元プロ野球選手の長嶋茂雄氏が亡くなったあと数日して、東京新聞の朝刊に社説としてはめずらしい「いいわけ調」の文章が載っていました。「長嶋さんの訃報を大きく扱うことで、ほかのニュースをおろそかにしたわけではありません」。

「長嶋さんの記事ばかり」という反応がよほど多く寄せられたのでしょう。私も当日の新聞を読んでいて、全20ページのうち6ページに、しかもかなりの紙面を取っていたので、確かに「多いかな」とは感じました。とはいえ「長嶋さんの記事ばかり」というのは印象論です。20ページのうち6ページですから「ばかり」とは言えないでしょう。それを言うなら同日の読売新聞のほうが(当然ながら)「ばかり」でした。
ただ東京新聞は、中日ドラゴンズの親会社・中日新聞社が発行しているからなのか、スポーツ欄にけっこう力を入れているようです。日頃からプロスポーツだけでなく、アマチュアのさまざまなスポーツや、高校野球、さらには少年少女の野球にいたるまで、細かい記事が、それもかなりの紙面を取って載ります。
また、コロナ禍下で強行された東京五輪の際の、翼賛的な記事もいまだに忘れていません。とはいえ、これもまた自身の偏見による印象論なのかもしれません。なにせ私は、子供の頃からスポーツや体育が不得手で、野球やサッカーやその他の「競技」における、その「競う」こと自体もさることながら、そうしたホモソーシャルな、あるいは「男らしさ」を押しつけてくるような文化全体が苦手だからです。
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いまは心身の老化を恐れて定期的にジムへ通っていますが、これは一人で自分に向き合う時間ですから大丈夫なんです。でも小学生のころは野球をやっていない(野球ができない)男子は「いじめられっ子」確定でしたし、中学生や高校生のころに体育の授業でやらされたバスケやマラソンや機械体操はトラウマでしかありませんし、ブラック企業に勤めていたころ休日に招集(手当なし)されて参加を強要された業界の野球大会には怒りしか覚えません(いまならーーいや、当時も?ーー完全に違法ですね)。
というわけで、東京新聞における長嶋氏の報道に対して寄せられた「ばかり批判」にも共感できる部分があります。おそらくその方々も、私と同じくこの国におけるスポーツや体育、なかんずく野球というもののありかたについて、日頃から納得のいかなさを抱えておられるのでしょう。
そういう私のような人間にとってピッタリの題名が冠された新書を、時間つぶしに入った書店で偶然見つけました。中野慧氏の『文化系のための野球入門「野球部はクソ」を解剖する』です。私など、実際に声に出しては言わないものの、つねに「野球部はクソ」というか野球などクソ、いやスポーツ全体が……まあ、お下品なのでこれ以上の贅言は慎みますが、そう思っている人間なので「これは私に向けて書かれた本かしら」とうれしくなって購入したのです。
ただ、結論から言えばこの本は、上述したようなホモソーシャルな社会のありかた、体育やスポーツにおける「男らしさ」の強要などについてだけに斬り込んだものではありませんでした。それらも通奏低音としては流れている(たとえば戦前の軍人と戦後の野球選手との共通性など)ですが、メインになっているのは日本における野球の歴史(とても細かい日本野球史になっていて、これはこれで興味深いです)と、そこで醸し出されてきた独特の文化、その文化が現代にまでもたらしているある種の弊害、そしてその弊害に対する解決策や対案の提示、といった内容です。
その意味で、個人的には興味の方向が少し違っていました。それでもご自身はいわゆる「体育会系」の出身でありつつ、そうした体育会系文化を客観的な視点から分析されている点に、とても爽やかというか、こう言ってはちょっとエラそうで語弊もありますがとても「健全」なものを感じました。特に現在の全国高等学校野球選手権大会(春夏の甲子園)に対する具体的で厳しい批判はとても説得力があります。
また大相撲について、土俵は女人禁制などのルールが、実は明治以降に創作された伝統であること、スポーツメディアにおける技術論の手薄さについての批判などにも、大きく首肯させられるものがありました。私の妻は大相撲中継が好きでよく見ているのですが、私はそこに「解説者」として出てくる元力士たちの、あまりの言語の貧困さにいつも呆れているものですから。
おっと、体育やスポーツが不得手なあまり言葉が過ぎました。とまれ、「批評を通じてこの国の野球と社会をつなぎなおす」というこの本のカバー袖解説文にもあるように、「体育会系」に対する不毛な、そしてなかば感情的、印象論的な批判の応酬を止揚しようとする試みはとても新鮮ですし、真っ当なものだと感じました。東京新聞に「長嶋さんの記事ばかり」とクレームを寄せた方々にもおすすめです。
