久しぶりの出社
マユミが3日ぶりに出社した。
まだ足には包帯が巻かれ、松葉杖をついている。


職場の上司や同僚たちは次々に声をかける。
「大丈夫?無理しないようにね。」
「松葉杖生活、大変だったでしょ?」
温かい言葉が飛び交う中、男性陣はまた別の反応を見せる。
「待ってました!」
「やっぱり職場が華やかになりますね!」
美人は得だ、と改めて思う。

それを見ても、独身時代のようにヤキモチを焼くことはなくなった。
ただ、男のボクが休んだ時は、一人の上司が心配してくれるくらいで、それ以外はほぼ知らん顔だったことを思い出すと、ちょっと複雑な気分になる。
それでも、久しぶりの出社でマユミがどこか新鮮な気持ちでいるのが伝わってきて、安心した。
いつものデスクで資料を広げる姿は、やっぱりしっくりくる。
ボクは事前に上司に相談し、昼休みに病院へ連れて行く許可をもらっていた。
「昼休み、病院行くから。」
マユミは「うん」と頷く。
その日から、昼休みに病院へ通う日々が始まった。クルマ通勤にしておいてよかったと思った。
診察のたびに、医者は「順調ですね」と言いながら足の様子を確認する。
「あともう少しで松葉杖もいらなくなりますね。」
それを聞くたびに、マユミは少し安堵したように頷いた。
ボクもその姿を見て、毎回どこかホッとする。

***
そして、1週間が過ぎた。
松葉杖の扱いにも慣れてきて、職場でも「もう普通に歩けるんじゃない?」なんて冗談が飛び交う。
仕事も日常のペースに戻りつつある。
それでも、昼休みになると「今日も病院?」と聞くマユミに、「あともう少しだよ」と答えるのが、ふたりの習慣になっていた。
そして、その日は突然やってきた。
昼休み、いつものように診察室へ入ると、医者が「もう大丈夫でしょう」と言った。
「これで最後の診察ですね。松葉杖も今日で返却していいでしょう。少しずつ普段通りの生活に戻してください。」
マユミが「ありがとうございます」と礼を言う。
その瞬間、ふっと肩の力が抜けたような気がした。

病院を出ると、マユミは軽く歩きながら、足を確かめるように動かした。
ボクは「本当に無理するなよ」と言いながら、さりげなく隣で歩幅を合わせる。
職場へ戻ると、マユミのデスクには「おかえり」みたいな雰囲気が漂っていた。
「最後の診察だったんですね!」
「もう大丈夫なんですか?」
心配してくれていた同僚たちが声をかけると、マユミは「うん、もう大丈夫」と笑った。
その瞬間、会社の空気がちょっとだけ軽くなった気がする。
仕事を終え、帰宅すると、マユミは玄関でふっと深呼吸した。

「なんか、普通の生活に戻るって変な感じ。」
その言葉に、ボクは静かに頷いた。
「まぁ、無理せずゆっくり戻せばいいさ。」
「そうだね。」
「今日はごはん、作るよ。」
マユミがキッチンに向かう。
「無理しないで、ボクがやるよ。」
「いいの。久しぶりに、自分で作りたいの。」
その言葉に、ボクは少し笑った。
「じゃあ、ボクは特等席で見守ってるよ。」
マユミは振り返りながら、ふっと笑った。
「それなら、ちゃんと静かに見ててね。」
その笑顔を見ていると、なんだか胸の奥がじんわりと温かくなる。
彼女がキッチンに立つ姿は、いつもの日常そのものなのに、どこか特別に感じられた。
以前の生活が戻る。でも、それがただの繰り返しじゃなくて、少し違って見える。
ふたりの間に積み重なった時間が、静かに溶け込んでいく。
そんな、小さな変化を感じる夜だった。