巨大テック企業が無料で私たちに使わせてくれるソーシャルメディアやSNSのさまざまなサービス。もはやそれなしでは暮らせないほど私たちの日常に浸透しています。それでも私は、無料で使えるという枠組みの奥に待っているアテンション・エコノミーと、おもにSNSでその虜になってしまうフィルターバブルとエコーチェンバーの弊害が恐ろしくなって、ほぼすべてのソーシャルメディアから「降りた」のでした。
ところが、ソーシャルメディアのエコーチェンバーを壊したら、保守的な考え方の人はより保守的に、リベラル的な考えの人はよりリベラル的になる、つまり、ソーシャルメディアから降りるほうがより偏ったものの見方や考え方を強化するんじゃないの? ……という意見を読みました。クリス・ベイル氏の『ソーシャルメディアプリズム』です。

ソーシャルメディア・プリズム ー SNSはなぜヒトを過激にするのか?
以前このブログでもご紹介した、ジャロン・ラニアー氏の『今すぐソーシャルメディアのアカウントを削除すべき10の理由』も、批判的な文脈で紹介されていました。そして、社会にここまで根づいたソーシャルメディアを全面的に拒否するのではなく、ソーシャルメディアの本質を見極めたうえでよりよいあり方に持って行こうという提言を行っています。
qianchong.hatenablog.com
ベイル氏は、人間のアイデンティティ追求や承認欲求がSNSという「プリズム」を通じて屈折し、極端な意見を増幅させているという「人間の行動心理」に焦点を当てているようです。
私たちがソーシャルメディアにやみつきなのは、目を引く派手なコンテンツが表示されたり気を散らすコンテンツが延々と流れたりするからではなく、私たち人間に生得的な行動、すなわち、さまざまなバージョンの自己を呈示しては、他人がどう思うかをうかがい、それに応じてアイデンティティーを手直しするという行動を手助けしてくれるからである。ソーシャルメディアは、社会を俯瞰するのに使える巨大な鏡ではなく、各自のアイデンティティーを屈折させるプリズムなのだーーそれによって私たちは、お互いについて、そして自分についての理解をゆがめられてしまう。(12ページ)
ソーシャルメディア中毒のより根源的な原因は、私たちのあまりにも人間的な営みが、ソーシャルメディアによってはるかに簡単にできるようになったことだ。その営みとは、さまざまなアイデンティティーを試しては他人の反応をうかがい、自己呈示を更新して帰属意識を味わうことである。(57ページ)
そのうえでベイル氏は、ソーシャルメディア、SNSが政治的な対話や妥協が生まれる場になりつつあるという現状を肯定的に捉えます。だからアカウントを削除して「降りる」のではなく、サイレント・マジョリティが声を上げてプラットフォームを改善していくことこそが「市民の義務」に近い解決策であると。
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ソーシャルメディアやSNSのユーザー数はものすごい数になっている一方で、日常的に頻繁に発言している人の割合は低いと言われています。つまりは「暇つぶしに読むだけ」というサイレント・マジョリティが大半で、極端な意見を頻繁に投稿する人は少数派、つまりノイジー・マイノリティというわけです。
syncad.jp
私など、だからこそそういうノイジー・マイノリティの極端な意見があたかも世論の大勢であるかのように誘導されてしまうのが危険じゃないの、と思うんですけど、ベイル氏はそれを抑制するためにも多くの人がソーシャルメディアへ積極的に参加して、よりよい言論空間にしていくべきだと言うのです。
ソーシャルメディアから「降りる」のはいいけれども、じゃあここまで巨大化したソーシャルメディアに対峙できるほどの体制を作る努力をしているのかと。それがなければ、それは社会の現状に対して「見ざる・言わざる・聞かざる」で引きこもってしまうのと同じなんじゃないの、と言われているような気がしました。
アカウントを削除するなら、社会生活の根本的な再編が必要となろう。ソーシャルメディアは今や友人関係、親戚づきあい、職業生活で大きな部分を占めており、人間の心の奥底にある社会的本能をかくも絶え間なく満たすこうしたツールに抗うためには、前例のない連携体制が必要だろう。(97ページ)
うーん、まあそうなんだろうけど……と、やや困惑しました。それに、この本で紹介されている事例はいずれもアメリカの政治や社会問題に関する対立ないし個人の価値観に関するものなので、ちょっと「我がこと」として想像がしにくいという面もありました。
ベイル氏が言うところの「前例のない連携体制」というのは、ソーシャルメディアやSNSがほとんどインフラというレベルで普及してしまったいまとなっては、そんな体制を作るのはほとんど不可能だろうと言っているのかもしれません。
ただ、アメリカ社会においても、XのようなSNSで積極的に発言している人の割合は、全ユーザー数の10%くらいなんだそうです。やっぱりノイジー・マイノリティが存在しているわけですよね。私は、ノイジー・マイノリティの声ばかりが増幅される一方で、サイレント・マジョリティはあたら人生の貴重な時間を暇つぶしにばかり費やしているというの、とても不毛に思えるのです。この件については依然「もやもや」が晴れないので、引き続き考え続けようと思います。
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