週末の午後、マユミとボクは駅前のカフェで向かい合っていた。
ここは、会社からは5駅離れた、ボクの住んでる街の駅前。街も違うから、少し安心できる。

「こうやって外で会うの、なんだか久しぶりな気がするね。」マユミがカフェラテのカップを両手で包みながら言う。
「確かにな。会社ではずっと一緒だけど、休日はなんとなく避けてたかも。」
「バレるのが怖い?」
「そりゃまあ…」
ボクが答えかけたところで、マユミがクスッと笑った。
「でもさ、こうやって普通に話してるだけなら、ただの会社の同僚じゃない?」
「……まあ、そうだけど。」
実際、会社ではこれまで通りの距離感を保っている。会社内や会社の近くでは、ボクからは馴れ馴れしくしない。そういうルールを決めたのはマユミだった。
「だって、今まで普通にしてたのに、急に態度変わったら怪しいじゃん?」
確かにその通りだったので、ボクも納得した。
とはいえ、彼女と二人きりでカフェにいるだけで、やけにドキドキするのは事実だった。マユミはカジュアルなニットにデニムというラフな服装で、会社で見る姿とはまた違った雰囲気だった。
ボクはふと周りを見回す。土曜の昼下がり、人は多いが、会社の人がいる気配は——。
「◯◯くん?」
その声を聞いた瞬間、ボクは心臓が止まりかけた。
振り返ると、そこには経理部の1個先輩の女性社員が立っていた。
「え…あ、IKさん。」
「偶然ですね!こんなところで。」
ヤバい。完全に油断していた。
「あ、そちらは…」
彼女の視線がマユミに向く。マユミは一瞬だけ固まったが、すぐに笑顔を作った。
「IKさん、お久しぶりです。」
「え、マユミさん?」
「あはは、偶然ですね〜。」

まるで本当に偶然出会ったみたいな顔で、マユミは自然に会話を続ける。
「お二人、一緒だったんですか?」
「たまたま、ね。」マユミがさりげなく答える。
「え、じゃあ偶然会って今一緒に?」
「そうそう。偶然会って、じゃあ一緒にお茶でもって。」
流れるような嘘。いや、正確には嘘ではない。ボクはただうなずくしかなかった。
「そうなんですね〜!会社以外で会うの珍しいなって思っちゃいました。」
「ほんと、それ!IKさんこそ、こんなところで何してるんですか?」

「え?あ、私は友達とショッピングで…あ、そろそろ行かなきゃ!じゃあまた月曜に!」
彼女は手を振って去っていった。
……助かった。
ボクは大きく息を吐く。
「冷や汗かいた。」
「ふふ、ヒロ、表情固まってたよ?」
「そりゃそうだろ。あんなに堂々と話せるのなんて、すごいな。」
「こういう時はね、堂々としてた方がバレないんだよ。」
それもまた、マユミが決めた“ルール”のひとつだった。
「万が一誰かに見られたら、慌てるより、堂々と適当な理由を作って流す。」
そんな話をしていたのを思い出す。実際、彼女は見事に実践してみせた。
「……でもさ。」
「ん?」
「ヒロが焦ってるの、ちょっと可愛かったかも。」
マユミはそう言って、イタズラっぽく微笑んだ。
ボクはまた、心臓が跳ねるのを感じながら、彼女の笑顔を見つめた。
秘密の関係はスリルがあって、ちょっとだけ楽しい。
ただ、こういう場面が続くと、ボクの心臓が持たない気がする。
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