先日、韓国の憲法裁判所が尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の罷免決定を言い渡した際、私はYouTubeでいくつかのライブ映像を同時並行的に見ていました。韓国の公共放送KBSと、日本語への同時通訳を行っていた日テレ、それにオーマイニュース日本特派員の朴哲鉉(パク・チョルヒョン)氏が解説されていたニコニコニュースです。
日テレの、同時通訳者による訳出はとてもわかりやすかった一方で、ポケトークのライブ通訳を利用した字幕は、解説の朴哲鉉氏が何度か「ツッコミ」を入れておられたように、かなり「しっちゃかめっちゃか」でした。やはりまだまだ実用性には乏しいのだなあ、というのが素直な感想でした。

実際のところ、「文字→文字」の機械翻訳はまだしも、「音声→音声」の機械通訳は、その実現がもうずいぶん前から喧伝されてきたわりには、進展がはかばかしくないように思います(今回のニコニコニュースは「音声→文字」です)。やはり人間の音声による発話というものには個人差と不確実性や冗長性がかなりあって、そうした要素をすべて克服するのは予想以上に難しいのかもしれません。誰もが声優やアナウンサーのように話すわけではないものね。
未来予測というものは難しい、というか、ほとんど当たらないというのが世の常です。それをさまざまなテクノロジーの発明という側面から過去の歴史に学ぶ、バーツラフ・シュミル氏の『Invention and Innovation:歴史に学ぶ「未来」のつくり方』を読みました。
この本では、①「歓迎されていたのに、迷惑な存在になった発明」として、有鉛ガソリン、殺虫剤のDDT、フロンガス、②「主流となるはずだったのに、当てがはずれた発明」として、飛行船、原子力発電、超音速航空機、そして③「待ちわびているのに、いまだに実現されない発明」として、真空高速輸送システム、窒素固定作物、核融合が、失敗した未来予測として紹介されています。

Invention and Innovation:歴史に学ぶ「未来」のつくり方
それぞれの発明・テクノロジーにまつわる技術史として読むのも非常におもしろかったですが、特に結論としてまとめられている最終章がとても示唆に富むものでした。たとえば、イノベーションが指数関数的に加速化する(いちばん有名なものでは、たとえばコンピュータチップの性能が2年ごとに2倍になるという「ムーアの法則」)とか、AIが指数関数的に「進化」してシンギュラリティを迎えるなどというのは、いずれも根拠があやふやだとこの本では述べられています。
日々そういう報道や宣伝に踊らされている私たちには、にわかには信じられないかもしれません。でもこの本で説明されている例でひとつ挙げれば、最先端の半導体では回路の線幅が2ナノメートルにいたっているものの、ケイ素(シリコン)原子の直径が約0.2ナノメートルであることを考えると、いずれ物理的限界が訪れるというのです。なるほど、確かに。つまりムーアの法則も永遠には続かないということですね。
そうやっていったん冷静になってみると、これまで報道や宣伝に踊らされてきたいろいろなものにも懐疑の目を向けることができるようになります。たとえば、かの「メタバース」はどうなったんでしたっけ? 第5世代移動通信システム(5G)で夢のような高速通信環境ができると騒がれていたけど現状は? コロナ禍を奇貨としてもてはやされたオンライン授業の顛末は? レベル5の自動運転車は本当に普及するの? そして上述の自動通訳もまたしかり。
時あたかもAIブームです。官民挙げて騒いでいる昨今、AIを否定的に捉えれば、ラッダイト運動になぞらえられて「時代遅れ」のレッテルを貼られるのではないかと、口をつぐんでしまいそう。でも、本当にAIの能力が今後も指数関数的に伸びていくのかどうかは誰にもわかりません。そして私は、いくつかの生成AIサービスを(一部は課金もして)を使ってきてみた結果、これは距離を置いたほうがよいと思うようになりました。
プログラミングなど、自分がまったく知らない世界ではとても有望なテクノロジーなのかもしれません。またAIによって、社会全体の利便性が向上するのであれば、それも素晴らしいことだと思います。でも私自身は、少なくとも自分の暮らしと仕事の範囲においては、これからもAIには頼らず、自分で本を読み、文章を書き、仕事を進め、人間や社会とつながっていこうと思います。もちろん、自分の気づかないところでAIによる成果の恩恵を受けていることはあるんでしょうけれども。
それにそもそも、そんな夢のような未来を私たちは本当に欲しているのか。この点についても、ひとりひとりが、報道や宣伝に踊らされず、いったん深呼吸したうえで冷静に考えてみるべきです。バーツラフ・シュミル氏はこのように言っています。
望ましくない、あるいは屈辱的な現実を改善するには、なにも輝かしい発明など要らない。そうではなく、すでによく知られている信頼の置ける手法・技術・手順を、決然と広めていくしかないのだ。(251ページ)
この本を読むとよく分かるのですが、私たちの現在の快適な暮らしを成り立たせているもの、そのベースとなっているものは、そのほとんどが「すでによく知られている信頼の置ける手法・技術・手順」なんですね。半導体の「進化」と、それにともなうエレクトロニクス製品の普及によって、それらがより洗練され、効率的になったことは確かですが、それは人間の暮らしを成り立たせている本質的な要素ではないことに自覚的であるべきです。どんなにコンピュータの性能が上がり、AIが私たちの代わりに考えてくれるとしても、私たちは私たちでこれからも、呼吸し、食べ、排泄する生身の人間として生きていくしかないのですから。
食料が絶え間なく供給されなければ、みなさんは生きていくことができないが、インスタグラムやティックトックがこの世から突然消えてしまっても、同じ地球に暮らす数億もの人たちは気づきもしないだろう。(229ページ)
思わず快哉を叫んだ一節です。そういえば、先日読んだボブ・ブラック氏の『労働廃絶論』で、その翻訳を担当されているホモ・ネーモ氏こと久保一真氏の「解説文」(太っ腹なことに無料公開されています。)にもこんなくだりがありました。
「二〇四五年にシンギュラリティがやってきてAIが人間を超える」といったレイ・カーツワイルやイーロン・マスク、落合陽一のような人たちが煽り立てている夢物語は、ノストラダムスの大予言くらいの真剣度で受け止めるべきなのだ。(92ページ)
qianchong.hatenablog.com
まずは落ち着こうということですね。そして歴史に学び、報道や宣伝に踊らされることなく、ひとりひとりの「いまとこれから」を考えようと。この本は「日の下に新しきものなし」という言葉(旧約聖書の言葉だそうです)で締めくくられるのですが、なかなかに深い哲理を含んでいると思います。