氏がやってきた政治の問題点そのものであり、そんな安倍氏の葬儀に国税を費やさないことこそが、むしろ民主主義を守り抜くことにつながるでしょう。

 

前から何度も言っているように、岸田氏のように見かけ上は安倍・菅両氏のようにはあからさまに悪い政治家だとわからない権力者が危険なんです。

安倍氏の国葬を実現したら今度は改憲にまっしぐらで、憲法9条は骨抜きにされ、危険な緊急事態条項も本当の創設されてしまいます。

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安倍晋三元首相の国葬が秋に行われる見通しに。国葬の歴史に詳しい中央大の宮間純一教授は、「政府が関わって、『国家に特別な功績があった』とされる人を弔う葬儀はいずれも政治的な意図を持って行われてきた」と強調する。
 
 
 
安倍晋三元首相=2020年8月、首相官邸[代表撮影]
時事通信社

参院選の応援演説中に銃で撃たれて亡くなった安倍晋三元首相の「国葬」が秋に実施されることについて、賛否の声が巻き起こっている。

国葬とは、政府が主催し、国費で行われる葬儀のことだ。戦後、首相経験者の国葬は1967年の吉田茂氏の一例のみで、秋に実施されれば55年ぶりとなる。

近年は内閣と自民党による「合同葬」が主流。一方で過去には、鳩山一郎氏や池田勇人氏、石橋湛山氏らの「自民党葬」など、首相経験者でも政府が関わらない形での葬儀が執り行われたケースも少なくない。

国が主催する公的な葬儀には、どんな問題があるのか。

『国葬の成立』(勉誠出版)の著書があり、政府が関わる葬儀の歴史に詳しい中央大の宮間純一教授(日本近代史)に聞いた。

過去には「戦時体制の強化」に利用も

ーそもそも「国葬」は、日本でいつから始まったのでしょうか。

国葬の始まりは、明治11年(1878年)に士族たちによって暗殺された大久保利通の国葬に準ずる葬儀でした。

当時は反政府勢力が国内に多くおり、盤石な政府ではなかった頃。天皇の名の下に、国家を挙げて大久保という人物に対し哀悼の意を示すことで、反対派の動きを封じ込めるという政治的な目的がありました。国として一つのまとまりを作っていくために執り行われたのです。

その後、岩倉具視や島津久光、三条実美などの国葬は天皇の特旨(特別な思し召し)として行われ、国家を挙げて一人の人を悼む葬儀が完成していきます。

岸田首相は記者会見で、安倍氏が選挙中の襲撃事件で死去したことを踏まえ、国葬を執り行うことで「我が国は暴力に屈せず、民主主義を断固として守り抜くという決意を示す」と発言しました。

国葬の実施と民主主義を守ることがどうつながるのか理解できませんが、この発言はまさに大久保を国葬した際の明治政府の意図に通じるものと考えます。

ー1926年の「国葬令」は、法令として国葬について初めて定めています。

天皇の勅令で国葬令が定められると、天皇や皇后などの他、「国家に偉勲ある者」(国家に特別な功績があった人たち)もこれに基づき国葬を天皇から賜りました。

戦前の国葬は、『天皇や国家に尽くした人を国を挙げて悼む』という論理のもと、天皇の支配イデオロギーや国家の統制を高めるための方法として利用されました。

わかりやすいのが、1943年に戦死した山本五十六の国葬です。

当時は戦局が著しく悪化している時期であり、戦時体制を強化するという明確な目的があって行われています。

 
 
吉田茂氏の国葬で、献花する参列者(東京・千代田区の日本武道館)=1967年撮影
時事通信社

ー戦後、「国葬令」は廃止となりました。一方で、その後も吉田茂氏の国葬のほか、内閣と自民党による合同葬など、政府が関与する形での首相経験者らの公的な葬儀は行われ続けています。

国葬の始まりやその後の歴史から分かるように、政府が関わって、「国家に特別な功績があった」とされる人を弔う葬儀は、いずれも政治的な意図を持って行われてきました。

国葬というのは、民主主義社会においては国家が主体となり、国民も政府も納得した上でその人を顕彰するために行うべき儀礼ですが、そのような対象はあり得ないはずです。

安倍氏に限らず、その人の業績を良く思わない人がいる中で、国として「偉大だった」と評価を固めてその死を重要だと認定することには疑問が残ります。

国や政府が主催し、多くの税金を投入する国葬などの公葬はもう時代に合わないのではないでしょうか。有志で執り行うのではなく、必ずしも追悼したくないという国民も公費負担という形である意味、強制的に巻き込むことには問題があります。

さらに、安倍氏を国葬の対象とすることは、ひいては安倍政権を評価し、自民党政権を肯定することになります。そうなると、国葬を亡くなった人のために行うというより、現政権のために行うということになり得る。そこに多額の税金を投入することは「死の政治利用」とも言えます。

ー今回の国葬の実施について、岸田首相は閣議決定が根拠だと主張しています

閣議決定が根拠になるんだという解釈だけで進めることは、非常に問題があります。

国が主体となり、その上全額が公費負担となるからには、国民が選んだ代表者たちが国会の場で審議し、開かれた形で議論を行い、民主的な手続きを経て決定するべきです。

<取材・文=國崎万智@machiruda0702/ハフポスト日本版>

 
 
中央大の宮間純一教授
本人提供

■戦後の主な首相経験者の葬儀形式

(就任順、朝日新聞デジタルより)

吉田 茂(1967年10月死去)国葬

鳩山 一郎(1959年3月死去)自民党葬

岸 信介(1987年8月死去)内閣・自民党合同葬

池田 勇人(1965年8月死去)自民党葬

佐藤 栄作(1975年6月死去)国民葬

田中 角栄(1993年12月死去)自民党・田中家合同葬

福田 赳夫(1995年7月死去)内閣・自民党合同葬

大平 正芳(1980年6月死去)内閣・自民党合同葬

中曽根康弘(2019年11月死去)内閣・自民党合同葬

竹下 登(2000年6月死去)島根県掛合町(当時)・自民党島根県連・竹下家合同葬

宮沢 喜一(2007年6月死去)内閣・自民党合同葬

橋本龍太郎(2006年7月死去)内閣・自民党合同葬

小渕 恵三(2000年5月死去)内閣・自民党合同葬

 

 

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