「ヒロ、お願いがあるんだけど」
昼休み、マユミがくねくねしながら、ボクのデスクの前に立った。声はいつもより少し甘えたようで、ボクの胸が高鳴る。

「何?」
「梅の花の写真、撮ってきてほしいの」
「梅の花?」
「うん。会社のチラシに使うのに、いい素材がなくて。ヒロなら綺麗に撮れるでしょ?」
マユミは軽く微笑んでボクを見つめる。そんな目で頼まれたら、断るなんてできるわけがない。
「わかった。撮ってくるよ」
「やっぱり頼りになる! ありがと、ヒロ」
「で、どんな感じに撮ればいい?」
「あ、そうだね。背景はちょっとぼかして、柔らかい雰囲気で。テキストを載せるスペースも考えてね。それと、花びらが陽に透けてる感じ、あれが好き」
ボクはメモを取るふりをしながら、マユミの指示を頭に刻んだ。どう撮れば彼女に喜んでもらえるか、考えるだけでワクワクする。
「今度の休みの日に行くけど間に合う?」
「うん、大丈夫」

***
休みの日、ボクはカメラを片手に公園を歩き回っていた。時間にして三時間以上。気づけば足はじんわりと疲れ、肩にはカメラのストラップが食い込んでいる。
けれど、それもこれも、マユミの要望に応えられるような一枚を撮るため。いや、正確には——マユミが喜ぶため、だ。
彼女が実際に喜ぶかどうかは知らない。でも、ボクの中ではもう彼女の笑顔が浮かんでいる。
梅林に到着すると、まるで白い雲が地面に広がったような景色が広がっていた。枝先にふんわりと咲く梅の花が、風に揺れている。
ボクは梅の花の間を抜け、一眼レフカメラを構え、静かにシャッターを切った。

鳥のさえずり、遠くで聞こえる子どものはしゃぎ声。穏やかな時間が流れていく。
梅の花にぐっと寄って、淡いピンクの花びらにピントを合わせる。陽の光を透かした花びらがふわりと浮かび上がるように見えた。
これなら、マユミも満足するだろう。
300枚ほど撮影し、ボクはカメラを片付けた。
家に帰り着いたころには、もうすっかり日が傾いていた。 田んぼの向こうに沈んでいく夕日をぼんやりと眺めながら、ふと考える。
——これって、結局、仕事なのか?
いや、会社には何も言っていないし、休みの日に勝手にやってることだ。 ボランティアというか、趣味というか、まあ、そんなところ。
ただ、こういうことばかりやっている。 温泉の取材、民芸品の取材、イベントのレポート。 「好きだから」なんて言いながら、気がつけば自腹であちこちに出かけている。
で、使っているのは、自前の一眼レフ。 会社支給の初心者向けカメラじゃ納得いかなくて、 「いい写真を撮りたい」という、ちょっとしたプライドが邪魔をする。
その代わり、今までの会社の商品としてのクオリティは確実に上がったと自分の中では思っている。
でも、これ、もし壊れたら? 湯船に落としたら? 修理代は当然、自分持ち。会社が保証してくれるはずもない。
なのに、ボクは迷わず、自分のカメラを選んだ。
温泉の湯気でファインダーが曇ったときは、さすがにヒヤッとしたけど。
——カッコつけてるんだろうな。
それでも、やる。
マユミが「ありがと、ヒロ」と微笑む。 その瞬間を撮りたくて。
シャッターボタンを押す。
それだけのために、やる。
でも、たぶんマユミは、そんなことまるで考えていない。 「ちょっと頼みやすい友達」くらいのノリなのかもしれない。
それでもいい。
——ボクは、それでいいと思っている。
ボクはまだ、マユミにとって、ただの頼れる同僚のままなのかもしれない。
でも、こうして頼られるたびに、心の奥で期待が膨らんでしまうのだった。
でも、それでいいと思っている。全てはボクが好きでやっていることなのだ。
マユミは喜んでくれるだけでいい。
コメント
- ゆりりん ゆりりん :くねくね・・・かぁ、ゆりも、くねくね作戦で、おねだりとかしようかしら絵、キャラぢゃないし!!ちと、無理やな┐(´~`)┌
- ボク:ゆりは、くねくねしないのか、どんなキャラかな。