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好きな人が病気でも、私は“さよなら”を選ばない:過去日記番外編1

「病気でも恋愛していい?」一目惚れから始まった真剣な想い

午後の光がカーテン越しに、部屋の中をやさしく照らしていた。

テーブルの上には湯気の立つコーヒーカップ。スピーカーから流れる音楽は、まるで風のように静かだった。

そのあいだに、ボクとマユミの沈黙があった。

「……自分が、こんな体なの、わかってるんだ」

ゆっくりと口を開いたボクの声は小さくて、それでも、どこか決意のようなものを帯びていた。

「それでも、好きだ、好きだって……無理やり自分に言い聞かせて、突き進んだんだ。だからさ、もう離れたくないなんて……そんなの、わがままだよな」

マユミはコーヒーカップを両手で包み込むようにして、じっと僕を見ていた。

「そんなことないよ」

うつむいたまま、ボクは小さく笑った。

「ごめんな」

ImageFXマユミ

「なんで謝るの?」

マユミの声が、少しだけ震えた。

「謝る必要なんてないよ」

首を振ったボクは、まるで過去の自分に話しかけるように言った。

「迷惑かけるって、わかってたのに……普通だったら、こんな体で誰かを好きになるなんて、きっとダメなんだよ。結婚なんて考えない。いつ、仕事できなくなるかもわからない。そしたら、マユミに負担がいってしまうし……」

ImageFXマユミ

言葉は静かに、でも止まらなかった。

「健康な人なら、多少の無理もできる。奥さんに心配かけずに、好きなことをさせてあげられる。テレビで楽しそうな家族旅行のCMなんかを見てると、マユミに申し訳なく思うんだ。うちは、って……つい考えちゃう」

マユミは、黙ってボクの目を見ていた。何も言わず、ただ静かに、まっすぐに。

 

「体を壊す前は、撮影旅行とか、県外に出ることも多かった。でも今は、引きこもりみたいな生活で……そんな中で、マユミに一目惚れしたんだ。……最悪だったよな」

マユミが、ふっと笑った。涙をこらえているような、でもあたたかい笑顔だった

「何言ってるの。あたしと会ったことが、最悪なわけないでしょ」

ボクは少し顔を上げて、彼女を見た。

「うん……そうだよ。マユミと出会えたのは奇跡だった。人生で、一番の」

そして、小さく続けた。

「最悪っていうのはね……マユミみたいな人に好きになってしまったこと。幸せにできないかもしれないのに、好きになってしまった。それが、ボクのいちばん情けないところなんだよ」

マユミの目が潤んでいた。不器用なボクの言葉が、まっすぐに彼女の胸に届いていた。

ImageFXマユミ

「好きになったときは、そんなこと考えられなかった。ただ、マユミが好きで、好きで……止められなかった」

マユミはそっとコーヒーカップをテーブルに置いて、ボクの手を取った。

「ヒロは……そんなに、私のこと、好きなのね」

「……ああ。死ぬほど、好きだよ」

「死んじゃ、ダメ」

その言葉だけで、部屋の空気がふわりと変わった気がした。

「私はね、昔、好きな人とお別れしたことがあるの。泣いても泣いても、引き止められなかった。でも……今度は絶対に、イヤ。ヒロとは、お別れしたくない」

マユミの声が震えて、涙が一粒だけ、そっと頬を滑り落ちた。

「絶対、イヤだからね……」

ImageFXマユミ

ボクはその涙を、そっと指先でぬぐった。

 

あの頃のボクは、自分でも自分が壊れかけていると気づいていた。

仕事に追われて、眠れない夜を繰り返して、やがて体は限界を超えた。

病院での診断。手放せなくなった薬。

もう、誰かを好きになる資格なんて、自分にはないんだと思っていた。

でも、マユミはそんなボクをまるごと受け入れてくれた。

体調のことも、心の弱さも、全部知ったうえで、隣にいてくれた。

飲み忘れた薬を、黙って差し出してくれたり、ボクが無理をしているときには、そっと冷たいお茶を置いてくれたり。

そんなひとつひとつが、どれほどボクを救ってくれたか、たぶん彼女は知らない。

 

たぶん、普通の人だったらボクのことを重いって感じていたと思う。

それでも、マユミは迷わずボクを選んでくれた。

自分を後回しにしてでも、ボクを思ってくれる。

だからボクは、彼女と出会えたことを「人生でいちばんの幸運」だと信じている。

これからは、ボクの番だ。

マユミが安心して笑っていられるように、家族のこと、将来のこと、全部ひっくるめて守っていく。

だって――マユミは、ボクの命みたいな人だから。

そして今日も、午後の光はカーテン越しに、ボクらの部屋をやさしく染めている。

テーブルのマグカップの湯気は消えてしまったけれど、ふたりのあいだにあるものは、まだずっと、あたたかかった。




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