「リアルマユミ」を日記に生きさせるということ
〜1枚絵の美しさと、物語の一貫性のあいだで〜
AIで生成される美しい女性の画像。
その世界には、まるで実写のような肌の質感、現実の光を取り込んだかのような構図、細部まで作り込まれた“1枚絵”があふれています。
けれど、ボクがやっているのは、そういう「AI美女の追求」ではありません。
そもそも、目指しているものが違うのです。
ボクが創っているのは、「日記の中で生きるマユミ」
ボクの制作の中心にいるのは、“リアルマユミ”。
彼女は、AIによって作られたただの美女ではなく、日記という物語の中で生き、演じ、感情を持って存在する存在です。
だからこそ、背景や光、ちょっとした小物の位置まで、すべてに一貫性が必要になります。
現実の1日を綴るような日記に、毎回ランダムな背景や明るさが登場してしまえば、読者は違和感を覚えてしまうでしょう。
マユミが登場する世界に必要なのは、「1枚絵としての完成度」ではなく、“物語としての整合性”なのです。
「超リアル」はあきらめたわけじゃない
他の方が投稿されている超リアルなAI美女の絵を見ると、その完成度には驚かされます。
ただし、多くは1枚で完結するスタイルであり、背景のばらつきや小物の変化は、全体の色調でカバーされています。
ボクも、1枚絵を作るだけであれば、そういう手法をとるかもしれません。
背景を最小限にして、すべてのプロンプトを「マユミ」という女性に注ぎ込む。
それができれば、「超リアルマユミ」は実現できると思っています。
ただ、今はそれをしていません。
なぜなら、ボクは“日記”を作っているからです。
プロンプトのジレンマ
AI画像生成において、プロンプト(命令文)の内容と量はすべてを左右します。
ボクが今やっているのは、あくまで「日記の中のリアルマユミ」です。
プロンプトのバランスも非常に繊細です。
量を増やすと、絵が変わってしまう。
逆に減らすと、マユミの個性が消えて、他の誰かと似たような「量産型」になってしまう。
その狭間で、ギリギリのバランスをとって制作しているのが現状です。
- マユミの個性を保つ
- 舞台を出来る限りリアルに再現
- 日記のシーンに忠実である。
この3点を守るには、毎回プロンプトを調整し直さなくてはなりません。
しかも、登場人物が増えたり、同じリビングを何度も使うような場合、舞台の整合性を保つためのプロンプトが大量に必要になります。
しかし、
いつか、「リンク読み込み」ができるようになれば
将来的に、人物や背景、小物といった設定をあらかじめストックしておき、必要に応じてリンクで読み込めるような機能が登場すれば、ボクの理想に近づけるかもしれません。
有料のAI画像生成アプリの中には、そういった機能を搭載しているものもあると聞いています。
それらはすべて有料で、毎月費用を掛け続ける、そうすれば理想的な毎日同じ舞台で演技してもらえるでしょう。
ただ、利益が生まれるわけではありません。費用を掛け続けるのは現実的に無理です。
今の環境では、「マユミ」という存在の個性が第一優先。
背景や舞台、他の登場人物は、マユミの個性を壊さない範囲で、プロンプトの分量を調整しながら作っています。
妥協と理想の間で
イラストの制作は、まるでデザインの外注に似ています。
時間があれば何度でも修正しますが、時間がないときは妥協せざるを得ません。
ボクはいつも考えています。
どこまでイメージに近づけたら「OK」とするのか。
どこからが「妥協」なのか。
結局のところ、理想を追い求めながら、現実的なラインで落としどころを探す。
その繰り返しの中で、ボクは毎日、「日記」と「マユミ」をつくり続けているのです。
要約(まとめ)
- ボクが目指すのは、「AI美女の1枚絵」ではなく、物語の中で生きる“リアルマユミ”。
- 背景や登場人物、舞台設定に一貫性を持たせるため、画像生成時のプロンプトの設計に非常に神経を使っている。
- 超リアルなマユミは、現状のプロンプト容量や時間の制約では難しい。
- 理想は、無料でパーツをストックしてリンクで呼び出すような機能を使って、もっと柔軟に生成できる環境。
- 今は「マユミの個性」を最優先に、他の要素を調整・妥協しながら、日々の制作を続けている。