秘密の思わせぶり
昼休みを終えて、オフィスに戻る。ふう、と心の中で息をつく。今日はマユミと会う時間が少なかったから、いつもより落ち着いて仕事に集中できそうな気がしていた。
ところが、その予想はものの数分で覆る。
午後の会議が始まる前、ボクは何気なく廊下を歩いていた。ふと目を向けると、マユミが営業部のMTさんと話している。

しかも、いつもより距離が近い気がする。いや、錯覚かもしれない。いやいや、錯覚であってほしい。
「マユミさん、ちょっとお願いがあるんだけど」
MTさんが何やら頼みごとをしている。マユミは「いいですよ」と、柔らかく笑った。その笑顔を見た瞬間、ボクの胸のあたりに、もやっとした何かが渦巻いた。
——え? 何だ、この気持ち。
嫉妬? まさか。いやいや、そんなはずがない。ただの同僚同士の会話だ。でも、あの二人の間に流れる空気が、どこか引っかかる。そういうの、気にしないタイプだったはずなのに。
***
会議が終わると、ボクは自分のデスクへ戻った。ちょうどそのタイミングで、マユミが近づいてきた。
「ねえ、ヒロ。さっきのMTさんとの話、気になった?」
探るような声。ボクは、顔を上げてみる。
「別に」
何でもない、という表情を作る。そもそも、気にする理由なんてない。
「どうして?」
「だって、ヒロがちょっとムッとしてたから」
ムッとはしてない。…はずだ。けど、マユミの目はごまかせない。彼女は微笑んでいるが、どこか楽しんでいるようにも見える。
「正直に言うと、ちょっと気になった」
ボクは観念して白状する。言った瞬間、マユミの笑顔がほんの少し深まった気がした。
「でも、別に何かあるわけじゃないよな?」
「もちろん」
マユミは即答する。そのスピードに、ボクは妙に安心する。が、すぐに次の一言で心が揺さぶられる。
「でもね、ヒロもたまには気を使ってよね?」
——え?
「たとえば、さっきみたいな場面では、ちょっと思わせぶりな態度を取ってくれると、私も嬉しいから」
その一言で、ボクの心臓が一瞬止まりかける。
——ちょっと待て。つまり、マユミはボクに嫉妬してほしいってことか? いや、それとも、もっと違う意味が?
「…わかった。今度から気をつけるよ」

とりあえずそう言うと、マユミは満足げに微笑み、そっとボクの頭に手を置いた。
「ありがと、ヒロ」
手のひらの温もりが、じわっと心の中に広がる。
***
その直後、再びMTさんが現れた。
「マユミさん、さっきの件だけど—」
「マユミ、ちょっとこっち手伝ってくれる?」
ボクは、さりげなく彼女の腕を引いた。ほんの軽く。でも、確かに。
マユミは少し驚いたような顔をした後、ふっと微笑んだ。
「…うん」
MTさんは「あれ?」という顔をしている。でも、そんなのどうでもいい。
だって、マユミが言ったじゃないか。
——思わせぶりな態度、取ってくれると嬉しいって。
よし。次は、もう少し大胆に出てもいいかもしれない。
関連記事嫉妬系エピソード