ロシアによるウクライナへの全面侵略がはじまって3年。
第二次大戦を知っている21世紀の近代国家がこのように露骨な侵略をしてしまう愚かさには今でも驚くばかりです。
同意できるかどうかは別として、プーチンにも言い分はあるでしょうしそれを分析する意味もある。しかしこの殺人と破壊、あらゆる犠牲を容認することは断じてできません。この愚行は今後何十年にもわたって人々を苦しめ続けるのです。
ロシア連邦は即刻戦闘をやめて撤兵すべきであり、戦争犯罪人は裁かれねばならず、プーチンは大統領の座から追われねばならない。
2022年2月24日から続けているこの主張は今でも変わりません。
惨禍を食い止め、ウクライナ人の主権を守り恒久的な安全保証を得るため停戦に向けてウクライナ人とウクライナ政府も妥協が必要ではありましょう。その妥協を認めることと、上記の原則を掲げ続けることは矛盾しないのです。
プーチンとその体制を支持するロシア人はロシア社会に陰惨な傷をつけ続けており、それも残念でなりません。この戦争でむき出しになったクレムリンの堕落はかならずロシア自身に返ってくるのですが(まさに返り続けていますが)、しかしロシア人はこの傷に向き合い、自ら厳しい批判ののち新たな選択ができる人たちだと信じています。
停戦交渉に向けてのトランプ政権の姿勢にはいまのところ(予期していたとはいえ)失望するばかりですが、嘆いてばかりもいられません。日本は積極的に関与すべきです。停戦後のウクライナに自衛隊を送りなさいよ。
国際的な信義や普遍的な価値といったものが揺らいでいる今こそ、日本国憲法の前文は輝きを増すし真剣にその実現に努力しなければなりません。ウクライナに限らず、パレスチナでもミャンマーでもスーダンでも。
「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。」
いいこと書いてありますよ。多少恥ずかしくてもかっこつけていきましょう。かっこいい真似して大路を走らばすなわちかっこいいのです。
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僕は戦争を完全には否定しないし(人には抵抗権がある)、国民国家という枠組みについてはいろいろ言いたいこともあるけれど、いまはさておくぞ。
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追記。
渋谷で行われたウクライナ支援デモに参加してきました。僕はウクライナの人と常にともにあります。
さまざまな演説のなかで特に心に残ったのが、戦火を逃れて日本に滞在しているウクライナ人が故郷の家族親族と話すときの痛切な感情、明日がわからないことへの不安の話でした。
そのあと新宿へ行ってれば、反戦・反プーチンの在日ロシア人たちがデモをしていて。尊敬すべき人たちです。先に書いた在日ウクライナ人の思いは彼らにも共通するものでしょう。僕はロシア人とも共にありたい。


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追記の追記。
この日にあたって、是非皆さんにも読んでほしいエッセイがふたつ。