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選挙の争点 原発・沖縄・教育・生活保護 人の命を食べて生きない決意 人には人を殺さない権利がある


 

 

灰谷健次郎
角川書店

灰谷健次郎 「兎の眼」より

「いまの人はみんな人間の命を食べて生きている。
戦争で死んだ人の命をたべて生きている。
戦争に反対して殺された人の命をたべて生きている。
平気で命を食べている人がいる。
苦しそうに命を食べている人もいる。」

 


 人の命を食べて生きる、というのは児童文学者の灰谷健次郎さんのご著作にあった言葉です。

 戦時中、灰谷さんたち幼い兄弟を食べさせるために、農家の畑から大根や人参を盗んで灰谷さんたちに分け与えていたお兄さんがやがて亡くなりました。それが餓死だったのか自殺だったのか、よくわからない。お兄さんの早すぎる死は人の物を盗んで生きる苦しさ、罪悪感のゆえなのか。

 とにかく、灰谷さんは、「ああ、自分たちはお兄さんの命を食べて生きていたんだなあ」、とあとで思うのでした。

 

 昨日、うちの事務所の新しいホームページの打ち合わせのために、デザイナーであり、かつ神戸が誇るアコースティックバンド、jamzIp(ジャムジップ)のボーカル真琴ちゃんが来てくださって、けっきょく、夜遅くまでご飯を食べながらいろいろよもやま話に花を咲かせました。

 jamzIpは神戸の9条の会が、若者の文化を発信するような新しい9条の会イベントをやりたいと、平和の心を歌で表現できるようなバンドを探して、先輩弁護士と私の二人が神戸のライブハウスに突撃して出会ったバンドです。今から思えば、私も必死だったと思うんですが、ライブハウスに来場しているバンドの人たちに訴えようと思っていたら、舞台に上がるように言われて、即興でラップを歌ったという(大汗)。

 「俺たち弁護士、守るぜ9条!」とかつって(ぎゃあああああああ)。

 めちゃおもろい弁護士やんということになって(そりゃそうだよなあああああ 涙)、10代・20代の若者で構成される9条の会青年兵庫(プロジェクトアーティクル9)に入れてもらって(かああ、とんだけ年のサバ読んだのか)、jamzIpの「article9」(9条の意)という楽曲を象徴に、2005年は神戸国際会館に1500人、翌2006年にはワールド記念ホールに7500人の参加者が集ったのでした。

 まえふりが長くなりましたが、まこっちゃんは私に今のこのブログをにわか脱原発ブロガー化するようにそそのかした?張本人なんですね。東日本大震災と福島原発事故直後、私はあまりのテレビの映像の凄まじさにショックを受け、リアルタイムで動画を見るのをやめて、グーグルニュースの文字情報しか見ないようにしていましたし、原爆症訴訟弁護団員だった以上、放射線の脅威について勉強しているだけに下手なことは書けない、と原発事故のことを書けないでいました。

 しかし、事故から数日後、彼から電話がかかってきました。私のように影響力のある人が本当のことを書かないといけない、早期の集団避難を呼びかけるべきだと思うというんです。

 私は、自分にそんなに影響力があると思えないし、逆にあるのなら被爆者原告団や弁護団に迷惑をかけるようなことは書けない、と言いました。

 が、意を決して3月13日にはとうとう「内部被曝の恐怖」シリーズを書きだし(うわ、事故の翌々日だよ。ということは、まこっちゃんから電話があったのは事故の翌日だったのか。。。。ずいぶん長く悩んだ気がしていたのですが)、事故後2か月余りたった2011年5月には、集団疎開を恐る恐る提案するに至ったのでした。たぶん、この国の法律家では結構早い方だったでしょう。

内部被曝の恐怖27 学校放射線基準 年1ミリシーベルト以下目標なら、もう集団学童疎開も考える時期

jamzIpweb-shop



 そんな、このエブリワンブログ急展開の仕掛け人であるまこっちゃんが、食事をしながら言うのです。

「田舎では、お金がなくても生活していけるんですよ。たとえば、あそこのおばあちゃんはもう年で体が動かないからといって畑を手伝ったり、買い物を代わりにに行ってあげたら大根をもらえるというような。うちの両親もしょっちゅう人になにかあげてますよ。人からもらったら、それをほかの人にもお返ししていく。お金は最後の最後に必要になるだけなんですよね。誰にもなにもしてあげないから、孤立して、何もしてもらえなくなったようなときに買わないと物が手に入らないから必要になる」

と言うので、それ、今の話なの?今の話なの??と何度も聞いてしまいました。なんか、古代日本か、せいぜい江戸時代までの話のような気がして信じられなかったのですが、彼の田舎では今でもそうだというのです。そして、

「石原みたいに自分が、自分が、というのじゃなくて、他人に意識を向けて生きるのが、遠いようでいて結局脱原発につながるんじゃないかと思うんだよね。自分じゃなくて他人に光を当てる生き方にみんなが気付いていけば、おのずと原発は要らなくなるんじゃないかな」

 もう「脱原発ブーム」は去ったと思っていた私は唸ってしまいました。つまり、世の中を変えるということは一人一人が生き方を変えることだっていうことなんでしょうね。私が、事務所に子ども未来法律事務所という名前を付けてやろうとしていることが、原発をやめようということに、結局つながるんじゃないかとも言ってもらったのですが、もう、まこっちゃんはいつもとんでもないことを言ってけしかけるなあと、参ってしまったのでした。


 原発を維持するためには、放射性物質の採掘から廃棄までありとあらゆる段階で10万年単位で他人を被曝させないといけません。原発作業員の方々がその象徴です。それでもいい、他人の命を食べても電気が欲しい、とならないと原発とは肯定できないものです。

 危険なものは地方に押し付けるというのは、沖縄の米軍基地も同じこと。しかし、いったん原発事故が起これば福島だけの問題で済まなかったように、たかがオスプレイ一つ受け入れるだけで、結局、全国で訓練されて危険は共有することになるのです。このように、沖縄に負担を押し付けているというけれども、自分たちのリスクとコストを考えていないだけの面もあります。

 が、しかし、日本列島のわずか0・6%しかない沖縄の土地に、全国の米軍基地の75%を押し付け、事故も事件もすべての辛さを一身に背負わせているのですから、沖縄差別と言うべき基地問題を見れば、私たちが毎日毎日一刻も休むことなく、沖縄の人の命を食べているのは明らかです。

 橋下氏は2012年12月11日、那覇市や名護市で普天間基地問題について「辺野古案しか持ち合わせていないと正直に説明に来た」「さらなる負担軽減の計画をつくりたい。沖縄を世界一級のリゾートにする」と述べ、カジノ誘致を代替案として示したそうです。

 大阪でも沖縄でもカジノしか案はないんですね。でも、まこっちゃんの言う日本の田舎の中の田舎、自然だけでなく美しい人の心が残る沖縄をかえってダメにするような提案をするのはやめてほしいです。

 同じように、沖縄には基地の負担を補う経済振興策で莫大な税金を使っているではないかと言う人がいますが、じゃあ、それだけの金を自分の住む自治体に落としてもらえるのであれば、米軍基地を歓迎するという自治体も住民も、どこにも誰もいません。みんな、うちの県でだけはオスプレイの訓練はしないでね、と国に申し入れる自分勝手ぶりです。

 東日本大震災のがれき処理問題と同じく難しい問題ですが、東北の方々の生きる道を我がこととして必死に考え、身体を張って行動しながら、自分たちの暮らす地域での瓦礫処理をも拒否しているのならば、決してエゴとは言えないでしょう。そうでないならばエゴです。同じように、自分の住む地域に米軍やその訓練が来るのを拒否する人は、同じくらいの熱心さで沖縄から米軍基地を撤退させるよう行動しなければ、やはりそれはエゴのそしりを免れないと思います。

 エゴとは自分にだけ光が当たればいいと考えること。

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jamzIp 「あなたを守る言葉」



 安倍自民党総裁は教育基本法を改悪した前回の政権時代の再現を狙い、またも、教育再生を重要公約としています。しかし、そもそも、何のために、どのように人を育てるのかという問題は、人は何ゆえ生きるのかという問題そのものです。

 そこには、人生観や哲学が必ずかかわってきます。

 安倍さんや橋下さん、石原さんに、人はどう生きるべきかという哲学があるのでしょうか。

 美しい国と言いますが、人の心根が美しくなければ国が美しかろうはずもない。では、安倍さん、美しく生きるとはどういうことですか。あなたの前回の内閣総理大臣を辞するときの身の処し方は美しいと思いますか?

 橋下さん、とにかく競争が必要だとあなたはおっしゃる。学校同士が競争し、先生同士が競争し、生徒同士が競争すれば学力が上がるという。

 でも、学力ってなんですか?

 学ぶ力は生きる力です。この世で生きるのに最も必要なものをあなたはなんだと考えて、子どもたちに学んでほしいと思っているのですか?それは人を押しのけてでも競争に勝って、あなたのように成り上がる力ですか?

 むしろ大切なのは、大根を盗んできてくれたお兄さんの死を悼み、お兄さんの命を食べて生きさせてもらったといつまでも思い続けて生きることができる力ではないですか

 あるいは近所のおばあさんが弱ってきたら、大根が欲しくて助けるのではなく、おばあちゃんが大変だから助けてあげて、結果として大根をもらうような、そんな人としてのあり方だとは思いませんか。

 石原さん、シナという呼び方は別に中国蔑視ではないとおっしゃっていますが、なぜほかの人はそういう呼び方をしないのか、想像する力をどうして自分だけは身に着けられなかったのだと思いますか。言われる人が嫌がるなら、それはしないというシンプルな心遣いが、おのれの欲せざるところを人に施さない、日本らしい品格だと思いませんか。

 君が代・日の丸を尊重し、国を愛するのは当たり前だとあなた方は言う。

 しかし、人は自分が愛するものは自分で決めます。

 政治家がやるべきことは、愛するに足る国にすることであって、国民にこれを愛せ、あれを愛せと命令するのは教育とは似ても似つかない営みだとは思いませんか。


 生活保護者いじめで、生活保護を受けられないで餓死などで亡くなる人、受けているのに自殺する人が急増しています。

 私が弁護士1年目に参加した、湾岸戦争への90億ドルの拠出を違憲と争う市民平和訴訟では、日本国憲法前文と9条で保障される平和的生存権とは、平和の裡に生きる権利だけれども、平和に生きるとは自分が戦争で殺されないというだけに留まらないという立論で国に挑みました。

 そう、我々は、日本には人を殺さない権利があると主張しました。殺されない権利以上に、殺さない権利があるというこの裁判の在り方に、私は深く共感して、弁護団事務局長のもとに入れていただきに伺いました。

 人には人を殺さないで生きる権利があります。

 私は、人を虐げ、弱い人の命を食べて生きたくないのです。



日曜日に奇跡が起こりますように。

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橋下氏、辺野古移設を容認 「全員が基地嫌でない」

 日本維新の会代表代行の橋下徹大阪市長は11日、那覇市で街頭演説し、米軍普天間飛行場(宜野湾市)移設に関し「日本維新として名護市辺野古移設以外の代替案を持っていない」と述べ、日米両政府の現行案を容認する姿勢を重ねて示した。また「沖縄県民が全て米軍基地を嫌がっているわけではない。きちんと説明すれば辺野古移設で大丈夫だ」と名護市で記者団に述べた。

 橋下氏は名護市内で開いた住民との対話集会でも「辺野古案しか持ち合わせていないと正直に説明に来た」と発言。その上で「さらなる負担軽減の計画をつくりたい。沖縄を世界一級のリゾートにする」と述べ、カジノ誘致や旅行者の消費税免除などを提案した。

 集会会場は約300人収容可能だったが、参加者は最大約70人にとどまった。住民との質疑応答は非公開だった。

 橋下氏は衆院選応援のため沖縄県入り。日本維新は沖縄の全4選挙区に候補を擁立している。辺野古移設反対を主張する候補者がいるとの指摘には「反対を言い続けるなら党から出ていってもらう」と言明した。

2012年12月12日 中国新聞




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