ここ数年ほど、ネットへの常時接続と、それによって引き起こされるアテンション(注意喚起)の洪水から身を守ろうと、いや身だけでなく心あるいは精神をも守ろうと努力してきました。「努力」だなんて大げさな、と思われるでしょうか。でも優柔不断な私にとっては、ネットやそれにつながるデバイスからある程度まで自分を引き剥がすにはかなりの努力が必要でした。そしてその試みはいまも続いています。
そうした行動のきっかけのひとつになったのは、6年ほど前に偶然書店で見つけて読んだ、カル・ニューポート氏の『デジタル・ミニマリスト ―本当に大切なことに集中する―』でした。そしてその後も、アテンション・エコノミーやソーシャルメディアの問題、つまりはつねにネットにつながり続けることの問題について分析する本を、見つけるたびに片っ端から読んできました。
ところが最近、WirelessWire News に掲載されていたyomoyomo氏のこちらの記事を読んで、職場の図書館で借りて読んだニコラス・G・カー氏の『ネット・バカ』を読み、とても驚きました。なんともう15年も前に、今日のSNSのメタクソ化、GAFAMに代表されるネットテック企業による「クラウド封土」の問題が(もちろん言葉はそのままではありませんが)予見されています。そして何よりつねに注意を喚起されるネットへの接続が我々の脳に(ということは精神全体に、ひいては生き方の問題にまで)どれほどの悪影響を及ぼすのかを、膨大な先行研究や実験による知見などを踏まえて、わかりやすくまとめられているのです。

ネット・バカ ーインターネットがわたしたちの脳にしていることー
正直、これほど知的好奇心を刺激され、かつこれまでのネットの歴史を振り返ることができ、さらには今とこれからのネットとの付き合い方を考えさせてくれる本は、なかなかありません。yomoyomo氏によれば、かつてはニコラス・G・カー氏の著作に感情的な反発が寄せられたこともあるものの、今日ではあまり見られないのだそう。それだけこの『ネット・バカ』に先見の明があったということなのでしょう。yomoyomo氏はさらに……
ソーシャルメディア、特にソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)が利用者に害をもたらすことは、もはや常識、前提でしかない2025年の現在、カーの主張を反動視する人はいないでしょう。
……とまで述べられています。実は私、この本の存在は以前から知っていて気になってはいたのですが、手に取るまでには至っていませんでした。やっぱりこれは『ネット・バカ』という邦題に原因があるんじゃないかと、自分の怠慢を棚に上げつつ思います。キャッチーではあるけど、なんだかこう、ちょっと斜に構えた、ペダンチックな現代文明批評みたいな感じがしません? でも読んでみれば分かるように、これはきわめて真面目な(しかし抜群におもしろい)一冊なのです。
「訳者あとがき」によれば、『ネット・バカ』という邦題は、ニコラス・G・カー氏がこの本のベースとした2008年に『アトランティック』誌に掲載された論文のタイトル「Googleでわれわれはバカになりつつあるのか?(Is Google Making Us Stupid?)」を踏まえてのことだそうです。でも、これだけ広範な知識を学べる、いわばコンピュータとネットと脳神経科学の人類史とでも言えそうな内容の本のタイトルとしては、ちょっと失敗だったんじゃないかと思います。
ちなみに原題は、“The Shallows: What the Internet Is Doing to Our Brains”。この副題は邦題でも「インターネットが私たちの脳にしていること」と忠実に訳されています。“The Shallows”は「浅瀬」という意味で、「インターネットに頼ることによってわれわれの思考が陥るかもしれないと、カーの考える状態をたとえたもの」なんだそう。あえて意訳すれば「浅はかさ」という感じなんでしょうか。たしかに分かりにくい原題ではありますし、翻訳者や編集者の方々も熟慮の末にこの邦題にされたのでしょうけど……。
この本は、スタンリー・キューブリック監督の映画『二〇〇一年宇宙の旅』で第一章が始まり、エピローグでも再びこの映画が取り上げられて終わります。このエピローグが、なんとも印象的な、そして深く考えさせられる一文で終わっています。ネタバレになるのでここには引用しませんが、AIブームとも言える現代にこそふさわしい箴言ではなかろうかと本を閉じながらうなりました。
繰り返しますが、これはもう15年前に書かれた本なのです。その先見性にあらためて驚かざるを得ません。さらに、ここで述べられている問題や課題は、2025年の現在でもじゅうぶんに先鋭的な問題や課題なのです。わたしたちは15年間いったい何をしていたんだろう……と天を仰いでしまいます。さいわい、比較的古い本ということでネットの古本屋さんでは安価で流通しています。私もあらためて一冊、バリュー・ブックスで買い求めました。……って、思わず自分もアテンション・エコノミーのお先棒を担ぐようなことを書いてしまいました。でも、本当におすすめ。