朝から天気予報では「夕方から雨」と言っていた。けど、ボクは正直、信じてなかった。こういうのって、だいたい外れる。
だから折りたたみ傘を持つ気にもならず、マユミとこの前、家で見つけたレストランでゆっくり食事していた。
「ねえ、ヒロ。会社ではさ、私が先輩みたいに見えること多いじゃん?」マユミがフォークをくるくる回しながら言う。

「うん?」
「でもさ、こうしてるとヒロのほうがちゃんとしてるなって思うときもあるんだよね」
「例えば?」
「……ちゃんと傘、持ってるところとか?」
……え?
ボクはマユミの視線を追って、窓の外を見た。さっきまで曇り空だったのに、いつの間にか本降りになってる。駅までの距離を考えると、この雨の中を歩くのはちょっと厳しい。
「マユミ、もしかして傘、持ってない?」
「持ってない。だって、バッグ小さいもん」
そう言って、自慢げに肩にかけた小ぶりのハンドバッグを見せる。いや、それを見せられても……。
「いや、天気予報見てたでしょ? 雨降るって」
「だってヒロが『どうせ降らないよ』って言ってたから」
「それ、ボクのせいなの?」
「うん。だから、ヒロの傘に入れて」
満面の笑みで言われ、ボクはため息をつきながら傘を取り出し、広げた。
「まぁ、いいけどさ……。でもこれ、そんなに大きくないよ?」

「ヒロがちゃんと私のほうに寄ってくれれば大丈夫」
そう言うと、マユミはさっさとボクの腕に絡みつくようにくっついてきた。うわ、近い。会社では絶対にありえない距離感。ボクは慌てて傘を開いて、彼女の頭の上にさしかけた。
「ちょ、ちょっと近すぎない?」
「え? いやなら離れるけど?」
そう言ってマユミがほんの少しだけ身体を離そうとする。でも、そうすると当然のように、雨が彼女の肩に落ちてしまう。
「あ、濡れた」
「……もう、わかったよ」
結局、ボクのほうから少し寄って、再び密着状態になる。マユミは「最初からそうすればいいのに」と満足げに微笑んだ。

「ねえ、ヒロ」
「ん?」
「会社じゃこんなことできないから、ちょっと嬉しい」
そう言ってボクを見上げるマユミの顔が、ほんのり赤い。きっと雨のせい……じゃないよな。
「そりゃ、ボクだって嬉しいけど」
「けど?」
「恥ずかしいんだけど」
「ふふっ、ヒロって可愛いね」
「いや、男に可愛いってどうなの」
「私は好きだけど?」
さらっと言われて、ボクはちょっと黙るしかなかった。
……この雨、しばらく止まないといいのに。