「小さな約束」
オフィスの窓の向こうに、春の終わりの青い空が広がっていた。
季節は、思っているよりも、ずっと早足で進んでいる。
ふと、マユミがボクのデスクに近づいてきた。

声をかけるでもなく、さりげなく、手に持ったメモ用紙をボクのファイルの上に滑らせる。
誰にも気づかれないように──そんな配慮をまとって。
ちらりと見たメモには、小さな字でこう書いてあった。
『明日、昼休み、公園。お弁当、持ってくね。』
たったそれだけのことが、どうしてこんなにも嬉しいのか。
自分でも、少し可笑しくなる。
マユミが「お弁当、持ってくね」と書いてくれたあの一言が、まるで特別なプレゼントみたいに感じて、ボクの胸の奥を、じんわりと温めていた。

きっと、マユミは、忙しい仕事の合間に、早起きして用意してくれるんだろう。
ボクが好きそうなものを、考えながら。
そう思うだけで、ありがとう、って、胸の中で何度も何度も呟いた。
たとえば明日、天気が崩れたら。
たとえば、急な仕事が入ったら。
そんな小さな不安も、ほんの少しだけ浮かんだけど──
それでも、今はただ、楽しみな気持ちだけを信じたい。
明日、マユミと一緒に、お弁当を食べる時間。
それはきっと、ボクたちだけの、誰にも邪魔されない、やさしい昼休みになる。
夜のオフィスビルを出ると、少しだけ肌寒い風が頬を撫でた。
でも、ボクはポケットの中で、小さなメモを握りしめながら、ふわりと、顔をほころばせた。
明日が、待ち遠しいなんて。
子供みたいだな、って思いながら。
──明日、会える。
たったそれだけのことが、こんなにも心を弾ませるなんて。
あのメモは、ひとつの扉だった。
慌ただしい日常の中に、そっと開かれた、ふたりだけの小さな約束。
そして、季節がそっと背中を押してくれるように、ふたりはその扉の向こうへ歩き出す。
ほんの短い昼休み──でもそこには、どこよりも長く深い時間が流れていた。
外伝最終話でした、ちょっとだけ駆け足で、話していなかったマユミへの想い、簡単ですが説明できたと思います。
さあ、次は「過去日記066:【公園でランチ】そして次の残業で真実を告白する決意」の物語へ。
──そして、告白へと続く。