—話すことのなかった、結婚して初めて語るボクの片想いのはじまり
休日の午後。
ソファに並んで、マユミと映画を見ていた。

途中からボクの方がうとうとしてしまって、眠ってしまった。マユミはヒロを膝枕したまま映画を見ている。

ボクは目が覚めたときには、マユミの膝に頭を預けていた。
「……あれ、寝ちゃってた?」
「うん。気持ちよさそうに。」
「もう、マユミの膝枕でもう少し寝てるよ」
「いいよ…ふふ」

マユミは微笑んで、冷めかけた紅茶を一口すする。
テレビからは、恋愛映画のエンディングロールが流れていた。
「……ねえ、ヒロが初めて私を見たときって、どんな印象だったの?」

不意にそう聞かれて、ボクは思わず眠気から覚めた。
「…えっ、今さらそれ、聞く?」
「うん。だって、今の映画見てたら、なんか聞いたことなかったなって。」
ボクは少し黙って、中を見つめながら言った。
「ちょっと恥ずかしいけど……ほんとのこと言っていい?」
「うん。」
「マユミを初めて見たとき、遠くからだったけど、正直、ボクの好きな女優さんに似てるなって思ったんだよね。うわ……オーラがすごい……って、心の中で思ってた。」
「ふふ、それって褒めてる?」

「褒めてるよ。すごく。近くで見るともっと綺麗で、マユミの顔、まともに見れなかった……で、同時に思ったんだ。『あぁ、ボクなんか相手にしてもらえるわけないな』って。」
「お化粧もバッチリメイクで会社来ていただろ、ボクはちょっと怖くて避けていたから」

マユミが少し驚いたような顔をした。
「え、なんで?」
「だってさ、背も高いし、スタイルもいいし。なんか……芸能人とかモデルみたいなオーラがあって。そういう世界の人って、話しかけるとか、もう、そんな次元じゃなくて……。マユミのこと、遠くから見てるだけで精一杯だった、マユミが大きく見えた、そういう風に見えたんだよ、ビビっていたんだよ…」
マユミは少し笑って、
「私が女優って、有り得ないよ…」
それでも、どこか切なそうに言った。
「そんな風に思われてたんだ。」
ボクはうなずいて、ふっと昔の景色を思い出す。
あの頃、マユミの作業スペースは別の部署の一角で、近くにトイレがなくて、別のフロアのトイレまでいかなくてはならなかった。
でもそのフロアに男子トイレにボクは行くたびに、耳をすませていた。

──笑い声。
マユミの、あの明るくて、ちょっと高めの、楽しそうな笑い声。
「またあの人と話してる……」
“あの人”っていうのは、話し好きで社交的な、誰とでもすぐに仲良くなる中年の男性社員。
彼が楽しげにマユミと会話してるのを、何度も目撃した。
ボクは、それを遠くから見ているだけだった。
なんとなく、自分は蚊帳の外にいるような気がして、ひどく情けなかった。
「仲良くなれたらいいな」って思ってたけど、ボクから見たら美人すぎて、話しかける勇気なんてなかった。
トイレの前を通るたびに聞こえてくる笑い声が、なんだか自分とは無縁の世界に思えてた。
それでも、どこかで期待していた。

不可能に近い感じの、淡い希望で。
いつか、ボクにも笑いかけてくれる日が来たらって。
「なんか、その頃の自分思い出したら、切なくなってきたよ、今考えると、ちょっと怖い奴だよね、ストーカーだよ、オマケにビビり過ぎだろ!」
「……そんなことがあったの?」
マユミは、少し目を細めて、ボクの手をそっと握った。
「そんなヒロが、いま私の隣にいるって、なんか不思議。」

「うん。ボクも不思議だよ。……でも、あのとき笑い声が聞こえるたびに、胸がキュッとなってたこと、今でも覚えてる。」
「じゃあ、あれってもう、片思いの始まりだったんだ?」
「……うん。たぶん、あれが始まりだった。」
「不可能な片思いって、思ってたんだ?」
マユミは照れくさそうに笑いながら、そっとボクの肩に頭を預けた。
「聞けてよかった。ありがとう。」
静かな午後。
紅茶の香りと、彼女のぬくもり。
それだけで、今のボクはもう、十分に幸せだった。