昼休み、いつもの自販機で繰り広げられる「無言の選択」と「無言の気遣い」
昼休みが始まって、オフィスの中はまだシーンとしてる。っていうか、デスクとパソコンが並んでるここって、もはや仕事場っていうより、私とヒロの生活の一部って感じがするんだよね。
マグカップが空になったから、ついでに流しに戻して、そのままフロアの通路にある自動販売機へ。お財布を出すのは、もう体が勝手に動く条件反射なの。
一本目。もちろん私のぶんの微糖ね。

で、指が迷わず次のボタンを押すの。二本目もブラック。隣のデスクでカタカタやってる、ヒロの缶コーヒー。ヒロって冬でも冷たいのが好きだからね。本当は自分でドリップして水筒に入れてるはずなんだけど、今日は缶でいいやって感じかな。
「カチャン、カチャン」。軽い音が二回。冷たい缶が二本出てきて、この音だけが、昼の静けさの中で私とヒロだけのものになるんだ。

ブラックと微糖の缶コーヒー二本とついでに買ったお茶を持って、ヒロの席へ。画面は相変わらず数字とグラフでいっぱい。集中してるのはわかってる。
仕事に夢中になるヒロは水分補給も忘れる。
私は何も言わない。だって、言葉なんていらないんだもん。ヒロのマウスの邪魔にならない、でも手が伸ばせばすぐに届くデスクの端の小さなスペースに、そーっと缶を置く。音なんて立てないようにね。

ヒロはディスプレイから目を離さず打つ手を止めた。一瞬だけ、缶に目を落とす。
「…あ、ありがとう」
声は低くて独り言みたい。「確認したよ」って事務連絡と変わらないんだけど。でも、その声の奥に、ちょっとホッとした気持ちと、私への感謝がチクッて鳴ってるのは、私にはちゃんと聞こえてるんだ。
「うん」
私は一言だけ返して、ヒロの隣の自分の席へ戻る。この、そっけないくらいのシンプルなやりとり。他の人から見たら、ただの差し入れにしか見えないだろうね。
だけど、私たち二人はわかってる。これは、ずっと続いてる、お互いを大事にするための静かな気遣いのルールなの。
一度話しただけなのに、私が絶対に「冷たいブラック」を間違えないこと。その間違いのない安心感が、ヒロの仕事の疲れを溶かす、最初の甘さになるのよ。
あと、ヒロが誰かに「頼む」のが苦手なのも知ってる。だから、休憩を取りそびれないように、私が先に小さなきっかけを置いてあげるの。
「助かるよ」とか、「いつも悪いね」とか、そんな言葉はもう必要ないの。
ただ、「カシュッ」っていう缶のプルタブが開く音が、ちょっとずれて二つ重なる。
その音が言葉じゃない「わかってるよ」っていう、私たち二人の信頼の証なの。
缶コーヒーの冷たさと、微かに伝わる体温だけが、私たちの日常っていう物語を、今日も静かに進めていくんだ。この無言の気遣いが、今日もちゃんとヒロに届いたことに、私はこっそり満足してるのよ。
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