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『MOCT』と『もうひとつの昭和』

中学生のころ、無線に興味を持ってアマチュア無線技士の資格を取りました。電話級といういちばん易しい資格でしたが、無線機を買うお金もなかったので無線局を開局することはあきらめました。その後高校でアマチュア無線部に出入りするようになって、そのクラブ局で初めて無線通信を体験しました。一定時間でできるだけ多くの無線局と通信することを競う「アワード」に徹夜で参加したこともうっすらと覚えています。

そのころ、もうひとつ夢中になっていたのがラジオで気象情報を聞いて天気図を作ることと、海外のラジオ局、とくに北京放送やモスクワ放送などの日本語放送を聴くことでした。たしか短波ラジオでなくても中波で聞けたはず。モスクワ放送のオープニングでかかるどこか寂しげな音楽がかすかに記憶に残っています。『モスクワ郊外の夕べ』だったような気もしますが、後年の記憶とごっちゃになっているかもしれません。

でも何事も飽きやすい性格なので、アマチュア無線も天気図作りも日本語放送の聴取もほどなくやめてしまいました。周囲の友人はモスクワ放送などに受信レポートを送ってベリカードを集めたりしていましたが、私はそこまでハマることはありませんでした。

そのモスクワ放送で日本語番組を担当していた日本人や、そこに連なる人々に取材した青島顕氏の『MOCT「ソ連」を伝えたモスクワ放送の日本人』を読みました。第二次世界大戦から戦後の冷戦、さらにはソ連崩壊から今日のロシアによるウクライナ戦争にいたるまで、こうした歴史のなかでモスクワ放送に関わることになった人々の人生を丹念に追った一冊です。


MOCT 「ソ連」を伝えたモスクワ放送の日本人

そうした人々の物語もさることながら、私はこの本を読みながらずっと、言語を学ぶこと、つまり語学とはなんと奥の深いものであることかという思いが頭を離れませんでした。この本に登場する人々はそれぞれにロシア語という言語との関わりがあり、その言語を学んで使うことができたがゆえに、激動の歴史と政治の波の中でときに人生の喜びを見出したこともあれば、ときに翻弄されることにもなった人生であったわけです。

以前、黒田龍之介氏の『ロシア語だけの青春』で知った「ミール・ロシア語研究所」の授業風景や関係者のお話も出てきます。黒田氏のご本を読んだときにも思ったことですが、語学はここまでしなければ身につかない、ここまでする気がなければ語学はあきらめるべき、端的に申し上げて「語学を舐めるな」と言われているみたいでした。AIによる機械翻訳や機械通訳さえ実現しつつあるこんにち、おそらく学生さんたちからは「いったい何を言っているのか」とおよそ理解してはもらえないでしょうけど。

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もう一冊、知人のロシア語と英語の通訳者さんに紹介された、香取俊介氏の『もうひとつの昭和 NHK海外放送受信部の人びと』という本も古本屋さんで見つけて読みました。『MOCT』が発信する側に関わった人々の人生を追ったものであるのに対して、こちらはそれを受信する側の人々の人生を追ったものです。


もうひとつの昭和 NHK外国放送受信部の人びと

この本は、NHKの海外放送受信部(現在はすでに廃止されているそうです)に関わっていた人々の、その前史となる人生を掘り起こしたものです。つまりそうした人生の前提があって後年NHKの海外放送受信部に関わることになったという人々の群像を描いているわけですが、ここにも当然のことながら、言語・語学の存在が大きく関わってきます。それも戦争の時代が大きくからんでいるとなれば、諜報、防諜、情報収集、プロパガンダに語学が動員され、それを通して関わる人々の人生を想像もしなかった方向に連れて行くのです。

この本に登場するいずれの人生も、その数奇さにただただ圧倒されるばかりでしたが、なかでもルーマニアベッサラビアとロシア、そして日本という三つの国の歴史に関わりながら生きた、野村タチヤーナ氏のお話には深く考えさせられるものがありました。

特に、第二次世界大戦時にリトアニア領事として多くのユダヤ人にビザを発給したことで知られる杉原千畝に対する評価が、これまで喧伝されてきたものとは大きく異なる点に驚きました。そしてその理由がまた……私のようなものの憶測を差し挟むのは慎むべきですが、少なくとも私は「さもありなん」という心証を抱きました。この本はまだネットの古本屋さんでも手に入れることができるようですから、興味のある方はぜひご一読を。

この『もうひとつの昭和』は、最終章だけ少し雰囲気が変わっています。現在の(本書刊行時点での)NHKに対する批判、とくに公共放送としてのスタンスや真っ当なジャーナリズムのありよう、さらには日本の企業文化・企業風土におけるいわゆる「語学屋さん」に対しての冷遇ぶりなどを、かなり顔を紅潮させたかのような筆致で論じています。

その言語を使うことができたがゆえに、歴史に翻弄された人々。そうした人々の想いや無念までをも引き取ったうえでNHKや日本社会に対してなされている批判に、私はひそかに同意するものです。




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