「明け方の光と、マユミの手のひら」
体調管理も仕事のうち――よく言われる言葉だけど、ボクの今の体調は、正直言って、会社のせいだと思ってる。
あの頃、現場の穴を埋めるために、睡眠時間を削って、心のどこかを切り離して働いていた。
その犠牲をボクひとりで全部かぶることになって、当時の上司は何千万も退職金をもらって、どこかで悠々と生きてるらしい。
あの人の判断ミスのしりぬぐいをして、現場を回しきったのは、他でもないボクだった。
でも評価はされなかった。
むしろ、言いなりになったことが評価されたのかもしれない。
そんな会社にボクは入れてもらえた恩義を感じてしまっていた。
黙っていた。見て見ぬふりをしていた。
でも、あれは「よくなかった」。今はそう思っている。
……そんな時代を、マユミと一緒に過ごしてきた。
マユミは、ボクのためにすごく気を遣ってくれた。
家でだけじゃない。むしろ、会社での方がずっとボクは彼女に助けられていた。

ボクが倒れそうになったとき、彼女は周囲の視線なんて気にせず、ボクの体を真っすぐ支えてくれた。
その姿を見たとき、ボクははっとした。
それまで、誰もあんなふうにしてくれた人はいなかった。
見て見ぬふりが当たり前だった場所で、女性でここまでしてくれる人がいたことに、ボクは衝撃を受けた。
――そして、ボクはその心に、静かに、でも確かに惚れてしまったのだ。
あの頃、ボクが笑えなくなった日々でも、マユミは笑ってくれた。
「今日ね、スーパーで、しいたけがすごく安かったの」って、
何でもないことを、宝物みたいに話してくれた。
マユミは、ボクに「戻る場所」をくれたんだ。
何も言わず、ボクの苦しさを正面から見つめずに、でも、そっと隣で寄り添ってくれていた。
それが、どれだけありがたかったか。
仕事で消耗した体に、マユミの作る味噌汁が、すうっと染みていった夜。
その味を、きっとボクは一生忘れない。
――ごめん。そして、ありがとう。
これまで、ボクの人生は「消耗する」時間だったかもしれない。
でもこれからは、「返していく」時間にしたい。
マユミと一緒に過ごす日々は、当たり前じゃない。
二人で一緒に食べるごはんも、笑いながら見たドラマも、なんてことのない日常こそが、今のボクにとっての最高の幸せだ。

人生は、たぶんまだまだ続く。
これからは、マユミに恩返しをしていかなくちゃいけない。
そんなふうに思える未来が、今はちゃんと見えている。
明け方の光が差し込むキッチンで、マユミの笑顔をもう一度見たくて、今日はボクがコーヒーを淹れる。

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