仕事帰りのふたり、イオンシネマへ
17年前、その日は平日。仕事帰りに、マユミとふたりで映画を観に行く約束をしていた。
「マユミ、たまには映画でも行かない?」 そう言ったのは、ボクの方だった。
何となく、ふたりで並んでスクリーンを見る時間がほしくなった。少しだけ、心の距離を確かめたくなるときってある。そんな気持ちで声をかけた。
観たい映画は、マユミが選んでくれた。ウィル・スミス主演の『ハンコック』。
仕事が終わるとすぐ、ふたりで会社を出て、クルマに乗り込む。ハンドルを握リながらマユミの横顔を見た、なんだかちょっと誇らしくなる。


夕焼けの名残がうっすら残る空の下、イオンの駐車場にクルマを停め、館内へ。
その時間帯のイオンは、人も少なくてちょうどよかった。

映画『ハンコック』──力を持った者と、秘密を抱えたヒロイン
2008年公開の『ハンコック』は、ちょっと風変わりなヒーロー映画だった。
マユミと一緒に行って見たたくさんの映画の中で好きだった、映画の1つです。
ウィル・スミス演じる主人公ハンコックは、無敵のパワーを持つスーパーヒーロー。でも、どこか社会不適応で、酔っぱらいで、愛されない存在。
その彼が偶然助けた男の妻――それがヒロイン。実は彼女も、ハンコックと同じく特殊能力を持った存在だった。でもその事実を、今の夫には秘密にして暮らしている。
本当は、ハンコックとは昔、運命を共にした“存在”だった。
一緒にいればいるほど、彼らは人間のように力を失ってしまう。だからこそ、ヒロインは「普通の人」との穏やかな生活を選んだ。
劇中、そんなジレンマに苦しむヒロインの姿を見ていたら、なんだか胸がざわついた。
「……これ、マユミがあのヒロインだったらどうするんだろう」 そんなことをぼんやり考えてしまった。
もしかして、マユミも何か秘密を抱えてるんじゃないか?
いや、たとえそうだったとしても、ボクは彼女と一緒にいたい。
でも……一緒にいることで、彼女の力が弱まったり、苦しくなるなら、どうしたらいいんだろう。
映画の中の話だって分かってるけど、妙に現実と重なって、答えの出ない気持ちが胸の奥でくすぶった。
チラッと隣を見ると、マユミは真剣にスクリーンを見つめていた。
手のぬくもりと、映画がくれた確かなもの
クライマックスが近づいた頃、マユミがそっと、ボクの手に触れてきた。
驚いたけど、嬉しかった。
ボクはその手を握り返して、離さなかった。
マユミも、力強く握り返してくれた。
言葉じゃないけど、あれで充分だった。 たとえ秘密があっても、過去があっても、こうして手を握れることが、何よりの証だった。
ナポリタンと和風たらこ、静かな夜の外食
映画が終わったのは、夜の8時過ぎ。
イオンの1階、フードコートへ降りていった。こんな時間だからか、人もまばらで静かだった。
「お腹すいたね」 「うん、何食べる?」
ボクはナポリタン、マユミは和風たらこスパゲッティ。

ふたりで並んで座って、いつものように、何気ない会話を交わしながら食べる。
ふたりで外食なんて、いつぶりだろう。
知らない人ばかりの中、ふたりのテーブルだけがぽつんとあるみたいで、不思議と居心地がよかった。
映画の話はあえてしなかった。 でもきっと、お互い少しだけ、気持ちが近づいていたんじゃないかと思う。
手を握ったあの瞬間のように。
映画のヒーローとヒロインにはなれないけど、ボクたちはボクたちのやり方で、ちゃんと手をつないで生きていこう。
そんな夜だった。
あの頃の余韻
2010年に地上波で放送された『ハンコック』を、録画して残しています。
たまに何気なく再生して一緒に見ていると、マユミがふと笑って、「わぁ、懐かしい〜。思い出すね」って言うんです。
その言葉を聞くたびに、ボクはいつも心の中で思います。
――何を思い出してるのかなって。
映画のストーリー? あの日の夜? 手を握り返した、あの瞬間?
それとも、隣で静かに笑っていたボクのこと?
言葉にはしないけど、マユミがそう言ってくれるのが、なんだか嬉しいんです。
映画そのものより、その記憶を一緒に持っていられることが、宝物みたいだなって。
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