【心に残る看護師との再会】あの入院中に支えてくれた「やさしい人」だった話
ヒロが入院していたあの頃―― 何もかもが、うまくいっていなかった。
寝不足。責任の重さ。心と体の限界。 ただ静かに横たわっているだけで目の奥に涙がにじんだ。
そんな中、ひとりの看護師がいつも声をかけてくれた。 「ちゃんと眠れた?」「朝ごはん、食べられそう?」 特別な言葉ではなかった。でも、その言葉がやさしかった。

明るくて綺麗で、少しおしゃべりで、でも何気ない沈黙を受け止めてくれる人だった。
「頑張ってる子ほど体壊しやすいのよ」 「たまには手抜きしないとね」
そんな風に言っては、こっそりおやつをくれたり。 ヒロの目が赤い日には、「目薬いる?」なんて冗談めかして笑ってくれた。
そのときのヒロには、まるで母親のような存在だった。

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それから数年。 マユミと出会い、恋に落ち、付き合うまでに至ったある日。
「今日ね実家に行こうか」ある日 マユミがそう言った、「えっ……」
「夕飯、一緒に食べようってお母さんが言ってた」
急に胸がドキドキしてきた。
ちゃんとした“ご挨拶”じゃないのに、なんだかそういう空気に近くて。
「ヒロ、なんか緊張してる?」
「……うん。そりゃするよ」
正直に答える。
「恋人の親御さんに会うなんて、そうそうあることじゃないし」
マユミは前を向いたまま、少し口角を上げた。
「大丈夫だよ。うちのお母さん人見知りなんてしないし、むしろヒロの方がやさしいから気に入られると思うよ」
「それ、フォロー?」
「ううん、期待」
そんな風に笑ってくれるから、少しずつ肩の力が抜けていく。
ヒロは初めて彼女の実家を訪れた。
玄関の戸の前で深呼吸ひとつ。
ボクは小さくつぶやいた。
「よし、いくか……」
マユミがボクの背中をポンと軽く押してくれた。
「ほら、がんばれ旦那候補」
その言葉がほんの少し心を軽くしてくれる。
マユミが先に家に入って、「ただいま〜、お母さ〜ん」
奥の部屋の扉が開いて、「マユミ、おかえりなさい」
お母さんが出て来た。

「あら……?」
中に立っていたのは――
どこか懐かしい笑顔の優しい女性だった。
「……え? あの時の……」
そう言ったのは、ボクと、彼女――マユミの母、愛子さんだった。
時が止まったような一瞬。
目の前にいたのは、あのときの看護師さん。 まるで時間が巻き戻ったようにヒロは言葉を失った。
「あなた……あの時の、ヒロ君!?」 愛子さんの声も、少しだけ震えていた。
思わず笑ってしまった。 人と人って、こんな風に繋がるものなんだ――と。
マユミも後からその話を聞いて、しばらくぽかんとしていた。 「お母さんがヒロの看護師だったの? 本当に?」 「うん。……あの時すごく救われたんだよ」

マユミは静かにうなずいた。
それから少しして、お母さんはそっとヒロの手を握ってきた。 何も言わずに。それだけですべてが伝わるようだった。
思い出の断片が静かに心の奥から立ち上がる。
まさか、こんなかたちでまた会うなんて――。
その日は予想もしなかった「再会の日」になった。
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今では、愛子さんはヒロの家の近くの病院で働いている。 仕事帰りにふらりと立ち寄っては、「これ、ちょっと煮物つくりすぎちゃって」なんて言って温かいおかずを置いていく。
マキの様子を見に来たついでにヒロの仕事の心配もする。 「ちゃんと食べてる? 寝てる? 薬、切れてない?」
まるで実の親のように、でも決して押しつけがましくなく。 ヒロにとってもマユミにとっても、その存在は「家族以上に家族」だった。
ある晩、夕飯を一緒に囲みながらマユミがぽつりとつぶやいた。
「お母さんがヒロのこと昔から見てくれてたって、なんか……うれしい」
その言葉にヒロは何も言わずうなずいた。 カーテンの隙間から夜の風が静かに入り込んでいた。
その風がどこか遠い記憶とつながっているような気がした。
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