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お見合い席の距離感:ふたりになる少し前の話:過去日記155

【マユミの仕業】向かい合わせの席で始まった“壁のない関係”

今では隣で目覚めるのが当たり前になったけれど──

あの頃は、机ひとつ隔てた向かい合わせの距離さえ、少しだけぎこちなかった。

これは、付き合う前のそんな“少しだけ前”の話。

──その日も、いつもと変わらない朝だった。

夏のはじまりの頃で、空気が少しだけ蒸していて、オフィスの窓際に置かれた観葉植物が、うっすらと汗ばんだように揺れていた。

今日は、夏の席替えの日、暑さ対策でクーラーの温度がいつもより低い、ちょっと寒いくらいだ。席替えが始まれば、みんな汗かいて暑くなるからだろう。

席替えの張り紙には、マユミの名前が、ボクの真正面に記されていた。

「……あ、ここ?」

段ボールの箱を抱えて近づいてきた彼女を、少し驚いた顔でボクは見た。

ボクも、咄嗟に言葉が出なかった。

ImageFXマユミ

けれど、気まずさよりも、どこか心の奥がじんわりと嬉しかった。

マユミは何時もと違う髪型で細かく結ばれた髪。

あっちこっちで、席替えのお手伝いをやっていたから汗かくから上げたのかな。

マユミは席に着くと、荷物を置いた。

そっと机に置かれたマグカップには、見覚えのある白い猫の絵柄――

モニターを立てていた最初の数日間は、お互いに気を使って、あえて目を合わさないようにしていた。

──でも、ある朝、彼女がふいに言った。

「ヒロさん、体調……昨日、ちょっとしんどそうだったから」そう言いながら、ゆっくりとモニターをこちらに傾けた。

「顔、ちゃんと見えるようにしておきたいの」驚いたけれど、なぜだか拒めなかった。

それどころか、彼女は手を伸ばしてきてボクのモニターも自然と、彼女のモニターに合わせるように横にずらしていた。

気がつけば──

ImageFXマユミ

お互いの表情がはっきり見える、まるでお見合い席みたいなレイアウトになっていた。

どこか照れくさくて、でもなぜか心が安らぐその配置。

ImageFXオフィスImageFXオフィス

他の社員がモニターを高く構えて“壁”をつくる中で、ボクたちの机だけは、ぽっかりと開けた風通しのいい空間になった。

その午後、事務の女性がふらりとマユミのデスクに立ち寄ってきた。

何かの資料を届けに来たようで、ひとしきり雑談のあと、マユミの席に腰掛けてきて目を丸くした。

ImageFX席替え

「えっ、ここ……えらく丸見えじゃない🫣?お見合いでも始まるのかと思っちゃった〜😁」

そう言って、マユミとボクの向かい合わせの席を眺めながら、冗談めかして言う。

「うわ〜、境界がないのね〜😆」

「マユミさん、丸見えよ〜!😘」

ImageFXお見合い

 

マユミは肩をすくめて笑いながら、「そうなんですよね〜、これからお見合いなんですよ〜、モテなくてスミマセンっ!」なんて返す。

女性たちは「マユミさん美人だからね〜😁ヒロさんよかったね〜、美人がいつでも見れて」とひとしきり笑って、やがて何事もなかったかのように大御所のおばさまたちは席を離れていった。

残されたボクは、ちょっとくすぐったいような、妙な気持ちになっていた。

(これは……マユミが勝手にこうしたんだから)

そう、心の中でつぶやいた。

でも、冗談に付き合いすぎると、かえって周りに誤解されかねない。だからボクは、あえて乗らなかった。

けれどそれが、マユミなりの“やさしさ”だってこと、ボクはわかっていた。

ボクの体調の変化に気づきやすいように。すぐに声をかけられるように。

あの席の配置は、冗談じゃない“思いやり”だったんだ。

それから、モニターの壁は二度と戻ってこなかった。

目の前は境界の柵を取り外され、何時もと違う、遠くまで見渡せるような広々とした視界、と言っても、いつもはドンと至近距離に真剣な顔のマユミが30cmくらい目の前で鎮座して壁が出来ているモニターの壁ではなくてマユミの壁。

ImageFXマユミ

いつも、真剣な目で作業に集中している時の顔は、少し怖い。

何かあれば小声で交わす言葉。

目が合えば、そっとほほえむ。

なにげない時間が、そこから静かに始まった。

そして、いま思う。

あの席こそが、ふたりの最初の“特等席”だったんだと。

 

──あとから聞いた話。

あの日の席替え表、マユミの向かいに最初に書かれていた名前は、実はボクじゃなかったらしい。

マユミがそっと変えたんだって。

理由をつけて、座席の交換を申し出て。

相手は、マユミにほの字の優しいオジサンで――断れるはずがなかった。

 

最初は“偶然”だと思っていた。でも、それは違った。

気まぐれでも運命でもない。

マユミがちゃんと“考えて”、ちゃんと“理由を持って”、マユミの向かいに座るように“仕組んだ”ものだった。

そう思ったら、あの夏のはじまりの朝が、ふいに特別なものに思えてきた。

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