ああ、あたしはこの人のことが、本当に好きなんだ。
ヒロと出会ったのは、たしかあたしが異動して間もない頃だった。
誰にでも礼儀正しくて、でもどこか無理をしているような笑顔。

何か、抱えてるんだろうなって最初からわかってた。
でも、そんなヒロが打ち合わせの帰りにふと見せた横顔が、あまりに優しくて。
あのとき、たぶん、もう心が傾いてた。
ヒロが自分の病気のことを少しずつ話してくれるようになったのは、それからずっと後だった。

あたしはただ、「そうなんだね」としか言えなかった。
本当は、すぐに「平気だよ」と言いたかったけど、軽々しく口にするのは違うと思ったから。
でも今日、初めてヒロが「最悪だった」って言った。
出会ったことじゃなくて、「一目惚れしたことが、最悪だった」って。
あたしを好きになったことが最悪だったって、その言葉が胸に刺さった。
この人、どれだけ自分を責めてきたんだろう。
あたしといることで、あたしを苦しめるんじゃないかって。
誰よりも優しいからこそ、ずっと心のどこかで躊躇してたんだ。
でもねヒロ。
あたしは、あたしの意志でヒロの隣にいたいの。

元気な人じゃなくてもいい、贅沢なんてしなくていい。年末に旅行できなくたって、テレビの中の笑顔じゃなくて、目の前のヒロがいてくれたら、それでいい。
ヒロのことが好き。
どんな過去があっても、どんな未来が来ても、それだけは、変わらない。
「私はね、昔、好きな人とお父さんとお別れしたの」あのとき、泣いて、泣いて、でも何も変えられなくて。
どうにもならない運命なんてあるんだって、思い知らされた。

でも今、ヒロとお別れなんて、ヒロと会えなくなるなんてあたしは絶対にイヤ。
泣いても別れなきゃいけない過去があるからこそ、今度は、泣かないようにちゃんと守りたい。
ヒロが謝るたびに、あたしの心は痛くなる。
あたしは、ヒロといることが苦しいなんて思ったこと、一度もないのに。
「ありがとう」って言ったヒロの声が、少し掠れていた。
その声を、あたしは一生忘れないと思う。
カーテンの隙間から差し込む夕暮れの光が、ヒロの頬を少しだけ赤く染めていた。
あたしは、その横顔を誰にも見せたくないと思った。
だって、この人の弱さも強さも、優しさも、昔から、全部、あたしだけが知っていたいから。
今日、少しだけ近づいた。
あたしとヒロの距離が、心の奥の方で、ちゃんと重なった気がした。
それだけで、あたしは、幸せだと思った。
たとえ次の季節が、厳しい冬だったとしても――ヒロの隣にいられるのなら、きっと大丈夫。