「ストーカーじゃなくて運命の恋?」
「ボク、マユミのストーカーだったよ」
と冗談めかして言ってみた。

もちろん、そんなわけはない。そんなことしても意味がないし、そもそも15年前ならストーカー規制法に引っかかる。それは当然わかっている。
でも、マユミのことを特別に意識していたのは間違いない。
──いや、正確に言えば、一目惚れだった。
あの日、オフィスのエントランスで初めてマユミを見た瞬間、ボクの中で何かが変わった。
彼女が笑顔で同僚に挨拶する姿が、まるで映画のワンシーンのように輝いて見えたんだ。
「こんな人がいるんだな……」
その瞬間、ボクの心に彼女の存在が深く刻まれた。
だから、気に入られるまでは正攻法で頑張った。
マユミのプロジェクトに対しては、他の人の2倍、いや、大げさに言えば10倍くらいのセンスを注ぎ込んだ。それも何回も。プロジェクトやコンペを通して、ボクはマユミに認めてもらいたくて必死だった。
そうしているうちに、マユミもボクの頑張りをちゃんと見てくれて、よろこんでくれたし、少しずつ気にかけてくれるようになった。ちょっと頑張りすぎて体調崩したけど。
昔は若かったから、無茶やってた。
──「絶対そうだよね」

マユミが笑いながら言う。
「帰り道で、後ろを歩いてるのわかってたよ」
「え、うそ」
「うそじゃないって。わざと見えるところで待ってたんだから」
「……マジで?」
「マジで。あとさ、駅のホームでも後ろにいたでしょ?」
「え、いや、それは……」
「退社時間も同じだったし、帰る方向も同じじゃそんな感じになるよ、しかも先に降りるし」
マユミがクスクス笑う。
「でも、マユミが好きなのはたしかだったけど」
ボクは照れくさくて、視線をそらす。
「ふーん?」
マユミはテーブルの上に肘をついて、ちょっと意地悪そうにボクを見る。
「じゃあ、あの頃は本当に少しくらいついて行きたいと思ったこともある?」
「……正直、思ったことはあるよ」

「やっぱり、そうなの?」
「でも、そんなことしたら本当にストーカーになっちゃうし」
「そうだよねー」
マユミは冗談めかして言うけど、どこか楽しそうだ。
今、ボクたちは部屋でくつろいでいる。
もう一緒に住んでいるのだから、こうして夜に昔話をするのも珍しくない。
マユミは時々友達とランチに出掛ける。
その時も、ボクのネタで笑っていると帰ってくると話していた。
「でもさ、実は私も気づいてたんだよね。駅のホームで、いつも同じ位置にいたでしょ?」

「え?」
「ヒロのことが気になってたから、無意識に視界の中に探してたのかも」
「……マジで?」
「うん。だって、ちょっと気になってたし」
ヒロは思わず笑ってしまう。嬉しさを隠せない。

「でもさ、それだけじゃないんだよ」
「え?」
マユミは少し照れたように目をそらした。
「あの頃ね、ちょっと楽しみにしてたことがあって」
「楽しみ?」
「うん。帰りの電車で、ヒロが乗ってくるかどうか、密かに気にしてたんだよね」
「え、それって……」
「ヒロが同じ車両に乗ってきたら、なんとなく嬉しくて」
「……そんなこと、思ってたの?」
「だって、話しかけるわけじゃないけど、なんとなく近くにいると安心するというか」
ヒロは思わず顔を覆った。
「やばい、めちゃくちゃ嬉しいんだけど」
マユミはくすっと笑う。
「ふふ、そうだったんだ」
ヒロはじわじわと込み上げる喜びを抑えきれず、少し誇らしげに微笑んだ。
「じゃあ、やっぱり少しは脈アリだったってこと?」
「さて、どうでしょう?」
マユミはいたずらっぽく笑いながら、ヒロの肩に軽く頭を乗せる。
「でも、今はもうこんなに近くにいるんだから、過去のことはどうでもいいよね」
「……いや、過去があったから今があるんだろ?」
「そういうの、ちょっとロマンチックすぎ」
「でも、本当にそう思ってる」
マユミは微笑んで、ぎゅっとヒロの手を握った。