『マキと、ホンダと、セナと。』

夕凪が、どこか優しい香りを含んでいた。
先日、湘南までドライブに行った後だから、今日は愛車をじっくり洗ってあげようと思った。
「今日はよく走ってくれたね」と心の中でつぶやきながら、ホースを手にシビック タイプRのボディを丁寧に流していた。
そんなときだった。ふと横を見ると、マキがちょこんと立っていた。
スニーカーのつま先で地面をトントンと軽く叩きながら、こちらを見上げている。
「ねぇ、お兄ちゃんのクルマって、名前はなんていうの?」
少し間をおいて、ボクは笑顔で答えた。
「うん? ホンダの、シビックだよ」


マキは「ふ〜ん」と小さくうなずいて、それからじっとクルマを見つめた。その真剣な表情が、どこか愛おしくて、ボクは洗車の手を少し止めた。
マキの目は、シビックに注がれたまま。
「へぇ〜、シビック……名前からしてカッコいいね。普通のクルマより“シュン”ってしてて、スポーツカーみたいで、すごく好き!」
「ありがとう。クルマを褒めてくれたの、マキちゃんが初めてだよ」
ボクがそう言うと、マキは不思議そうな顔をした。
「え? お姉ちゃんは、何も言わないの?」

「……うん、マユミはね、クルマにはあまり興味ないみたい」
ボクが肩をすくめると、マキは「ふーん」と言って車輪のあたりを覗きこんだ。
「でもさ、ホンダってレースでもよく聞くよね? F1とか」
「うん。昔、“アイルトン・セナ”っていうすごいドライバーがいて、ホンダのF1マシンで何度もチャンピオンになったんだ」
ボクは少し懐かしむように言葉を選んだ。

「カリスマって言葉がぴったりの人だった。日本のバラエティ番組にも出てたくらい、すごく親しみがあったんだ。で、ホンダが好きになったんだ」
マキは「その人の走り、見てみたいな」と瞳を輝かせた。
「うん。DVDボックスも通販で買ったんだよ。今度一緒に観ようか?セナの走り、ほんとにすごいから」
ボクはちょっと照れながら言った。
マキはうれしそうに「観たい!」と言ってくれた。

ふと、14歳のあの日の記憶が蘇る。
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「ボクが中学生のとき、セナが事故で亡くなって……テレビに“セナ選手、病院に搬送されました”ってテロップが流れて。ドクターヘリや、沈黙する解説者、泣きそうなアナウンサー。『うそだろ』って、ただそれだけだった」
ボクはタオル越しに少し視線を落とした。
「そのとき、心のどこかで“このまま走り続けるんだ”って思ってた。だからすごくショックだった。でも……今でも、あの人は心のどこかで走ってる気がする。もしかしたら、このクルマに乗っているのも、その影響かもしれない」

マキは黙って、ボクの横顔を見つめていた。その瞳が、うっすら涙で揺れていたように思えた。
ただ、そのまなざしだけで、ボクは救われている気がした。
「お兄ちゃん……今でも好きなんだね、セナのこと」
「うん。今でもね」

ボクは、そっとクルマの屋根に手を置き、夕陽に照らされたボンネットを見つめた。
マキの横顔も淡く赤く染まり、そこに穏やかな時間が静かに溶けていた。
ふたりの後ろを、そよ風が通り抜けていった。
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