
参政党の東京選挙区候補者さや氏が「あの北朝鮮ですらも核兵器を保有するとトランプ大統領と話ができる」「核武装が最も安上がりで、最も安全を強化する策の一つ」。神谷宗幣代表も「核武装は検討すべきだ」(呆)
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最初に注意しておきたいんですが、参政党の外国人排斥や人権無視があまりにも酷いということで、彼らの街頭演説などに「カウンター」を仕掛ける市民が増えているそうなんです。
それ自体はいいことですが、発煙筒をたいたり、参政党関係者に暴力をふるう人までいるようです。
参政党の議員に中指を立てて抗議するのがいけないかは微妙ですが、発煙筒をたけば威力業務妨害罪、暴力をふるえば暴行罪や傷害罪。
れっきとした犯罪です。
これから参政党と長く対峙して対抗言論を構築していこうというときに、いくら相手の言動が酷いからと言ってこちらが先に捕まるようなことは、大衆運動として下の下です。
身に覚えのある人は仲間の足を引っ張るようなことは絶対やめてください。周りでそういう人がいたから必ず止めてください。

こんなのと同列だと思われますからね。
参政党の化けの皮をどう剥がすか。支持者を「頭が悪い」と批判しても逆効果。化石燃料をどんどん使いながら原発も推進する、という矛盾した環境政策を切り口に、食と健康問題から支持者になった人たちを説得しよう。
さて、参政党もだいぶ叩かれて、自分たちのキャッチコピーである「日本人ファースト」が外国人排斥だということになると、自分たちがヘイトスピーチだと排斥されることがわかってきたようです。
そこで、神谷代表はしつこく
「我々は何度も言っていますが、人を差別したり、レイシズムを推奨したり、戦争を進めたり、一切そういうことはしないとずっと言い続けています」
と言い出しました。
参政党が主張してきた外国人の犯罪が増えているとか、起訴率が低いとか嘘八百を並べて外国人に出ていけということ自体が差別でありレイシズムなんですが、それがまるでわかっていないな口ぶりです。

そして神谷代表は戦争を進めたりしていないという割に、なんと、8月9日に長崎で開催された被爆80年の平和祈念式典に出席した数時間後に、福岡市内の警固公園前で街頭演説を行ない
「18人の国会議員総出で靖国神社を参拝したいと思っています!」
と宣言したんです。
靖国神社自体が明治政府のために戦争で亡くなった兵士だけを祀る、対外戦争を可能にする装置なんですけどね。
しかも内閣総理大臣が公式参拝すると文句なく政教分離原則違反で違憲ですが、国会議員が大挙して参拝することも政治と宗教の厳格な分離を求める日本国憲法に反しているんです。

そして、神谷代表はこの靖国神社参拝を正当化するために
「明治維新の前、幕末ですね。日本って戦争してたんですか?してなかったでしょ?ね?島原の乱ぐらいですよ。1630年代ですよ。それ以降、ずっと戦争してなかったんです。それが、なんで日本が対外戦争に出るようになったんですか?」
「西洋列強が日本を開いて不平等条約を押し付けて、関税自主権を奪い、無理難題を押し付けてきたから、我々は、我々の先輩たちは、この不平等条約を改正したい、日本を一等国にしたい、日本人の権利を外国人たちと対等に持っていきたいという思いで、77年戦ってくださったんじゃないんですか?」
「あの時、日本人の先輩たちが戦うことを諦めていたら日本はただの植民地です。実際、アジアはみんな西洋の植民地だったでしょ。日本だけですよ、ちゃんと独立していたのは。タイも独立してたけど、イギリスとフランスの緩衝地だったから。自分の国で憲法を作り、軍隊を作り、国をしっかり維持していたのは我が国、日本、アジアで唯一です」
と抜け抜けと言ったんだそうです。

『参政党憲法構想案を、中学生の知識で読み解いてみた(全文バージョン)』。常識ある一般社会人が参政党のトンデモ「新日本憲法(構想案)を詳細解説。修正文案付き!
まず、この神谷代表が知ってか知らずか言わないこととして、靖国神社は明治政府に従って戦争で死んだ兵士だけを祀っているので、西南の役で亡くなった明治の元勲西郷隆盛たちは祀られていません。
逆に、アジア太平洋戦争を引き起こした張本人たち、東条英機ら東京裁判のA級戦犯は神として祀られてしまっています。
神谷代表は1868年の明治維新から77年間、つまり1945年の敗戦まで丸ごと肯定し、その間の日清・日露・第二次大戦などの侵略戦争や植民地支配まで
「我々は、我々の先輩たちは、この不平等条約を改正したい、日本を一等国にしたい、日本人の権利を外国人たちと対等に持っていきたいという思いで、77年戦ってくださったんじゃないんですか?」
と言ってしまうんですよ。
日本と外国の不平等条約を改正するために先人たちは戦ったと言いますが、1894年には治外法権は廃止されているし、日本の関税自主権が回復されて日米間の不平等が完全に解消したのはのは1911年(明治44年)の日米通商航海条約改正によってですよ。
それ以降の日本の侵略戦争も植民地支配も不平等条約を改正したいという話と全く関係ないじゃないですか。
どんな歴史修正主義なんですか。


靖国神社に「参政党」の党名が入ったちょうちんが並ぶ異様な光景。2022年7月14日。
逆に、神谷代表は国会での生まれて初めての首相への予算委員会での質問で、日本に不平等を今押し付けてきているアメリカのトランプ大統領の政策に日本は全部協力しろと言い出しているのですから、神谷代表と参政党の人達はトランプ盲従。
アメリカとの不平等を正す気なんてまるでない対米従属政党が参政党です。

広島原爆の日を前に、核武装論政党の参政党神谷宗幣代表が石破首相への国会での代表質問で、トランプ関税を安くしてもらうためにトランプ大統領のトンデモ政策6つに日本政府も協力して媚を売れと堂々と主張(怒)。
そして、もっと肝心なことは、靖国神社は戦争を可能にする装置で、お国のために天皇の赤子として戦争で死んだら英霊だ、神として祀られるというトンデモ神社なので、戦争で亡くなった一般市民は一人も祀られていないんです。
戦前の日本人たちが日本を良くするために頑張ったとしても、どうして兵士になって死んだ人だけ神様なんですか。
まさに大日本帝国が起こした戦争に特化して、そこだけ美化したのが靖国神社ではないですか。
その靖国神社や日本の侵略戦争を天まで持ち上げる神谷宗幣代表と参政党は、やはり戦争肯定政党なんです。
アジア太平洋戦争だけで日本人軍人・軍属約230万人、民間人約80万人で、合計310万人以上が犠牲となったのですが、その民間人の死を一顧だにしない参政党。
まして日本が殺したアジアの民2~3000万人の命はもともと無かったかのように無視する参政党。
これほど危険な政党はありませんよ。

参考記事
澤藤統一郎の憲法日誌さんより
政教分離・靖国カテゴリ
参政党・神谷宗幣の演説に見える《歴史修正主義・反共主義・國體擁護、陰謀論、そして教育への介入願望》
事態は深刻である。民主主義が正常に機能するための条件整備が必要なのだ。いかに迂遠であろうとも。
黙っていてはいけない。声をあげよう、後悔しないように。排外主義は、あらゆる差別の引き金になる。そして、平和と国際協調を危うくする。
村野瀬玲奈の秘書課広報室さんより
『参政党の思考回路の中に、「日本人全員を優先的に考えよう」という思考がないことは明らかです。参政党の「日本人ファースト」は、「外国人を悪者扱いして気持ち良くなりましょう」ということの言い換えにすぎないとしか考えようがないのです。』
参政党の「日本人ファースト」に「期待」して、社民党や日本共産党を冷笑して、参政党に裏切られることになる。
編集後記
「我々の先輩たちは、この不平等条約を改正したい、日本を一等国にしたい、日本人の権利を外国人たちと対等に持っていきたいという思いで、77年戦ってくださったんじゃないんですか?」
って、そのために殺されたり支配されたアジアの人にはたまったもんじゃないですよ。
何が戦ってくださっただ。ふざけるな。
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「してねぇっつってんだろ!」神谷代表 街頭演説中の“人種差別”批判に大声で激怒…反対勢力に「参政党を応援しないといけない」と主張
8/11(月) 16:15配信 女性自身
(写真:時事通信)
8月9日、長崎で開催された被爆80年の平和祈念式典に出席した参政党の神谷宗幣代表(47)。その数時間後には、福岡市内の警固公園前で街頭演説を行った。
【動画あり】「してねぇっつってんだろ!」怒号を発する参政党・神谷代表
雨が降りしきる中、街宣カーに上がった神谷氏は、冒頭、「おかしくないですか?今日は静かに亡くなった人たちの冥福を祈り、平和を祈る日だとおもうんですけど、そういうことが全くできない人たちが式典の周りで騒いだり、参政党の街頭演説を妨害しに来るんです。どうも彼らは平和が嫌いなようです」と発言。この“彼ら”とは、参政党にやじやプラカードで抵抗する“カウンター活動”にきた一部の聴衆を指す。
「今回の選挙では、外国人問題が争点に浮上する中、『日本人ファースト』を掲げ、大きく議席を伸ばした参政党ですが、選挙期間中は外国人をめぐって、候補者の事実に基づかない言説も一部で飛び出し、“外国人排斥を煽る”という指摘が付いて回りました。そのため、演説のたびに、『差別反対』といったプラカードを掲げて対抗する人たちが多く見られました。また、東京選挙区で当選した新人・さや参院議員(本名・塩入清香)が、7月に出演したある番組で、個人の見解として『核武装が最も安上がりで最も安全を強化する策の1つ』などと主張したこともあってか、8月6、9日の広島、長崎でもカウンター活動が行われていたようです」(社会部記者)
今回の演説中も、街宣カーの周囲では、「戦争反対!」「人種差別反対!」といった抗議の声があちこちから起こる中、神谷氏は、「我々は何度も言っていますが、人を差別したり、レイシズムを推奨したり、戦争を進めたり、一切そういうことはしないとずっと言い続けています」と主張。すると、「選択的夫婦別姓反対」「スパイ防止法案の提出」「正しい歴史教育」など党が推進する事案を挙げ、こう持論を展開した。
「そういうことやってもらっては困るという人たちが、この人たちなんですね。彼らは私たちが外国人を差別しているからと言っているけども、そうではない。やって欲しくないことは、今私が言ったことです。だから皆さん、彼らの行動がおかしいと思えば、どんどんこれを世に示し、参政党がやろうとしていることを皆さんの周りの方々、日本人に伝えてください!」
続けて、神谷氏は「18人の国会議員総出で靖国神社を参拝したいと思っています!」と高らかに宣言すると、靖国神社には明治維新以降の戦没者も祀られているとしたうえで、戦後80年に際し明治維新から終戦までの77年間も振り返るべきだと訴えた。「明治維新の前、幕末ですね。日本って戦争してたんですか?してなかったでしょ?ね?島原の乱ぐらいですよ。1630年代ですよ。それ以降、ずっと戦争してなかったんです。それが、なんで日本が対外戦争に出るようになったんですか?」と問いかけると、以下のように背景を説明した。
「西洋列強が日本を開いて不平等条約を押し付けて、関税自主権を奪い、無理難題を押し付けてきたから、我々は、我々の先輩たちは、この不平等条約を改正したい、日本を一等国にしたい、日本人の権利を外国人たちと対等に持っていきたいという思いで、77年戦ってくださったんじゃないんですか?」
そして、「あの時、日本人の先輩たちが戦うことを諦めていたら日本はただの植民地です。実際、アジアはみんな西洋の植民地だったでしょ。日本だけですよ、ちゃんと独立していたのは。タイも独立してたけど、イギリスとフランスの緩衝地だったから。自分の国で憲法を作り、軍隊を作り、国をしっかり維持していたのは我が国、日本、アジアで唯一です」と続けた。
いっぽう、神谷氏は1919年、当時すでに台湾や朝鮮半島を植民地化していた日本が、パリ講和会議で国際連盟規約に「人種差別撤廃」を盛り込むように提案していたことを引き合いに、こうも述べた。
「第一次世界大戦が終わった後に、日本人は国際会議、国際連盟の一員に入って、常任理事国となってある提案をしました。そのことに私たちは誇りを持つべきですね。日本人が一番最初に、1919年だったと思います、言ったことは、『人種差別をやめよう』です!人種差別をやめようと、世界で一番最初に言ったのは日本人ですよ!」
神谷氏がこのよう力を込めたことで、支持者からは「そうだー!」と万雷の拍手が起こっていたが、一部からは“人種差別をやめろ”という趣旨のカウンターが飛んだ。すると、神谷氏は振り向き、大声でこう発した。
「してねぇっつってんだろ!!」
この応酬に支持者は沸き立ち、笑みを浮かべながら再び前方向いた神谷氏は、「人種差別も外国人差別もしていません!そういうことが起こらないように制度しっかり作り直せと言ってるだけです。それをちゃんとやっておかなければ、アメリカやヨーロッパのように、本当に民族同士の対立が激化して、暴動が起こるわけですよ!」と畳みかけるようにして言う。
そして、以下のように締めくくっていた。
「我々は外国人差別反対です!戦争反対です!皆さんは参政党を応援しないといけないんです!矛盾してるんです言ってることが!差別をやめよう!そのとおり!戦争をやめよう!そのとおり!参政党と一緒なんだから、もっと応援してください!」
7月20日に終わった参院選で、参政党が大きく議席を増やした。
注目されるにつれ、医療や外国人、安全保障に関する立候補者や党員の問題発言が批判を浴びた。
私は日本近現代史を担当する記者として、歴史にまつわる事実誤認の発言が気になっている。
実際にあった日本兵の住民殺害
たとえば沖縄戦だ。
太平洋戦争末期、日米両軍の地上戦で20万人以上が亡くなり、日本側の犠牲者およそ18万8000人のうち、半分は住民だった。
参政党の神谷宗幣代表は5月10日の青森市での街頭演説で「日本軍の人たちが沖縄の人たちを殺したわけではない」などと発言した。
日本兵による住民殺害があったことは、生存者の証言や専門家の研究で明らかだ。神谷代表はこれを全否定したことになる。発言に強い批判が寄せられたのは当然だ。
7月8日に同じ青森市内で街頭演説した際には「謝罪と訂正を求められたが、一切しない」と述べた。
その上で「多くの(沖縄)県民が亡くなったのはアメリカの攻撃によってであり、例外的に悲しい事件があった。大筋の本論を曲げないでほしい」と反論した。
「中国大陸侵略はウソ」の間違い
6月23日、那覇市での街頭演説では、神谷代表は大日本帝国の戦争についてこう述べた。
「(日本は)中国大陸の土地なんか求めてないわけですよ。日本軍が中国大陸に侵略していったというのはウソです。違います。中国側がテロ工作をしてくるから、自衛戦争として、どんどんどんどん行くわけですよ」
その後、37年に日中戦争が始まり、陸軍は中国各地に侵攻した。「土地を求めていなかった」とは、到底言えない。
東条英機は中国との和平を求めた?
神谷代表はこうも述べた。
「大東亜戦争は日本が仕掛けた戦争ではありません。真珠湾攻撃で始まったものではありません。日本が当時、東条英機さんが首相でしたけど、東条英機を中心に何を外交でしようとしていたかというと、アメリカと戦争をしないことです。中国と和平を結ぶ。当時、中国ってないですけどね、支那の軍閥、蔣介石や毛沢東、張学良、ああいった人たちと、いかに戦争を終わらせるか、ということをやるんだけど、とにかく戦争しよう戦争しようとする人たちがいるんですよ。今も昔も」
東条の前の首相、近衛文麿は対米戦争の回避を模索した。41年10月12日、東条陸相、及川古志郎海相、豊田貞次郎外相、鈴木貞一企画院総裁を私邸・荻外荘に集め、対米交渉について協議した。
その席で東条は米国が求めていた中国からの撤兵を拒否した。対米外交の見通しを失った近衛は4日後に内閣総辞職し、昭和天皇の指名を受けた東条が後継の首相に就いた。
東条は、一貫して対中・対米強硬派であった。首相就任後、対米戦争を決断した。神谷代表が主張する「中国との和平」を模索したというのは、史実に反する。
開戦の経緯についても、神谷代表の発言には疑義がある。
「大東亜戦争」とは日中戦争と41年開戦の対米英戦などを含んだものの総称で、41年12月12日、時の東条内閣が閣議決定した。
この戦争を仕掛けたのが日本でなかったとしたら、どこなのか。中国なのか、あるいは別の国や国際的団体なのか。
質問への回答なし
私は参院選終了後、参政党に質問を送った。
①日中戦争が日本軍の「自衛戦争」だった、東条が中国との和平を結ぼうとしていた、ということの根拠(文献資料や証言など)は何か
②「戦争をしようとする人」とは、誰、もしくはどんな団体か――を尋ねたが、期日までに回答はなかった。
大日本帝国の戦争は、東条ら当時の為政者たちが主体的に始めた戦争だった。
国力に見あわない対米戦争をどうやって続けるつもりだったのか。まず東南アジアを押さえて、石油などの戦略物資を確保する。それで長期戦に備えるという構想だった。
他の国や民族の事情などおかまいなし。「欧米の植民地支配からアジアを解放する」が建前だったが、実態は他国や他民族を侵略し、帝国に都合のいいように植民地を再編するための戦争だった。
敗戦が確実になってからも、為政者たちは「国体護持」のためにずるずると戦争を続けた。その結果が沖縄戦であり、広島・長崎への原爆投下だ。
過去につながらない未来はない。
戦争について「信じたい歴史しか信じない」というような「歴史認識」の先には、再びの過ちしかない。史実をきちんと認識してこそ、未来は開ける。
敗戦から80年の8月に、そのことを確認しておきたい。【専門記者・栗原俊雄】
「聖戦」アジアの犠牲2000万人超、益川さん「一般の国民も加害者にさせられた」
日本は15日、ポツダム宣言受諾による70回目の終戦記念日を迎える。北京郊外、盧溝橋での中国軍との衝突に始まった戦火は最終的に東南アジア・太平洋を席巻し、同地域全体では2000万人を超える軍民が犠牲となった。大日本帝国は欧米植民地主義からの解放戦争と喧伝(けんでん)したが、「大東亜共栄圏」のためにアジアの同胞からあらゆる点で収奪した。ノーベル物理学賞を受賞した理論物理学者、益川敏英さん(75)は「一般国民は被害者であったが、当時の政府・軍部に加害者にもさせられた」と指摘。日本が再び、「戦争ができる国」になることへの危惧の念を示す。【高橋昌紀/デジタル報道センター】
戦後のサンフランシスコ講和会議(1951年9月)や各国政府の発表などによると、第二次世界大戦におけるアジア・太平洋地域の軍民の犠牲者数は▽日本310万人▽フィリピン100万人▽ベトナム200万人▽中国1000万人以上−−などとされる。
この犠牲は結局、日本の侵略がもたらしたものだった。戦前のアジアは「東南アジア域内交易圏」と呼ばれる経済圏が機能し、互いに支え合っていた。しかし、日本の影響下に組み入れられると、欧米、インドなどとの交易が途絶。販路を失ったアジアの食糧生産地では農民が貧窮化し、経済が停滞する。鉄道・船舶など交通インフラへの連合国軍の攻撃が進むと、地域内での物資輸送も困難になり、餓死(インドネシア200万人、インド150万人など)さえも招いた。
日本の主要な戦争目的が、アジア解放ではないことは明らかだった。米英に宣戦する直前の1941年11月に「南方占領地行政実施要領」を策定。石油などの国防資源を獲得することが重要であり、占領地住民に忍耐を強いることはやむをえないとした。▽信用価値の低い軍票の乱発による物価高騰▽軍事関連工事への農民や労働者の強制徴用▽現地軍自活のための物資の強制供出−−などが、アジアの民衆の生活基盤を破壊。食糧不足による飢餓に加え、重労働、虐待などが犠牲者を増加させた。
皇軍兵士に特有の残虐性が根本にあった。上官の命令は絶対で、抑圧的な組織内にはビンタなどの「私的制裁」がまん延。「優秀な大和民族」との自負は慰めであり、おごりにもなった。アジア人への蔑視は「現地調達」という名の略奪につながる。中国ではイナゴ(蝗)をもじり、「蝗軍(こうぐん)」と嫌悪されていたという。
現役除隊で一般生活に戻っても、赤紙による再度の召集がある。戦地では満足な休暇も与えられない。40キロ以上の装備を担ぎ、行軍することはざらだった。戦病還送患者に占める精神障害の割合は上昇し、1944年には陸軍で22・32%。アジア解放の「聖戦」は、兵士自身をもむしばんでいた。
「戦場の兵士だけが戦争をするのではありません」。益川敏英さんは警告する。自身の父親は戦時中に軍用機工場で、燃料タンクを製造していた。「朝永振一郎先生(ノーベル物理学賞受賞者)のように『無言の抵抗』をした人もいますが、戦時に見習うことは非常に難しい」と話す。
だからこそ、平和な時代における反戦運動に力を入れてきた。「国家は巧みに国民を取り込み、精神動員する。個人は弱い」と指摘しつつ、「どんなに小さな声でも、集まれば大きな声になる」と運動の大切さを訴えている。
2004年11月4日(木)「しんぶん赤旗」
侵略戦争の犠牲者数は本当か?
〈問い〉 青年との対話で「数千万人が太平洋戦争で死んだというのはウソ」といわれました。ネット上でもそんな書き込みがあります。犠牲者はどれくらい? それは何にもとづいているか? を教えてください。(長野・一読者)
〈答え〉 1945年8月15日、天皇制政府は、ポツダム宣言を受諾して連合国に降伏しました。15年にわたる戦争は日本人の軍人軍属などの戦死230万人、民間人の国外での死亡30万人、国内での空襲等による死者50万人以上、合計310万人以上(63年の厚生省発表)の犠牲をもたらしました。
戦後、日本政府は、一貫して、侵略戦争と認めることを拒否し、犠牲者数をなるべく過小に計算する見地で資料を作成し、戦争の惨害の本格的な資料を作成してきませんでした。前記の厚生省資料も、太平洋戦全国戦災都市空爆犠牲者慰霊協会の調査によって推計したものです。
日本の侵略戦争は、アジア・太平洋各国に2000万人以上の死者をふくむ史上最大の惨害をもたらしました。この数は、各国の政府公表あるいは公的発表にもとづくものです。
中国1000万人以上(「中国の人権状況」中国国務院=ただし37年7月~45年8月まで。他に2000万人との報告もある)、べトナム200万人(独立宣言)、インドネシア400万人(サンフランシスコ講和会議での同国代表発言)、フィリピン111万1938人(対日賠償要求)、インド150万人(べンガル飢餓死者のみの推計、政府任命飢餓調査委員会)、ニュージーランド1万1625人(政府公表)、オーストラリア2万3365人(同)、そのほか泰緬(たいめん)鉄道建設に投入された労働者の各国死者7万4025人(英国調査)など。ミャンマーやシンガポール、朝鮮などをのぞいても、これら諸国の公的発表の死者数だけでも1872万から2872万人を数えます。さらに日本の植民地支配のもとにおかれた朝鮮では、36万4186人が軍人・軍属として戦場にかりたてられ、死亡・行方不明者15万人(推定)、強制連行などによる死者・行方不明者をふくめ20万をこえる人びとが犠牲となりました。(喜)
〔2004・11・4(木)〕
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