『マユミの朝の香り』
マユミには、毎朝欠かさない習慣がある。
それは、バルコニーに出て、ハーブたちの様子を見に行くこと。
顔を洗って、髪をまとめて、まだ眠たそうな目のまま窓を開けて外に出る。
その姿を、僕はリビングからなんとなく眺めている。
マユミは小さな鉢植えに顔を近づけて、葉っぱをそっと撫でる。
指先で軽く触れては、その香りを確かめて、ほんのり笑う。
風がそよぐたびに、それらの香りがふわっと舞って、バルコニーからリビングへと入り込んでくる。
その香りが、部屋いっぱいに広がって、まるで朝の空気ごと、やさしく包み込んでくれるような気がする。
「いい香りだね」
そう言うと、マユミは「うん、元気そうでしょ」と、葉っぱを見ながらうれしそうに笑った。
休みの日なんかは、何度もバルコニーに出て、午前にも、午後にも、夕方にも、ハーブの顔を見に行く。

葉っぱを撫でて、鼻を近づけて、ゆっくり深呼吸する姿は、まるで小さな庭の先生みたいで、なんだかちょっと微笑ましい。
僕もその香りが大好きで、マユミが触った後の風が、カーテンを揺らして香りごと部屋に入ってくると、ふっと気持ちがやわらかくなる。

部屋に芳香剤はいらないねって、よくふたりで笑い合う。
香水でもなく、ディフューザーでもなく、自然がくれる香りが、いちばん落ち着く。
朝の光と、風と、マユミと、ハーブの香り。

それが、この家の一番好きな時間かもしれない――。
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