
真にコロナを克服して幸せになるには、自公政権の打倒しかない。
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うちのブログにはカテゴリーというのがあるのですが、橋下氏批判は橋下維新の会とハシズムだとか維新の会の脅威というところに入れられるんですが、この三浦氏とか、今回一緒に批判しようと思っていた、これも自称ジャーナリストの辛坊治郎氏批判はどこに入れたらいいんですかねえ。
さて、数々のトンデモ発言をしてきた三浦瑠麗氏ですが、今回の
リベラルの限界…人類は新型コロナに「過剰適応」している
は、いやいや、限界があるのはあんたの頭脳の容量やろ、と言いたくなるくらいひどいです。
彼女はずっと経済優先主義を言っているので、今回もコロナ対策を一生懸命しても仕方がないということが言いたいんですね。

まさに人災。
新型コロナの人口比率の死者数が、日本はアジア・オセアニア地域でフィリピンに次ぐワースト2位に。やはり安倍政権ではダメだ。
それで持ち出してきたのが、
「新型コロナウイルスによる国別の人口100万人当たりの死者数を見てください。一年単位で見れば、どのような政策をとったとしても、被害の度合いはほぼ地域差と、人口密度、そして平均寿命で説明できます。
米国とメキシコとチリとブラジル、アルゼンチンの政策上の違いはあるはずなのに、人口100万人当たりの死者数は似通っているし、日本と韓国、香港の政策は違うのに、人口100万人当たり死者数はさほど変わりません。アフリカは高齢者が少ないので死者が少ない。」
というのです。

中南米でもてんでバラバラ。
まず、学者失格なのがサンプルの抽出が恣意的なこと。
たとえばアジアを出してくるなら、中国・台湾・シンガポールなど、まさにコロナ対策の政策でコロナを抑え込んでいるところをあえて無視するのはひどい言説ですよ。
そして、三浦氏は
「つまり、ウイルスをノーガードで受け止める国は現実的には存在しないのと同様、どんな政策をとったとしても、それ以外の条件によって決まる被害を大きく左右できるわけではないということです。
しかも、日本と韓国との違いから明らかになように、どんなに新型コロナウイルスの死者を防いでも、総体としての死者数をかえって増やしてしまえば意味がない。」
と結論付けるのです。
なになに?韓国がコロナの感染者数と死者数は抑え込んだけど、そのために別の死者が増えているんですか?
何のことを言っているの?

日本がアジアで最悪レベルの政治なのがわかる。
【ネトウヨ涙目】日本が一人当たりの実質GDPも、年収も韓国に抜かされた。新型コロナでは人口比で韓国の3倍以上の感染者と死亡者。なのに菅総理は「バブル後最高の日本経済」【ダメだこりゃ】
台湾なんて、人口が日本の5分の1程度の2200万人くらいですが、とにかく狭い国なので、人口密度は1平方キロメートル当たり650人で、世界第二位の高さです!
ところが、コロナの死者数は1月末に8カ月ぶりの死者が1人出て、累計で8人ですよ。。。。。
日本は6000人を超えましたよね。
もちろん、日本は世界有数の長寿国ですから、台湾より平均寿命で劣るわけでもありません。
つまりこれほどあからさまに、三浦氏の言う人口密度などの要素と無関係に、台湾のコロナ抑え込みの政策が優れているから、コロナは抑え込み、しかも経済活動も活発に行なえて実質GDPもマイナスにならずに済んでいる例を無視して、三浦氏は自分のトンデモ説に都合のいい話をでっちあげているわけです。

ちゃんとしたコロナ対策、政策をやれば抑え込めるし、そしたら経済も回る。
これが安倍・菅官邸の実力だ。100万人当たりのコロナによる死者は日本13人、韓国9人、中国3人、台湾0・3人。4~6月期GDPは日本ー9・9%、中国+3・2%、韓国ー3・0%、台湾ー0・6%。
ちなみに、コロナ死者数が29人のシンガポールも人口564万人ですから、人口比でひきなおすと日本なら600人亡くなっている計算ですが、人口密度は世界一高くて1平方キロメートル当たり8000人ですよ(笑)。
日本の人口密度なんて335人ですからね。
ですから、人口が密集しているとたくさん死ぬという三浦理論からしたら、まさにシンガポールも徹底したPCR検査などのコロナ対策によって、死者を人口比で日本の10分の1に抑え込んでいるのです。

三浦氏があえて無視した国々。
シンガポールでは新型コロナの死者数がわずか27人で人口比で世界最小。日本の3分の1で済んでいる成功の秘訣はやはり早期の徹底した検査。人口比で日本の8・5倍検査していた!
ちなみに、人口が5160万人と日本の約半分の韓国も、人口密度は511人で日本の1・5倍以上ですが、コロナ死者数は1450人程度。
つまり、人口密度は高いのに、人口比で言うと日本の半分にコロナ死者数を抑え込んでいるのです。
「日本と韓国、香港の政策は違うのに、人口100万人当たり死者数はさほど変わりません」
って結論、どこから出てきたんですか?!真っ赤な嘘じゃないですか。
医療技術も平均寿命もアジアで一番高い日本で、これだけコロナ死者を出しているのですから、どんだけ日本の政策が愚策の連続か、わかろうというものではないですか。


経済優先と言いながら結局経済を壊す安倍・菅政権。
新型コロナ対策に成功した台湾では内閣支持率が7割!健康保険制度で薬局でマスクが毎週1枚18円で買える。緊急事態宣言なんていらない!
つまり、菅政権になってますます政府の委員になっている三浦氏は、菅政権の押し進める「経済優先」の新自由主義政策を支持するために、事実を捻じ曲げてでも、コロナ対策なんて一生懸命しても仕方がないと言いたいだけなのです。
しかも、人命絶対尊重のリベラルには限界があるとディスるのも忘れない。
しかし、あんたの支持している安倍・菅政権の政策で経済もダメになるし、コロナ死者もめっちゃ出てるのに、自分だけ優遇されていればそれでいいわけ?
市民の健康と命を軽視した結果、日本経済も台無しにしてきた政治家たちも害悪以外の何物でもないですが、それに群がるこういうエセ学者様たちも、ほんまに気色悪いです。
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アベ友の三浦瑠麗女史(自称国際政治学者)が「休業要請する東京都は政府より感染症の専門家に引きずられている。政府が一生懸命引き戻した」。何言ってんの、こいつ(呆)。
森友学園事件。近畿財務局職員の自死について「人が死ぬほどの問題じゃないんですよ」と言い放った三浦瑠麗女史が、遺書が公表されても沈黙したままの件。
この後引用する、三浦氏のインタビュー記事の媚び媚び写真の気持ちの悪いこと。
こういう、男性社会に取り入る女性「学者」が、どれだけ他のまともな女性研究者の足を引っ張っているかと思うと、頭が痛くなりますよ。
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新型コロナ危機、首相交代、アメリカ大統領選……激動の2020年とは一体何だったのか。そして2021年はどのような年になるのか。国際政治学者の三浦瑠麗さんが語る新型コロナ。リベラルの限界、政府の私的介入……国家は、私たちは、どうすればよいのだろうか。
三浦瑠麗さん新型コロナウイルスについて考えるとき、大前提として、我々はときに人類にはいかんともしがたい自然の摂理による災いに巻き込まれるのだという認識を持たなければいけません。2020年は全人類がその自覚を持つことを迫られる年になるはずでした。
しかし、多くの人はまだその認識には到達していなさそうです。おそらく2021年から徐々にそうした言説が先進国から出てくるのではないかと思っています。
世界各国がロックダウンや強度の自粛を経験したため、経済的、社会的影響は少なくとも3~5年は続くでしょう。新型コロナウイルスが未曾有の災厄というよりも、ウイルスに対する各国の反応が非常に例外的なものだったということが言えると思います。
各国のウイルスへの対処を見ていると、人類の能力の有限性に無自覚な人があまりに多いことに驚きます。
これまで欧州や米国のリベラルは気候変動問題などへの取り組みを通じて、人類の限界を学んできました。科学技術を発展させることはできるかもしれないが、人間の能力には限界があるということ。地球を治癒不可能なまでに痛めつけてしまえば持続可能な開発や成長ができないということを学んだのが、90年代以降のリベラルであったはずです。それは、物事を自分に見える狭い範囲で「合理的」に捉えようとする態度の限界に気づく作業でもありました。
しかし、突如として「ウイルスは防げるはずだ」「被害をゼロに近づけることができるはずだ」という過剰な合理性信奉に世界中が囚われてしまいました。人類はまだ近代合理主義の幻想から抜け出すことができていないのです。
ここで言う幻想とは、社会や経済、家庭、人々の健康など様々な要素のつながりと相互作用を無視して、好きなように社会をデザインできる、という考え方を指しています。
新型コロナウイルスによる国別の人口100万人当たりの死者数を見てください。一年単位で見れば、どのような政策をとったとしても、被害の度合いはほぼ地域差と、人口密度、そして平均寿命で説明できます。
米国とメキシコとチリとブラジル、アルゼンチンの政策上の違いはあるはずなのに、人口100万人当たりの死者数は似通っているし、日本と韓国、香港の政策は違うのに、人口100万人当たり死者数はさほど変わりません。アフリカは高齢者が少ないので死者が少ない。
つまり、ウイルスをノーガードで受け止める国は現実的には存在しないのと同様、どんな政策をとったとしても、それ以外の条件によって決まる被害を大きく左右できるわけではないということです。
しかも、日本と韓国との違いから明らかになように、どんなに新型コロナウイルスの死者を防いでも、総体としての死者数をかえって増やしてしまえば意味がない。

「致し方ない」というのは、ある意味保守主義的なバランスをとる考え方です。リベラルが保守化したならわかりますが、そうではなくて積極的にオーバーリアクションを求めた。これは私が知っていたヨーロッパの自由主義のあり方ではありません。
私がオーバーリアクションと呼んでいるものの代表はロックダウン政策ですが、それだけではありません。人々の感情の動きによる社会的混乱、与野党の非難の応酬による政治的混乱。イタリアの混乱を例にひき、こういったことを防ぐべきだと2020年3月に参議院で公述人として呼ばれたときにお話をしました。
結果を見ると、世界中で同じような混乱が起きてしまったことが分かります。どの国を見ても、人間というのは政治と不安と恐怖が結びつくと、同じような行動をして被害を拡大させるということがわかった一年でした。
人間の能力は、そんなにたいしたものではないということを受け入れることによって、ベストエフォートの考え方に基づく行動ができます。
これは新型コロナウイルス対策の分科会メンバーの釜萢(かまやち)敏先生との座談会でも同じ結論に至ったのですが、結局、我々にできる最大の対策は手指を石鹸で洗い消毒し、そしてマスクを適切に使用することです。それから可能であれば、移動は人が少ない時間帯に行い、リモートワークやフレックスタイム通勤を活用する。
これ以上我々が日常的にできることはないと言っても過言ではありません。過剰に恐れることも全く恐れないこともどちらも賢明ではありません。
政府による私的介入を許してはいけない
飲食時に気をつけるマナーとして、マスクを着脱しながら食べたり、飲んだりすることを政府が推奨しました。私個人としては、会議中に飲み物を飲むときには、マスクを適宜着けたり外したりする作法が定着したと思っています。ただ、食事の場合はどう考えても無理です。食事の仕方にまで政府が口を出すのは明らかに介入しすぎでしょう。
誰と会って食事をするとか、何時まで食べるとか、本来足を踏み入れてはいけない私的領域に政府が介入しています。一律に網をかけるしかやり方がないのだろうか。それよりも医療体制を組み替えることの方が重要なのではないでしょうか。
政府や自治体によるパチンコ店や夜の街に対する吊し上げのようなこともまずかったと思います。確かに法律上は企業の名前を公開することはできます。しかし、これは法的な問題として申しあげているのではなくて、我々の社会のあり方を考えなければいけません。
社会に介入することの副作用を、政府は全国の小中高の一斉休校措置で学んだはずです。この措置で子供を持つ女性の生活は麻痺しました。子供たちの学びや健康も阻害されました。休校要請は世間から大きく批判されますが、こうした世論の声を受け、政府も軌道修正しました。以降は学校は閉鎖しないという方針を明確にしています。
それから政府が決断を迫られたのは、夏のお盆の帰省でした。ここでは科学ではなくて、情を重視するという決断をしました。家族の間の紐帯の話に政治は関与しないとしたわけです。
願わくばすべてのことについて、政府はこうあってほしいと私は思っています。家族と会う権利を政府が奪っていいはずがありません。リスクは周知するとしても、「かく生きるべき」というのは、政府から強制されるものではなくて、個々人の選択の問題だからです。



