私の職場は東京の新宿西口にあって、朝の8時50分が始業時間になっています。でも私は毎日、遅くとも7時半には、早いときには6時台に出勤しています。通勤ラッシュが苦手だからです。ところが、そんなに早く都心に出てきても、新宿界隈のオフィス街にはすでにけっこうな数の人が歩いています。みなさん朝早くからお疲れさまです。
お正月休み明けの今週は、オフィス街を歩くみなさんがこころなしか「どんより」して見えます。「ブルー・マンデー」という言葉がありますが、この時期なら「正月病」あるいは「仕事始めブルー」でしょうか。TBSアナウンサーの安住紳一郎氏が「きょうは(職場に)行くだけでいいです」とおっしゃって共感を集めたそうですが、この時期、それだけ「どんより」している方が多いということですか。
先日は「ベア・ミニマム・マンデー(Bare minimum mondays)」という言葉も知りました。「月曜日はあえて最低限の業務だけにとどめる」というライフスタイルだそうで、記事にある「サザエさん症候群」もそうですけど、こうした言葉の数々があまた存在するということは、それだけみなさん職場に、あるいは学校に行くのがツラいということなんでしょう。うちの学生さんも「休講」と聞くと飛び上がって喜んでいますもん。
さらに日経新聞で連載されている「α-20億人の未来」の第六回が「中国覆う『虚無スラング』」というタイトルで、“芭比Q了(bā bǐ Q le:終わった)”とか“噶了(gá le:死んだ)”などを紹介しつつ、諦めや冷笑といったメンタリティが充満しつつある(とされる)α世代の現在が紹介されていました。そういえば“躺平(tǎng píng:寝そべり)”なんか、もう人口に膾炙して久しいです。
この記事にもある「静かな退職」、あるいは「窓際FIRE」みたいな言葉は日本でもじわじわ広がっています。人と競って出世したいとは思わない、いまはそこそこの小確幸を抱きしめられさえすればオーケーで、将来の金銭的な自由を目指して倹約に励み、せっせと「長期分散投資」に精を出すーーみたいな。
……と、なんだか他人事みたいに書いていますけど、私は若い頃からモラトリアム思考が強くて、大学生の時は就職なんてしたくないと考えていたうえに所属していた学科は求人がほぼゼロでしたので(バブル景気のまっただなかだったのに!)、卒業してからも5年くらいはフラフラしていて、その後も就職はしたものの転職や失職を何度も繰り返してきました。
というわけで、正直に申し上げると、これらのニヒリスティックな言葉には少なからず共感を覚えます。だから評論家よろしく眉間にシワを寄せて「未来はどうなってしまうんだ」などと言う気にもなれません。
それに虚無的な、あるいはニヒリスティックなスラングや流行語って、いつの時代にもそれなりにあったような気がします。それこそ「窓際族」なんてのがそうですし、「マジ卍」とか「ぴえん」とか「さとり」とか「アッシー・メッシー」とか「プッツン」とか「シラケ」とか「東京砂漠」とか……と勇んでみたものの、今ほどは多くないかしら。
でもまあ、不透明な未来を憂うのは時代の常ですし、さらにいえば「世代」論にすべての人を当てはめることもできないです。Z世代やα世代と一括りにされるのを雑駁すぎるんじゃないかと感じる方はいるかもしれません。私だって「バブル世代」と呼ばれることにはどこか違和感があります。もっとも、そんな三流校卒のモラトリアムなアンタでも就職できたってのがまさにバブル時代のなせる技だったんだよと言われれば、返す言葉はありませんが。
