『夫婦のやさしさは変わる!昔のマユミを思い出して、ふと寂しくなるヒロの午後』
まだ結婚する前――
マユミが20代だった頃のこと。
職場でふたり並んで資料を広げては、「どっちのレイアウトが上手いか」なんて、くだらない勝負をしていた。

真面目なくせに、ちょっとだけズルをするマユミに、ボクは「ずるいな」なんて言いながら、つい笑ってしまって。
マユミも「ふふ、バレた?」って、肩をすくめて笑ってた。
あの頃のマユミは、やわらかくて、それでいてどこか遠慮があって。
その距離感が、じつは心地よくて、ドキドキしてた。
それが――
今はもう20年も一緒に暮らす妻になって、マユミのやさしさはちょっとだけ……いや、家ではかなり厳しい。
「ヒロ、それじゃダメでしょ」
「え? そうかな……」
「“そうかな”じゃないの。ダメなものはダメ! いつもヒロは、自分ばっかり好きなことして!」
強い口調で言われると、何も言い返せないボクです。
でもマユミは、
「今度の土曜日ね、友達とランチに行ってくる」
「今度、髭男のライブに行ってくる」
「来月、緑黄色社会のライブに行ってくる」
「夏、トモオのライブに行くから」
「今日、映画観に行ってくる」……と、マユミも結構好きなことしてるんだけどね。
ボクは行く前にマユミに「あそこに行きたいんだけど」と前もって相談する。
だけど、マユミはいきなり「今日行ってくる」が多いんだけど。
ボクなんて、最近は紫陽花園に行ったくらいかな……。この前の日記ではなく、毎年、行っているから、20回目かな!
いまでも時々、すごい口論になる。
カチンとくることもあるけど、黙ってしまう。
そして数時間たつと、マユミが不意に言う。
「ねぇ、今テレビでやってた温泉に行きた〜い」
……さっきまでの殺伐とした空気は、なんだったの?
結婚する前は、ボクのほうが相当我慢してた。
「健康に悪いからタバコやめて」「うん、マユミが言うからやめるよ」
「お酒も体に良くないからダメ」「うん、わかった」
「お小遣い制でいい」「うん、いいけど、無駄遣いするからね、家計はマユミに任せるよ」
結局、お小遣い、2万円、うち1万円はガソリン代でした。
でもいまのマユミは、その“我慢させてたこと”すら忘れてるみたい。
最近では、言い方も鋭くなって、言葉にクッションなんてなくなってきた。
たぶんそれは、年を重ねて、お互い“遠慮のない関係”になったから。
それは家族としての信頼でもあり、安心の証なのかもしれないけど……
ボクは、時々ちょっとだけ寂しくなる。
目を閉じて、あの頃のマユミを思い出す。
「その言い方、またしてほしいな」って頼んでみると、
マユミは、眉間にしわを寄せて、
「……無理。いまさらそんな甘ったるいの、気持ち悪いでしょ」って、そっけなく言う。
ちょっと、拗ねてるようにも見えるけど、きっと照れくさいんだろうな。
何度も頼むから、逆にやってくれなくなったのかもしれない。
わかってる。もう無理なんだって。だから最近は、冗談みたいに言うだけにしてる。
「ねぇ、“ヒロくん、それ似合ってる〜”って、昔みたいに言ってよ」

「……やだ。言うわけないでしょ」
「一回だけ!」
「……うるさい」

そう言いながら、マユミは口元だけ、すこし笑っていた。
ほんのすこしの懐かしさと、ほんのすこしの切なさと。
惚れた弱みだから。
いまの人みたいに直ぐ別れたりしない。考えたことない。
マユミはボクの中ではモデルでもあり女優なんだ、今も変わらず綺麗だし誰にも取られたくない。
そして、やっぱり――いまのマユミも、好きなんだなって思う。
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