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東京都立多摩図書館で『ボンボンものがたり』を読む

子どものころに読んで、いまでも折に触れて思い出す本があります。それは絵本だったり童話だったり、あるいは図鑑やマンガや科学読み物だったりするのですが、私にとっていちばん印象深いのは、永井明氏の『ボンボンものがたり:チビの一生』です。


ボンボンものがたり:チビの一生

1969年に初版が発行されているこの児童文学は、アジア・太平洋戦争の時期を時代背景として、一匹の野良犬・チビと、それにかかわる人々の群像を描いた物語です。私はこの本を、小学校の低学年だったころに移動図書館で借りて読んで、強い印象を受けました。

基本的には救いのない、悲しいストーリーだったと記憶していますが、それでもなぜか暖かいものが心に残る不思議な読後感を与えてくれたのです。だからこそ、今にいたっても思い出すわけで、もういちど読みたいものだと思って古本屋さんやネットオークションなどをずいぶん探しましたが、見つけることはできませんでした。

とはいえ、実はこの本、国立国会図書館のデジタルコレクションに入っていて、NDL search(国立国会図書館サーチ)で探せば全文を読むことができます。ですから、もういちど読みたいという夢はすでにかなえられているわけです。ただ、個人的に本は、特にこういう思い出に残っているような本は、紙のページをめくる手触りや本の厚みや重さなどを感じながら読みたいのです。

NDL search では、国立国会図書館以外でこの本を所蔵している全国の図書館を探すこともできます。私の住んでいる場所から一番近いーーとはいえ一時間以上かかりますがーーのは東京都の国分寺市にある東京都立多摩図書館なので、いつか読みに行きたいものだと思っていました。

そんな折、何がきっかけだったのか、つい最近にもうひとつ子供の頃に読んで深い印象に残っている物語を思い出しました。こちらはタイトルも忘れてしまったのですが、一種のSF小説で、雑誌か何か(たぶん学研の『科学と学習』だったと思います)に載っていた短い物語でした。地球が軌道を外れて太陽にどんどん近づき、暑さが極限に達したと思いきや、目が覚めると実は地球が太陽から遠ざかりつつあったという。

いわゆる「夢オチ」で、物語としてはそんなに深みはないんですけど、その寒暖の(暖寒か)逆転が鮮やかで、なぜかよく覚えているのです。アメリカが舞台で、主人公の女性が絵描きだったーーくらいしか手がかりがなかったのですが、ネットを検索してみたらすぐに見つかりました。ロッド・サーリング氏の『真夜中の太陽』でした。

ロッド・サーリング氏はアメリカの有名なTVシリーズ『トワイライト・ゾーン』の脚本家だったそうで、この『真夜中の太陽』は氏ご自身によるノベライズ作品集『ミステリーゾーン』中の一作としてけっこう有名だったみたい。だから検索ですぐに見つかったんですね。たしかに、あの物語はトワイライト・ゾーンっぽい(日本でいえば『世にも奇妙な物語』的な)プロットでした。

これももう一度読んでみたいなと思って探してみたら、この物語が入っている短編集『恐怖と怪奇名作集 2 』もまた、東京都立多摩図書館に蔵書があることが分かりました。これはもう、行くしかありますまい。都立図書館は個人貸出をしていないので、館内で読む必要があります。それでこの週末に行ってきました。館内の端末で検索して貸出要請をかけることしばし。手渡されたのがこの二冊。おおお。

図書館の隣にある公園の林が見える、窓際のソファで二冊を読みました。二冊とも読みながら、「そうそう、こういう話だった」とか「そうそう、こんなエピソードもあった」と次々に記憶がよみがえってきましたが、逆に「こんなシーンがあったのか」とか「こんな登場人物がいたのか」とすっかり忘れていた部分もありました。

『ボンボンものがたり』は、チビの飼い主となったカトリックのフランス人神父が準主人公ともいうべき存在で、「ボンボン」はこの神父がチビをほめるときのフランス語“bon”に由来します。それもあってか、この童話にはキリスト教の価値観が強く反映されているようです。

奥付けの前に作者・永井明氏の略歴があって、そこには「1921年栃木県に生まれる。幼時小児マヒにかかり歩行不能となったため、肢体不自由施設柏学園で小学教育を受けた後は、殆ど独学で児童文学を勉強する」とありました。ほかの著書には『聖書の伝説』や『聖アウグスチヌス』といった書名が挙げられていましたから、永井氏ご自身もキリスト教徒だったのかもしれません。『ボンボンものがたり』に戦争や差別や偏見などについてのエピソードが巧みに織り込まれているのも、作者のこうした境遇が反映されていたのではないかと思います。

ただ、そういう宗教的な要素ばかりではなく、この作品にはチビの一人語り(一匹語り?)にある種の軽妙さがあって、どこか上質の落語を聞いているような人情味に溢れています。また芸術と理想のギャップが語られ、世論とマスコミの非情や戦争と権力者の横暴が暴かれ、大人の知恵がさり気なく盛り込まれてもいます。

この作品が刊行された1969年といえば、あの敗戦から二十数年しか経っていない時代です。戦争の記憶がまだ色濃く残っていた頃の児童文学であり、それが両親や祖父母などから実体験としての戦争の記憶を語られていた私のような世代の子どもに深い印象を残したのも当然かな、と読みながら思いました。

ほとんど半世紀ぶりにこうした物語を読み返して、とても豊かな気分にひたることができました。特に『ボンボンものがたり』は、長新太氏の挿絵がまた物語にとても深い陰影を与えているんですよね。私は長新太氏の絵の大ファンなので、その点でも本当にすばらしい読書の時間になりました。




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