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緊張と優しさの午後 ― 妻が見抜いた“夫の異変”!無理しないって言ったでしょ?!マユミの“怖いほど優しい”瞬間:過去日記168

 緊張と冷や汗――“怖いほど優しい”妻の察知力と、ふたりだけの帰り道

午後――明日は、大手クライアント向けのプレゼン。 社内ではリハーサルが続いていて、緊張の空気が漂っていた。

 

ボクは黙々と机にかじりついて、資料の最終チェックに集中していた。

だけど額にはじんわり冷や汗がにじみ、呼吸もどこか浅くて速かった。

ImageFXマユミ

自分では気づいていないふりをしていたけれど、体は正直だった。

そのとき、マユミが静かに近づいてきた。

「ヒロ、ちょっと」 何気なく後ろから資料を覗き込む彼女の手が、そっとボクの肩に触れる。

 

そのままボクの顔色と呼吸を、あからさまに確かめた。

「……ヒロ、顔、白いよ。さっきから息、少し荒い。薬、飲んだ?」

彼女の言葉に、ボクは慌てて顔を上げて笑ってみせる。

「大丈夫、ちょっとフラフラするだけ…」

けれど、マユミはすぐにボクの席を指差した。

ImageFXマユミ

表情には一切のためらいがなかった。

「今すぐ席、立って。移動しよう」

空気が一瞬ピリッと張り詰める。

 

周囲に言葉はなかったが、ボクはマユミに支えられ、男性更衣室のソファに横になった。

白くて静かな照明が、冷静な雰囲気をつくっていた。 ふたりだけの空間。

その中で、マユミがじっとボクを見ていた。

 

まるで、体調だけじゃなくて心の状態までも観察しているようだった。

少しして、ロッカーから薬と紙コップに入った水を持ってきた彼女が、無言のままボクの手元にそれを差し出す。

「ゴメン。ボクのために……」とボクが言うと、 彼女はためらいなく首を振って言った。

「当然でしょ。あなたが倒れたら、明日のプレゼンどころじゃなくなるもの」 その言葉は冷静だけど、その奥に滲む愛情は隠せなかった。

職場では“頼れるリーダー”でありながら、ボクにとっては、計り知れない存在だった。

 

「ヒロ、ちょっと待ってて」 そう言って、マユミは更衣室を出て行った。

しばらくして、戻ってきたときの彼女は、「今日は、もう帰るって、許可取ってきた」

「えっ……」とボクが驚くと、 マユミは安心させるような穏やかな声で続ける。

「わたしも一緒に帰る。心配だから一緒に帰らせてくださいって、上司に言ってきたから」 「もうこのままでいいから、駐車場に行こ」

言葉の余韻も待たず、マユミはさっと荷物をまとめ、ボクを車まで支えて歩いた。

途中、同僚たちから「どうした?」「具合悪いの?」「帰るの?」「お大事に」といった声が聞こえてくる。

それに対して、マユミは仲のいい女子社員に笑顔でさらっと返していた。 「ちょっと悪いから、連れて帰るね」

ImageFXマユミ

彼女はボクを支えてクルマへ向かった。

彼女は一度会社に戻り、着替えをすませたあと、自分とボクの荷物を持ってきてクルマに載せた。

ImageFXマユミImageFXマユミ

マユミは運転席に乗り込むと、静かにボクを見た。

「具合はどう?」

「……あぁ、かなり良くなったよ」

「よかった」

もちろん運転はマユミだ、彼女はもの凄く安全運転だ。

 

その夜。家に戻ったふたりは、静かにソファに並んで座っていた。  

ボクは、少しだけ目を閉じて、静かな空気を吸い込んだ。

「マユミ……怖かったけど……優しかったな」

彼女は微笑んで、肩をすくめただけだった。  

言葉はない。でも、その瞳の奥には、確かな信頼と安心が映っていた。  

カモミールの香りが、ふたりの間にふわりと漂っていた。

 

ボクは、その横顔を見ながら思った。  

こんなにも不器用で、弱いところばかりで。  

逃げ腰で、自信もなくて。  

「どうして、この人を支えるの?」  

誰かにそう聞かれたら、答えに詰まるような男だ。  

なのに、マユミは黙って隣にいる。  

「大丈夫」とも「がんばって」とも言わない。  

ただ、静かにそこにいる。  

――あの強さは、どこからくるんだろう。  

ボクには、きっと一生かかっても辿りつけない強さだ。  

もっと、知りたくなる。  

 

あの瞳の奥にあるものを、少しだけでいいから覗いてみたい。  

どうして、こんなボクを見てくれるのか。  

どうして、ここにいてくれるのか。  

それが、ずっと知りたいと思っていた。

もし、ボクの中にまだ残っている“ちゃんとした部分”を、マユミが見つけてくれているのだとしたら――  

それは、救いだった。  

 

彼女の隣にいることを、ちゃんと大切にできるようになりたい。  

マユミが、ずっと隣にいたいと思ってくれるボクでいたい。

テレビはついていたけど、音は消していた。  

窓の外の夜は静かで、部屋の中にだけ、小さな時間が流れていた。

そして、ほんの一瞬だけ。  

 

マユミが口を開いた。

「……小さい頃ね。まだ小学生にもなっていなかった頃、お父さんが急にいなくなったの」

ボクは息をのんだ。けれど、彼女は淡々としていた。  

話したくて話した、というより――今日の静けさが、その記憶を運んできたような感じだった。

 

「病気だった。何も知らないまま、病室から戻ってこなかったの。説明も、よくわからないままで」  

そこから先は、彼女の言葉の奥にあった。  

続けなくても、ボクには伝わっていた。

「それからずっと、誰かがそばにいるってことが……ちょっと怖かったの。ちょっとだけ、安心でもあって……」

マユミは目線を落として、小さく笑った。  

笑顔だけど、どこかぎこちない。自分でもうまく言えないと感じているような顔だった。

 

「ヒロのこと、最初はね……“この人、大丈夫かな”って思ったの。ほんとに、正直に」

それは責めるでも、慰めるでもなく。  

ただ、静かな事実として語られた。

「でもね……ヒロが苦しそうにしてる顔を見ると、どうしてだろう……放っておけなくなるの。なんかね、すごく似てるなって思うの。お父さんに」  

ボクは言葉を失っていた。  

 

彼女は目を伏せたまま、言った。

「たぶん……いや、きっと、他の人だったら嫌がると思う。病気のことも、不器用なところも。でも、私は……どうしてか離れられないの。なんでかは、わからないけど」  

その声には、答えを探すよりも、ただ今ある感情がにじんでいた。  

「ほんとは、もっと頼りがいのある人のほうがいいのかもしれないって……考えたこともあるよ。ちゃんとしてて、器用で、余裕があって。でも――」

少しだけ、言葉がとぎれる。  

 

「ヒロが苦しそうなとき、私……胸がぎゅっとなるの。なんか、つらくて、そばにいたくなっちゃうの」

ボクは、ただ静かに彼女の声を聞いていた。  

マユミの声はやさしかった。でも、その奥にあるものが、まっすぐに響いてきた。  

 

「私、変なのかな……」  

違うよ、と言いたかった。なのに、声は出てこなかった。  

気づけば、涙が落ちていた。静かに、音もなく。

マユミはそっとボクの手に触れて、ふわりと微笑んだ。  

まるで何でもないみたいに。  

 

でも、それは――ボクにとって、すべてだった。

それだけの言葉なのに、涙が止まらなかった。

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