不自由な恋を選んだ理由──“普通の女性”が献身を選ぶとき
第5章:恋と生活の境界線──“一緒にいる”ことの意味
朝、マユミはヒロより少し早く目を覚ます。
カーテンの隙間から差し込む光が、部屋の空気をやさしく染めている。
隣で眠るヒロの寝息を聞きながら、マユミはそっとキッチンに立つ。
コーヒーを淹れる音が、静かな生活のリズムを刻む。
「一緒にいるって、こういうことなんだなって思うんです」
マユミはそう言う。
「特別なイベントがあるわけじゃないけど、
日々の中に、ちゃんと“ふたり”がいる感じがして」
でも、マユミの“ふたりでいること”への願いは、ただの憧れではない。
それは、5歳の頃に経験した、ある“別れ”から来ている。
――お父さんが病気で亡くなった日。
マユミは、病室の窓から見える空をずっと見ていた。
「また明日も来るからね」
そう言った翌日に、もう“明日”は来なかった。
その記憶は、マユミの中でずっと静かに息をしている。
誰かを好きになると、必ず「別れたくない」という気持ちがついてくる。
それは、子どもの頃に感じた“喪失”の記憶が、今も彼女の心に残っているから。
「ヒロと一緒にいると、あの時の気持ちが少しだけ、癒される気がするんです」
マユミはそう言って、コーヒーをヒロのカップに注ぐ。
「この人は、今日もここにいてくれる。
それだけで、すごく安心するんです」
ヒロは、そんなマユミの気持ちを言葉では知らない。
でも、彼女が時々見せる“静かな不安”に、気づいている。
だからこそ、何気ない日常の中で、「今日も一緒にいるよ」と伝えるように、洗濯物を干したり、スーパーで一緒に献立を考えたりする。
恋と生活の境界線は、曖昧でいい。
むしろ、その曖昧さの中にこそ、“誰かと生きること”の意味があるのかもしれない。