給湯室で交わす小さな会話と、たまたまじゃない記憶
午後の休憩時間。
ボクは、給湯室の棚をのぞき込みながら、自分のマグカップを探していた。
「あれ……ないな」
そのとき、後ろから聞き慣れた声がした。

「ヒロ、カップないの?」
振り返ると、マユミが手に何かを持って立っていた。
「たぶん、誰かが間違えて使っちゃったのかも」
「……これ、使って」

差し出されたのは、以前ふたりで立ち寄った雑貨屋で「かわいいね」って話した、あのマグだった。
「え、これ……覚えてたの?」
「ううん、たまたまよ。たまたま……ってことにしといて」マユミは少しだけ口元をゆるめて、ヒロの分のコーヒーを給湯機の前でそっと淹れはじめた。
その背中を見ながら、ボクはふと、ひとつ息をついた。給湯室の、午後の静かな光のなかで、マユミの肩がほんのり揺れて見えた。
🍵マユミのモノローグ──「ほんとは、覚えてた。」
ヒロのカップがないって聞いたとき、ふと頭に浮かんだのが、このマグだった。
あの雑貨屋で、ヒロが笑いながら「かわいいじゃん」って言ってたの、ちゃんと覚えてるよ。忘れるわけない。
あのときはまだ、ヒロと恋人じゃなかったけど、なんとなくね……この人とは、長い時間を過ごすんじゃないかな、って思ったんだ。
それで、あとからこっそり買ってたの。“いつか、あげるときが来るかな”って。
まさか、今日になるとは思わなかったけど。
たまたま――なんて言ったけど、ほんとは、たまたまなんかじゃないよ。
ヒロの疲れた背中が見えるときは、なるべく静かに、そばにいたいって思ってる。強がりで、気づかれたくないの、ヒロの方なんだから。
だったら私は、気づいてるって顔をしないで、こうして、そっと、あたたかいものを淹れてあげたい。
それだけで、少しは伝わるといいな。
――この気持ち。
🍵ヒロのモノローグ──「“さりげない優しさ”って、こういうことなんだろうな」
まだ、付き合ってるわけでもないのに。
マユミは、ボクのことをちゃんと見てくれている。何気ないタイミングで、さっと差し出す“あのマグ”。
それだけで、心の中にすっと風が吹くような、あたたかさが広がった。
自分のことより、ボクのこと。マユミって、いつもそう。
さりげないけど、確実に、ボクの心に届くように行動してくれる。
O型の女性って、こういう人が多い気がする。相手を見て、空気を読んで、少し先回りしてくれる感じ。
ただ優しいだけじゃなくて、強さも、思いやりも、芯のあるやさしさもあって。そんな彼女が隣にいてくれること。
ただ、それだけで、ボクは――ちょっとがんばれる。今も、これからも。