一年間の時をはさんで、母親と父親が亡くなりました。いずれも平均寿命以上に長生きし、かつ長らく病を患っていたこともあって覚悟はできていたため、それ自体は淡々と受け入れている自分がいます。ただ母親も父親も、最期は病院のベッドでたくさんの管に繋がれて、時には拘束も受けながら、おそらく決して楽とはいえないであろう(傍観者の想像でしかありませんが)往生のしかたをしました。
それで「じゃあ自分はどう死ぬのか」いや「どう死にたいのか」について、今まで以上に考えるようになりました。ということで、とくに終末期の医療のあり方について、さまざまな本を片っ端から読んでいます。その多くが、もし自分が望まない延命治療を受けたくないのであれば、「病院に行くな」と繰り返し強調しています。例えば久坂部羊氏の『人はどう死ぬのか』。
当たり前の話ですが、自宅にいれば悲惨な延命治療を受ける心配はありません。だから、ぜったいに悲惨な延命治療を受けたくないと言うのであれば、助かる見込みがあっても病院に行かない覚悟が必要です。(37ページ)
しかし、これを実行するためには、かなり用意周到な準備が必要だと思います。在宅診療が受けられる環境整備と、それをサポートしてくださる医師、それになにより、家族を含めた周囲の理解が欠かせません。
父親は最期まで自宅に戻りたがっていましたが、入院してしまうとそれはかなり難しくなります。医師としても死の責任を負わせられたくないからです。父親の場合は自宅で吐いて倒れたため、妹が救急車を呼びました。妹は精一杯の対応をしたと思いますし、それをどうこう評するような気持ちはもちろん毛頭ありません。私だってその状況に直面したら救急車を呼ぶでしょう。でも上掲書はこう戒めています。
冷静に考えれば理解していただけると思いますが、ふだんから心の準備をしていないと、救急車を呼ばない状況に耐えるのがむずかしくなります。だから、つい救急車を呼んでしまう。それは倒れているお年寄りのためでなはく、不安に耐えられない家族が自分の安心のために呼んでいるのです。(200ページ)
終末期を病院で苦しむことになる「死に方」の対局にあるものとして、自宅あるいはそれに類似した施設における「平穏死」という考え方があります。この言葉の嚆矢となった石飛幸三氏の『「平穏死」のすすめ』も読みました。この本が世に問われてから15年あまり、医療や介護の実態と人々の意識は変化しているのだろうかーー両親の最期と引き比べながらそんなことを考えます。
また中村仁一氏のその名もズバリ『大往生したけりゃ医療とかかわるな』も読みました。この本は、実は四年ほど前にも読んでいたのですが、今回読み返してみて、その内容を殆ど覚えていなかったことにショックを受けました。それだけ「死」というものが、とりわけ自分が「どう死にたいのか」について、いまほど真剣に捉えていなかったのだと思います。
そして、石飛氏と中村氏の二冊を受けて書かれた、長尾和宏氏の『「平穏死」10の条件』も読みました。そこにはこう書かれています。
「自分はどこで死にたいか」とか「家族をどこで看取りたいか」はとても重要な決断です。しかし、それすら他人にお任せの人がとても多いのです。まさに、「死の外注化」。この言葉が浮かびました。いちばん大切なはずの「最期のとき」が医療者にお任せになっているのが現代日本人。多くの家庭はつねに傍観者の立場に留まり、身近な人の死に直接かかわろうとはしません。(57ページ)
いや、ほんとうに耳が痛いです。私はこの本で「平穏死」「自然死」と「尊厳死」の近似性、加えて「尊厳死」が「安楽死」とはまったく別の概念であることも改めて知りました。そこからかよ、と突っ込まれるかもしれませんが、いろいろ考えて「自分が死ぬときにはムダな延命治療はしないで」などと家族にも言っていた自分にして、この体たらくです。先ず隗より始めよ。いわゆる「リビング・ウィル」をもう一度きちんと考えておくために、日本尊厳死協会のHPから資料の請求をしてみました。
songenshi-kyokai.or.jp
ただ、自分のこの先がどう転がっていくのかについては、当たり前ですけどよく分かりません。それに何ごとも「頭でっかち」で考えていると、往々にしてその通りには行かないのが常であることも、これまでの人生で少しは分かってきたつもりです。長尾氏の本には、こうも書いてありました。
長く在宅療養を続けられている介護者をよく観察すると、いい感じに肩の力が抜けている方が多いように思います。何もかも自分ができる、自分でやらなきゃ駄目だ、とは思っていません。そして、医師や薬を盲信していません。必要、不必要をきちんと主張し、借りられる手は躊躇なく借り、不要だと思うことは拒否する。(206ページ)
「まあまあ、ぼちぼち、だんだん」と、平穏死へ至る過程を模索していくべきと長尾氏はおっしゃっています。長尾氏は兵庫で医療を行っておられるそうですが、私も小学生まではほぼ大阪で過ごしたので「ぼちぼち」に込められているある種の「ええかげんさ」と、そこに通底する一種の「諦念」みたいなものは何となく分かります。
ぼちぼち、考えていきたいと思います。


