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デフォルトモード・ネットワーク

新聞に「デフォルトモード・ネットワーク(DMN)」を紹介した記事が載っていました。DMNとは、安静にしているときや休息をしているときなど、特定の課題に集中していない「ぼーっとした状態」の脳内で行われているとされる活動だそうです。意外にもそういう状態の脳が良いアイデアや閃きを生むことがあるのだとか。

たしかに、散歩中に重要な閃きを得たというお話など、数学者や物理学者などの伝記によく出てくるエピソードです。つまりは、物事を集中して考えているときだけでなく、注意や関心をことさらに喚起されていないときの脳の状態にも大切な意義があるということですね。ここのところアテンション・エコノミー(注意経済)によって奪われる集中力の問題を考え続けてきたので、興味深く記事を読みました。

先日読んだ、ヨハン・ハリ氏の『奪われた集中力』には、こんなくだりがあります。

ケープコッドに逃避する前、ぼくは精神的な刺激が渦巻く中で生きていた。散歩に行く時は必ずポッドキャストを聞くか、電話をするかだった。店で二分も待たされようものなら、スマホを見るか本を読むかした。一分でも何の刺激も受けずにいることを考えるとパニックになった。他の人がそうしていないのを目にすると奇妙に感じた。(102ページ)

私もそうでした。電車やバスに乗っているときはもちろん、自宅近くのスーパーへ買い物に出かけるときなども、数分間何もせずにいるのが無駄に感じられたものです。SNSから降りる前にはタイムラインを追いかけていましたし、アテンション・エコノミーの問題を考え始めてからでさえ、寸暇を惜しんで語学の音声を聞いたりDuolingoをやったり、Quizletで単語を覚えたりしていました。

電車やバスでの長旅で、何もせずに六時間ただ窓の外を眺めている人を見ると、思わず身を寄せて言いたくなった。「お邪魔してすみません。ぼくに関係するわけじゃないんですが、ちょっと確認したいことがあって。生きていられる時間が限られていることに気づいてます? 時計は死に向かってカウントダウンしてますし、刻々と進んでいるんですよ。あなたが何もしないで過ごしたこの六時間は二度と戻ってこないんですよ? 死んだら、永遠に死ぬんですよ? おわかりでしょ?」(同:太字部分、原文では傍点)

いやもう、まさに私もこういう心性に染まっていました。何もせずに「ぼーっとした状態」でいることが、自他ともに許しがたいという……自分はともかく、他人に対してはまったくもって大きなお世話です。でもこの新聞記事によれば、そんな理詰め(論理的思考)のネットワークだけではなく、私たちの脳は「もうひとつの豊穣な世界」を内包することができるのです。

アテンション・エコノミーの問題を考え始めてから、私はスマートフォンからSNSはもちろん、動画や音楽などのアプリをすべて削除しました。さらに、老眼が進んで、スマホの画面を見るのにいちいち老眼鏡を取り出さなくてはならず、それが面倒なこともあって移動中にスマホを使う時間が減(らさざるを得なくな)りました。

でもDMNの観点からすれば、それもまたよしだったんですね。というわけで、これから移動中は積極的に「ぼんやり」しようと思います。……って、ああまた、理詰めで行動しようとしてる。考えるな、感じるんだ。




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