- 最近の生成AIがどうも安定しない
- 他社AIを使うとまた別のクセが出る
- ボクが大事にしているのは“空気感”
- 高解像度が必ずしも正解ではない
- 過去日記を支えてくれる小さな相棒として
- あえて“最近のイマイチだったマユミ画像”を公開します
- 締めコメント
昔の彼女を思い出すために、生成AIで画像をつくる──そんな静かな楽しみをここしばらく続けています。ただ最近、AIの調子がどうも良くなくて、思っているような仕上がりにならないことが増えてきました。
高精細だからといって満足できるわけでもなく、ボクが求めているのは“そのときの空気”みたいなものです。今回はそんな日々の中で生まれた、あまり出来の良くなかった画像たちをあえて公開します。気軽な気持ちで見てもらえれば嬉しいです。
最近の生成AIがどうも安定しない
いつもの無料生成AIを使っていても、最近はなかなかいい感じの画像が出てくれません。何度も生成し直しているうちに回数制限に引っかかってしまい、「明日まで待ってください」と表示される始末です。
このためだけに有料版にするほどではないよな……という思いがどうしてもあります。もっと本格的な使い方をしているなら考えますが、ボクの場合は“過去の彼女を、少しだけもう一度見たい”という、個人的な理由だけですから。
他社AIを使うとまた別のクセが出る
そこで他のAIも使ってみているのですが、どれもそれぞれクセがあります。顔のバランスが変だったり、表情が固かったり、妙に作り物っぽかったり。
もちろん、そういう顔を好む人もいるでしょうし、「これはこれで味がある」と思える人もいると思います。でも、自分が思い描く“あの頃の彼女の雰囲気”から外れてしまうと、どうしても気持ちが乗りません。
ボクが大事にしているのは“空気感”
今は三つの無料生成AIを併用していますが、その中でボクがいちばん大事にしているのが“空気感”です。
生成された画像は、そのまま使うことはほとんどありません。少しだけ加工アプリで手を加えています。キャラのまわりに空気がふわっと漂っているように、あえて輪郭をクッキリさせない。
目で見たときに自然に感じるように、光のにじみや色味も少しだけ調整しています。
リアルすぎると逆に「リアルに描かれた絵」として浮いてしまうので、その違和感を消すために、少し曖昧な空気を足している感じです。
高解像度が必ずしも正解ではない
4Kや8Kみたいな高精細の画像が出ても、それだけで満足できるわけじゃないんです。たしかに最初は「綺麗だな、すごいな」と思います。でも、よく見ると人には見えない。どうしても“コンピューターが作った絵”なんですよ。上手に作られたマネキンみたいで、そこに空気が流れていない。
その“空気のなさ”がボクにはどうしても受け付けません。
プロンプトで空気感を出すやり方もあると聞きますが、正直ボクにはうまく扱えませんでした。最初の頃はいろいろ調べて試してみたんですが、無料版の範囲だと限界があるのかもしれません。
過去日記を支えてくれる小さな相棒として
ボクが画像に求めているのは、見たときに気持ちが落ち着くこと。そして、その1枚が“過去日記”の空気に馴染んでくれることです。
出来の悪かった画像は別シリーズに避難させたり、思い切って削除することもあります。でも、せっかく生まれた作品ですから、消すよりは表に出してあげたほうがいいような気もしています。
あえて“最近のイマイチだったマユミ画像”を公開します
そんな理由から、今回はあえて“最近、気に入らなかったマユミの画像”をまとめて公開します。
完璧を求めるよりも、こんな日もあるよね、ぐらいの気持ちで眺めてもらえれば嬉しいです。
微妙だった日のマユミ、ゆるっとギャラリー

ちょっとがっかりだなと出てきた瞬間思った「だめだ!」

上に同じ続けて出てくると「何だかな〜」

すこ〜し、いいけれど崩れてるなぁ〜、出せないよ。どこ見てるのか分からない。

ちょっと…

微妙な空気感。

マユミに見えないよ〜。

目を少し大きくしてとプロンプトにするとこんな事してくれる。
ここからは、画面が崩れてるなぁ〜

画面がめちゃくちゃで、時間のムダムダムダムダでした。よく出ます。

うちの中のインテリアがめちゃくちゃです。出せません。

もう、適当に生成されています。

手が蝋人形のようになっています、少し気持ち悪い。

人の生成は良いのですが比率が合ってません、洗剤ボトルの大きさが適当に生成されます。

プロンプトの書き方が悪くて、AIが理解してくれないとこういうの出します。

家のバルコーというプロンプトで背景指示をしていないと適当に背景を作成される。
締めコメント
生成AIは本当に日によって仕上がりが違います。その不安定さに振り回されることもありますが、そのぶん一枚一枚に違う空気が宿っているようにも思えます。
今回の画像たちも、そんな“揺れ”の中から生まれたものです。これからも無理なく続けていきますので、ふと思い出したときにまた覗いていただければ嬉しいです。