不器用な恋の距離感
その日、マユミが唐突に「カラオケ行こうよ」と誘ってきたのは夕方5時少し前のことだった。
終業のチャイムが鳴ると同時にふたりでクルマに乗り込み、会社近くのカラオケ店へ直行した。
116号室は広々として、むしろ二人には贅沢すぎるくらいの空間だった。
マイクを握ると、仕事のプレッシャーなんて嘘みたいに消え去る。
歌詞に合わせて、彼女の澄んだハリのある声が空間を埋め尽くす。

「デュエットしようよ」と、マユミが軽く笑う。マユミが選んだ曲は石川優子とチャゲの『ふたりの愛ランド』。
「無理やり選んだんだからね」とマユミが笑う。その顔は、どこか得意げで、ちょっとした勝負を仕掛けてきたようにも見えた。
ボクは「いいけどさ」と応じながら、内心は少しだけ緊張していた。カラオケの選曲なんて、どうでもいいと言えばいいのに、彼女の前だと妙に格好をつけたくなる。
イントロが流れ始め、マイクを握った彼女が小さく咳払いをする。「よし、行くよ!」と軽快な掛け声の後、彼女の歌声が部屋に響いた。
予想以上に澄んだ声で、マユミの声が流れるメロディに乗る。それに続いてボクも歌い出すと、意外なことに、彼女の声と僕の声がしっくりと絡み合った。
その瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる。まるで、心がじわじわとほどけていくような感覚だった。

歌い終えると、マユミが手を叩きながら言った。「意外と上手じゃん!」
その声がやけに弾んでいて、ボクは思わず照れ笑いを浮かべた。
部屋の薄暗い照明の下、マユミの笑顔が輝いて見える。きっと、彼女は自分がこんなに輝いていることを知らない。そんな彼女の一言が、ボクの心を軽く突き刺して、でも優しく温めていく。
ただ一緒に歌っただけ。それだけなのに、ボクの中で彼女の存在が少しだけ大きくなった気がした。
マユミの小悪魔的な魅力
最近のマユミは、ボクをからかう仕草が増えた気がする。
ある日、営業マンとの会話でボクの名前を連呼していたのを耳にした。「ヒロんち、ヒロんち」って、何の話だ?
それから彼女のデスクのイスにに座ろうと他の社員に「お尻合いになりたくないから座らないで」と冗談を飛ばしつつ、ボクが近くに立って作業していると「ヒロ、あたしのイスに座っていいよ」なんて言うのだ。
完全によろこばされているけれど、嫌じゃない自分がいる。
僕の中の影
けれど、心の奥底にはまだ影がある。元カノの記憶が時折ひっそりと蘇るのだ。
あの日々が終わったことはわかっている。それでも完全に心の整理がついたわけではない。
だから、マユミに対してもどこか距離を置く自分がいる。
デレデレせず、クールを装ってみたりするけれど、そんな自分を彼女は見透かしているような気がする。
「ツン」とするボクに対して、彼女の「デレ」の距離感が絶妙すぎて心が揺さぶられる。
離れられない理由
ふとした瞬間に気づく。
ボクは、彼女から目が離せなくなっている。
どんなに過去に囚われていても、マユミの存在は否定できない。彼女がボクにそっと心に仕掛けてくるワザのひとつひとつが、ボクをこの場所に引き留めている。
116号室のカラオケの帰り道、窓の外に流れる街の灯がふたりを照らしていた。
ボクは助手席に座る彼女を見て、言葉にならない感情を胸に抱えた。マユミといる時間は、過去の影を薄くしてくれる。

今日のマユミの仕掛けたワザにまんまと引っ掛かったのだけど、今の気持ち、「めちゃくちゃ楽しかった」としか言いようのない感想が今の気持ちだ。
本当に忘れてしまうくらい楽しいのだ。
だけど、完全に消し去る勇気はまだ持てていない。
コメント
- トモ:え、ヒロさん… マユミサンと終わりにしようかなんて考えてたんですか でも、今のままが一番 普通の関係で、息も何気にあって居心地いいんじゃないのかな〜 何も悪いことしてないしさ。 大切な人として、そばで刺激しあえばイイよ きっと。
- ボク:トモさん、今のままでいいのですが、時々マユミから離れたくなる気分になるんです。例えば、マユミから離れた場所で1日仕事をしたり、ボクから話しかけなかったり、1日中ムスッとしていたりすることが多いんです。
- 何年か前までは、話せないことに苛立ったり、落ち込んだりしていました。なぜだろうと思います。しかし、ボクがもう普通に話しかけなくなると、マユミの方から話しかけてきて、気を遣ってくれるんです。それがやさしかったりするので、また戻るんです。
- 気分的な何かが吹っ切れればいいんですけどね。トモさん、ありがとう。頑張ってみます。
- ともたん(*゜∀゜)ノ♪:あ〜 終わりにしようと思っても 別れられないなら まだ 別れる時期じゃないのかもよ 素直が一番…… あたしなんかこないだ喧嘩したよ 頭にきたしね
- ボク:ともたん、素直じゃないかもね…マユミから言われたんだ。自分で、悲劇の主人公になりたがるって。素直じゃないから、ネガティブにばかり考えてしまって、僕が悪かったね…。
- 今は、また違う方向に考えているけど、迷っているんじゃないかな。
- ともたん(*゜∀゜)ノ♪:答え出せるのは 自分自身しかいない… 納得できない気持ちがあるなら 自分でよく考えて行動したら わかると思うよ 追う追われる関係なく自分が好きか 関係切るかどっちかじゃないかな… 違うかなあたしならそうするかな 例えば自分が寂しくなったとしてもだよ だと思います。