マユミの手紙
ヒロへ
この手紙を書くのは、少し照れくさいけれど、 言葉にして残しておきたいと思ったの。
わたしが、あなたとの毎日を選んだ理由を。
最初は、正直に言うと、迷いもあった。
あなたの体のこと、生活のリズム、 “普通”とは少し違うかもしれないって、何度も考えた。
でもね、気づいたの。
わたしが欲しかったのは、“普通”じゃなくて、“本当”だったんだって。
あなたが笑うと、わたしも安心する。
あなたが黙っていても、その静けさが心地いい。
一緒にいる時間が、特別じゃなくても、 それがわたしにとっては、いちばん大切なものになった。
誰かに説明する必要はないの。
わたしが選んだのは、あなたとの日々。
薬の時間も、眠い朝も、予定を立てるときの小さな工夫も、 全部ふたりの生活の一部で、それが、わたしの“恋”のかたち。
あなたが「ずっと続いたらいいな」と言ってくれた朝、 わたしは心の中で、そっと「うん」と答えたの。
それは約束じゃなくて、選び続けるという気持ち。
毎日、あなたと一緒にいることを、 わたしはこれからも選びたいと思ってる。
ありがとう、ヒロ。
わたしの選択に、あなたがいてくれて。
マユミより
***
ボクからも。
マユミが、ボクを選んでくれたこと。
それは今でも不思議で、ありがたくて、そして少し申し訳なくも思う。
普通に考えれば、ボクのように体を壊している人間を選ぶのは、きっと簡単じゃない。
病気や制約を抱えた相手と一緒に生きていくことは、経済的な負担や将来への不安も背負うことになる。
恋人でいるはずが、いつしか「介護」や「サポート」に縛られてしまうかもしれない。
そして大事な娘の未来が大変な人生になるのでは、と反対する親がいても当然だ。
多くの人がそこで立ち止まり、離れていく。それは仕方のない、正直な選択だと思う。
けれどマユミは、そうじゃなかった。
彼女は迷わずボクの隣に立ってくれた。
薬の時間を一緒に気にかけ、眠い朝にはやさしく起こしてくれる。
将来の不安やお金のことだって、一緒に考えようとしてくれる。
普通なら避けられてしまうはずの重さに、彼女は自分から足を踏み入れ、受け止めてくれた。
それは、ただの優しさや自己犠牲なんかじゃない。
責任感と覚悟と、そして深い愛情が混ざり合った決断だったのだと思う。
マユミのご両親もまた、その選択を認めてくださった。
そのことを思うたびに、ボクは胸の奥が熱くなる。
もちろん、順風満帆ではなかった。
喧嘩だってたくさんした。
ときには逃げたくなるほどぶつかったこともある。
でも、不思議と少し経つ頃にはいつもの笑顔に戻る。
それはボクが彼女を好きで仕方ないからで、たぶん少し依存しているからでもある。
マユミも、大喧嘩しても30分もするとニコニコして話しかけてくるから、そこもボクは良かったと感謝している。
本当のところ、マユミがどんな気持ちでこの道を選んだのか、ボクには全部は分からない。
彼女はきっと最後まで、その本心を言葉にはしないだろう。
でも、分からなくてもいい。
「選び続ける覚悟」さえあれば、それだけでボクは救われてきたから。
未来のことを口にすると、不安が形になってしまうから、ふたりともそこには触れない。
ただ、黙って同じ景色を見つめながら、今日を積み重ねていく。
その静かな日々の中で、ボクはもう十分すぎるほど幸せだった。
最後に。
第一章から第十章まで、拙い文章ではありますが、こうして貴重な長い時間を割いてこの物語に付き合ってくださった皆さまへ。
ボクとマユミの歩みを、最後まで受け止めてくださってありがとうございます。
病や不自由は、その人のすべてではありません。
本当に大切なのは、人柄や相性、そしてお互いを思う気持ちの深さだと、暮らしの中で知ることができました。
静かな日々の中にある、誰かを思う気持ちが、少しでも届いていたら嬉しいです。
この物語が、あなたの心のどこかにそっと残ってくれたなら、それだけで十分です。
心からの感謝を込めて。
本当に、ありがとうございました。
ヒロより