
米英を筆頭とする有志連合は2003年春、「イラクの自由」と題した作戦で、イラク侵攻を開始しました。
米英政府は、イラクのサダム・フセイン大統領は国際テロ組織と結託し、大量破壊兵器を保有しているとして非難し、これを戦争の大義としていましたが、後にこれが誤りだとわかったのです。
当時英首相だったブレア氏は、英国を参戦に導いた判断を巡り、退陣後も国内で非難され続けてきましたが、公に謝罪の言葉を口にしたのは初めてのことです。

長引く戦争で何万、何十万人ものイラク国民が犠牲になり、難民の数は数百万人に達しています。
そして、この戦争とフセイン政権の崩壊によりイラクは混乱に陥り、宗派対立が激化して国際テロ組織アルカイダが勢力を増し、後に過激派組織「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」が台頭したのです。
そこで、このインタビューの司会者がブレア氏にこう問いました。
「ISの拡大につながる最大の要因はイラク侵攻だったのでは、との指摘をどう思われるか」。
ブレア元首相は
「一片の真実があると思う。2003年にサダムを排除した者に、2015年現在の状況について責任がないとは言えない」。

ブレア元首相はまた、作戦の過程で犯した過ちについても謝罪しました。
「諜報データが不正確だったことをお詫びしたい。また、作戦立案におけるいくつかの過ちについてもお詫びしたい。
政権転覆後、何が起こるかについて、理解を誤った。」
「ただし」
とブレア氏は続けます。
「サダムを追い落としたことそのものについては、お詫びするのは難しい。2015年の現代から見ても、彼がいるよりはいない方がいい」


「まず、そもそもなぜ米国、多国籍軍がイラクを攻撃したかといえば、大量破壊兵器、当時のサダム・フセイン、独裁政権が、かつては間違いなく化学兵器を持ち、そしてそれをイラン・イラク戦争で使用し、多くの人々を殺し、自国民であるクルド族に対してもこれを使用して、相当多くの自国民も殺したという実績があったわけでありまして、そして、それを既に、
大量破壊兵器はないということを証明する機会を与えたにもかかわらず、それを実施しなかった
というわけであります。」

「後方支援」が武力行使と一体化するという意味は、「後方支援」も参戦そのもので違憲だということ。
「安全法制」=戦争法案で、自衛隊は湾岸戦争・イラク戦争・ISIL=「イスラム国」への武力行使に参戦できる
「自己責任論」で誤魔化される「イスラム国」事件を引き起こした安倍政権の失敗
産軍複合体や政治家は、戦争を始めるためだったらウソでも何でも言いますから、中国や北朝鮮などを悪しざまに言うナショナリズムの台頭にも気を付けるべきだというのが、もう一つの教訓だと思います。
また、北朝鮮に侵攻したりしたら、とんでもないことになることもよくわかります。
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(CNN) 英国のトニー・ブレア元首相は25日に放送されたCNNの単独インタビューで、米国の主導による2003年のイラク進攻について、「誤りだった」と認めて謝罪した。ただ、サダム・フセイン元大統領を排除したことは後悔していないとした。
ブレア氏はインタビューの中で、「我々が入手した情報が間違っていたという事実については謝罪する。(フセイン元大統領は)国民などに対して化学兵器を集中的に使用していたが、それは我々が考えていたような形では存在していなかった」と明言した。
米英政府はフセイン政権が大量破壊兵器を保有しているという報告を根拠に、イラク進攻を正当化した。だがその報告の根拠となった情報は間違いだったことが後に分かった。
この戦争とフセイン政権の崩壊によりイラクは混乱に陥り、宗派対立が激化して国際テロ組織アルカイダが勢力を増し、後に過激派組織「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」が台頭した。長引く戦争で何万人ものイラク国民が犠牲になり、米兵4000人以上、英兵179人が死亡した。
当時のブッシュ米大統領の最も有力な同盟国だった英国の首相として参戦を決めたブレア氏は、この決断のため、どこへ行っても批判が付きまとった。
ブレア氏は情報の誤りのほかにも「計画の誤りや、政権を排除すればどうなるかという認識の明らかな誤り」もあったとして謝罪。ただしイラク戦争についての全面的な謝罪にまでは踏み込まず、「サダム(フセイン元大統領)の排除については謝罪し難い。2015年の現代から見ても、彼がいるよりはいない方がいい」と強調した。
フセイン大統領は30年以上続いた独裁政権下で国民を抑圧し、隣国のイランやクウェートに戦争を仕掛け、イラク北部のクルド人に対して化学兵器を使ったとされる。
しかしイラクでは今も宗派対立が続き、イスラム教スンニ派の過激派組織であるISISの脅威にさらされる状況が続く。
ブレア氏は、2003年のイラク進攻がISIS台頭を招く根本原因だったという見方には「一片の真実」があると述べ、「もちろん、2003年にサダムを排除した我々に2015年の状況に対する責任がないとは言えない」と指摘。「だが同時に重要なこととして、第1に、2011年に始まった『アラブの春』も現在のイラクに影響を与えた。第2に、ISISはイラクではなくシリアの拠点から勢力を拡大した」と分析した。
さらに、欧米の介入についての政治的論争はまだ結論が出ていないと述べ、「イラクでは介入を試みて派兵した。リビアでは派兵せずに介入を試みた。シリアでは一切の介入を試みず、政権交代を要求している」と指摘。「我々の政策はうまくいかなかったかもしれないが、それに続く政策がうまくいったのかどうか、私にははっきりしない」と語った。
イラク進攻の決断を「戦争犯罪」とする見方もあると指摘されたブレア氏は、あの当時は自分が正しいと思ったことをしたと強調、「今になってそれが正しかったかどうかは、それぞれで判断すればいい」との認識を示した。
毎日新聞 2015年10月26日 11時10分(最終更新 10月26日 12時22分)
◇TVインタビュー 「大量破壊兵器保有など情報に誤り」
ブレア氏は「彼(フセイン元大統領)は自国民などに大規模に化学兵器を使用していたが、(大量破壊兵器の)プログラムが我々の想定した形では存在しなかった点は謝罪する」と述べた。また、戦争の準備や、フセイン政権を排除することの影響に関する理解についても「誤り」があったと認めた。
また、過激派組織「イスラム国」(IS)の拡大について米英のイラク侵攻が原因だったとの見方に関しては「いくらかの真実」があるとして「03年にサダム(フセイン元大統領)を排除した我々に、15年の状況に全く責任がないとは言えない」と述べた。一方で、IS拡大の背景には11年に始まった中東の民主化要求運動「アラブの春」の影響もあるとの認識を示した。
ブレア氏がイラク戦争についてこのタイミングで限定的な「謝罪」を口にしたことについて、主要英メディアは、開戦時に関する政府調査の結果発表の影響を軽減するためとの見方も報じている。
ブレア氏は西側諸国の中東への介入の妥当性に関してはイラクやリビア、シリアの事例を挙げ、「(イラク戦争)後の政策が機能したか明確ではない」とも述べた。
リビアは反体制派を支援する英仏の空爆後にカダフィ政権が崩壊して内戦と政治的混乱が続き、事実上の分裂状態が生じている。内戦下のシリアでは米国主導の有志国連合が空爆を行っているが主な標的はISで、政治的決着の見通しは立っていない。
米英を筆頭とする有志連合が2003年に行ったイラク侵攻こそが、テロ組織「イスラム国(IS)」出現の最大の要因になった可能性がある。CNNのインタビューで2003年当時英国首相だったトニー・ブレア氏が述べた。
米英を筆頭とする有志連合は2003年春、「イラクの自由」と題した作戦で、イラク侵攻を開始した。目標はサダム・フセイン政権の転覆。米国政府は、フセイン氏は国際テロ組織と結託し、大量破壊兵器を保有しているとして、非難していた。この疑惑はのち払拭された。
司会がブレア氏に問う。「ISの拡大につながる最大の要因はイラク侵攻だったのでは、との指摘をどう思われるか」。
答えてブレア氏。「一理あると思う。2003年にサダムを排除した者に、2015年現在の状況について責任がないとは言えない」。
ブレア元首相はまた、作戦の過程で犯した過ちについて謝罪した。「諜報データが不正確だったことをお詫びしたい。また、作戦立案におけるいくつかの過ちについてもお詫びしたい。政権転覆後、何が起こるかについて、理解を誤った。ただし、サダムを追い落としたことそのものについては、お詫びするのは難しい」とブレア氏。
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