「はあ〜、今日はもう何もしたくないって日、正式に認定しまーす」
そう言ってマユミは、ソファにダイブした。くたっと横向きに寝転んで、足を伸ばして寛いでいる。

「だらしないの禁止とか言わないでよ、ヒロ」
「……言わないよ。むしろ、好き」
「何それ。へんなの」
そう言いながらも、嬉しそうに鼻の頭をちょっとだけ指で掻いた。
家では完璧じゃないマユミが、なんだか一番かわいい。そんな風に思えるのは、きっと結婚したからなんだろう。
ふと、ボクはカメラを手に取った。昔から使ってるコンデジ、RICOHGRDigital、マユミの写真はコレで2,000枚は撮った、ほとんど会社で。
結婚してからは家の中のがほとんどだけど、マユミの制服姿が好きだからね。
ボクが定年退職したあと寂しいね。

レンズを覗くと、マユミの横顔がフレームにすっぽりとおさまる。
「撮ってるの?」
「うん」
「……また?」
「だって、いい顔してる」
「ゴロゴロしてるだけなのに?」

「そういうときのマユミが、いちばん自然で好きなんだよ」
シャッター音が、小さく部屋に響いた。
昼下がりの静かな部屋で、光がカーテン越しに差し込んでいて、マユミの髪の先にだけ金色が宿っていた。

──── マユミが目を細めて、ふっと思い出したように言った。
「そういえばさ。昔、まだ付き合ってるの隠してた頃……デスクの横の通路で、あたしの写真撮ってたでしょ? あれ、課長に見られて、“何やってる!”って怒られてたね」
「あったなぁ……“社内でモデル撮影してるやつがどこにいる!”って本気で叱られた」
「でも、あたしと写真撮るのはふたりの“ひみつの約束”だったから。他の人から見たら、変なことしてるように見えたんだろうね」

「変じゃないよ。ボクには、ちゃんと理由があったんだ」
「……なに?」
「好きな人を、ちゃんと記録しておきたかったんだ。いつも、どんな顔してるか。どんな仕草か。あとで思い出せるように」
マユミは照れくさそうに、膝をぎゅっと抱きしめる。
——昔も今も、レンズの向こうにいるのは、ずっとマユミだけ。
それは今も変わらない。
「昔から撮ってたけど……やっぱり、今がいちばんいい写真かもな」
「なんで?」
「“一緒に暮らしてる”って空気が写ってる気がする。安心してる顔。家の匂い。ちゃんと『帰ってきた』って感じがするんだよ」
マユミが目を閉じたまま、ふふって笑う。
「じゃあ、今日の私、いいモデルできてるかな」
「完璧」

「ギャラはー?」
「晩ごはん、出前でいいっていう許可」
「やすっ!」
そう言ってマユミが笑いながらくるりと寝返りを打って、カメラに正面を向けた。
「ほら、ちゃんとピント合わせて? 私、ヒロのいちばん好きな被写体なんでしょ?」
——そう。ずっと、今までもこれからも。
「うん、間違いなく、主役」

パシャ。
その一枚は、ちゃんとアルバムに貼っておこう。
“日曜の午後、好きな人が家で笑ってるだけの写真”。
たぶん10年後も、ボクの宝物だ。