🌇『妖怪マユミと、冷たいお茶と、そっと伝わる気持ち』
もうすぐ夕方。
午後の納品作業が一段落した頃、オフィスには、少し疲れの色が漂っていた。
段ボール箱が山のように積み上がり、みんなの表情にも「やりきった感」と「もうひと踏ん張り」が混ざっている。
私も、その日はちょっとだけ“いつもの私”じゃなかった。
パソコンに向かいながら、ガシガシと仕事を進め、指示もどこか短くなっていた。


「マユミさん、これってこうですよね?」
「ええ、そうよ。サンプル見ながらじゃなくて、最後までチェックして。これが終わったら休憩取っていいから」
自分でも少しキツくなっているのは分かっていたけれど、それを止める余裕はなかった。

頭の中では、作業の順番や人員の配置、次に誰に何を頼むかをひたすら整理していて、各部門の納品スケジュールがぐるぐる回っていたから。
ふと遠くを向くと、ヒロが遠くの方で所在なげにうろうろしていた。
その姿を見た瞬間、胸がちくりとした。
……ああ、また、私ちょっと“妖怪マユミ”になってるんだな、って。

でも、知らないふりをした。
だってヒロだって、私に頼らずがんばってる。そう思ったら、なおさら、私は背筋を伸ばさなきゃって思った。
しばらくして、社内がようやく休憩時間に入った。
ペットボトルのキャップを開ける音があちこちで聞こえはじめて、空気が少しだけ緩む。
ヒロは、静かに立ち上がって、私のデスクに言った。
「ちょっと、外の空気吸ってくるね」
私は、パソコンの画面から目を離さずに、ついこう返してしまった。
「うん、いってらっしゃい」
――あ、ちょっと冷たかったかも。
でもその一言を戻すタイミングがわからなかった。
だけど、ヒロがドアに手をかけたとき、やっぱり心のどこかがモヤモヤしてた。
「ヒロ」
思わず、背中に呼びかけていた。
彼が振り返ると、私は自分でも不思議なほど自然に立ち上がっていた。

手には、お茶のペットボトルと、小さな保冷パック。
「はい、これ。……保冷剤、入ってる。肩、まだちょっと辛いでしょ?」
ヒロは、びっくりしたように目を丸くした。
それがなんだか可愛くて、私は少し笑いそうになったけど、言葉はまっすぐに続けた。
「さっきから少し身体傾けてたから。……気づいてないと思ってるかもしれないけど、私、見てるよ」
言ってから、自分でドキドキした。
仕事モードで張り詰めていた糸が、ふっとほどけた気がした。
「私ね、プロジェクトが大きくなるたびに、責任の重さに押しつぶされそうになるの。
でも、ヒロのデザインがあるから、信じて進めることができるの。……だから、ヒロがちゃんと身体の声、聞いてくれないと、私のほうが不安になっちゃうの」

ヒロは、黙って私からお茶を受け取った。
その顔を見たら、ああ、ちゃんと届いたなって分かった。
言葉って、使い方次第でちゃんと誰かの心に触れるんだなって、あらためて思った。
だから私は、いつもの調子に戻って、ちょっとだけ笑ってみせた。
「……あんまり無理すると、今夜“お説教モード”に変身するかもよ?」
ヒロは、やっと笑った。
それで、今日の私も“人間のマユミ”に戻れた気がした。
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💬結びに:
仕事って、時に余裕をなくして、誰かを不安にさせたり、怖がらせたりするけれど――
でも、ちゃんと向き合えば、ちゃんと伝えようとすれば、
一番近くにいる人には、ちゃんと届くんだ。
だから私は、明日もヒロのそばで、ちゃんと「見てるよ」って心で言い続ける。
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※追記(お詫び)
本日公開した日記について、本来とは逆の順番でアップしてしまいました。
先に公開すべきだった前半のエピソード(『大手企業の記念誌400ページ納品日!〜』)は、本日午後に公開いたします。
内容を前後で楽しんでいただけるとうれしいです。申し訳ありませんでした。