以下の内容はhttps://qianchong.hatenablog.comより取得しました。


平穏な死にかたについて「ぼちぼち」考える

一年間の時をはさんで、母親と父親が亡くなりました。いずれも平均寿命以上に長生きし、かつ長らく病を患っていたこともあって覚悟はできていたため、それ自体は淡々と受け入れている自分がいます。ただ母親も父親も、最期は病院のベッドでたくさんの管に繋がれて、時には拘束も受けながら、おそらく決して楽とはいえないであろう(傍観者の想像でしかありませんが)往生のしかたをしました。

それで「じゃあ自分はどう死ぬのか」いや「どう死にたいのか」について、今まで以上に考えるようになりました。ということで、とくに終末期の医療のあり方について、さまざまな本を片っ端から読んでいます。その多くが、もし自分が望まない延命治療を受けたくないのであれば、「病院に行くな」と繰り返し強調しています。例えば久坂部羊氏の『人はどう死ぬのか』。

当たり前の話ですが、自宅にいれば悲惨な延命治療を受ける心配はありません。だから、ぜったいに悲惨な延命治療を受けたくないと言うのであれば、助かる見込みがあっても病院に行かない覚悟が必要です。(37ページ)


人はどう死ぬのか

しかし、これを実行するためには、かなり用意周到な準備が必要だと思います。在宅診療が受けられる環境整備と、それをサポートしてくださる医師、それになにより、家族を含めた周囲の理解が欠かせません。

父親は最期まで自宅に戻りたがっていましたが、入院してしまうとそれはかなり難しくなります。医師としても死の責任を負わせられたくないからです。父親の場合は自宅で吐いて倒れたため、妹が救急車を呼びました。妹は精一杯の対応をしたと思いますし、それをどうこう評するような気持ちはもちろん毛頭ありません。私だってその状況に直面したら救急車を呼ぶでしょう。でも上掲書はこう戒めています。

冷静に考えれば理解していただけると思いますが、ふだんから心の準備をしていないと、救急車を呼ばない状況に耐えるのがむずかしくなります。だから、つい救急車を呼んでしまう。それは倒れているお年寄りのためでなはく、不安に耐えられない家族が自分の安心のために呼んでいるのです。(200ページ)

終末期を病院で苦しむことになる「死に方」の対局にあるものとして、自宅あるいはそれに類似した施設における「平穏死」という考え方があります。この言葉の嚆矢となった石飛幸三氏の『「平穏死」のすすめ』も読みました。この本が世に問われてから15年あまり、医療や介護の実態と人々の意識は変化しているのだろうかーー両親の最期と引き比べながらそんなことを考えます。

また中村仁一氏のその名もズバリ『大往生したけりゃ医療とかかわるな』も読みました。この本は、実は四年ほど前にも読んでいたのですが、今回読み返してみて、その内容を殆ど覚えていなかったことにショックを受けました。それだけ「死」というものが、とりわけ自分が「どう死にたいのか」について、いまほど真剣に捉えていなかったのだと思います。


大往生したけりゃ医療とかかわるな 「自然死」のすすめ

そして、石飛氏と中村氏の二冊を受けて書かれた、長尾和宏氏の『「平穏死」10の条件』も読みました。そこにはこう書かれています。

「自分はどこで死にたいか」とか「家族をどこで看取りたいか」はとても重要な決断です。しかし、それすら他人にお任せの人がとても多いのです。まさに、「死の外注化」。この言葉が浮かびました。いちばん大切なはずの「最期のとき」が医療者にお任せになっているのが現代日本人。多くの家庭はつねに傍観者の立場に留まり、身近な人の死に直接かかわろうとはしません。(57ページ)


「平穏死」10の条件

いや、ほんとうに耳が痛いです。私はこの本で「平穏死」「自然死」と「尊厳死」の近似性、加えて「尊厳死」が「安楽死」とはまったく別の概念であることも改めて知りました。そこからかよ、と突っ込まれるかもしれませんが、いろいろ考えて「自分が死ぬときにはムダな延命治療はしないで」などと家族にも言っていた自分にして、この体たらくです。先ず隗より始めよ。いわゆる「リビング・ウィル」をもう一度きちんと考えておくために、日本尊厳死協会のHPから資料の請求をしてみました。
songenshi-kyokai.or.jp
ただ、自分のこの先がどう転がっていくのかについては、当たり前ですけどよく分かりません。それに何ごとも「頭でっかち」で考えていると、往々にしてその通りには行かないのが常であることも、これまでの人生で少しは分かってきたつもりです。長尾氏の本には、こうも書いてありました。

長く在宅療養を続けられている介護者をよく観察すると、いい感じに肩の力が抜けている方が多いように思います。何もかも自分ができる、自分でやらなきゃ駄目だ、とは思っていません。そして、医師や薬を盲信していません。必要、不必要をきちんと主張し、借りられる手は躊躇なく借り、不要だと思うことは拒否する。(206ページ)

「まあまあ、ぼちぼち、だんだん」と、平穏死へ至る過程を模索していくべきと長尾氏はおっしゃっています。長尾氏は兵庫で医療を行っておられるそうですが、私も小学生まではほぼ大阪で過ごしたので「ぼちぼち」に込められているある種の「ええかげんさ」と、そこに通底する一種の「諦念」みたいなものは何となく分かります。

ぼちぼち、考えていきたいと思います。

「ぬい活」と「終活」

先日新聞で、住生活ジャーナリストの藤原千秋氏が寄稿されていた「マスコット」についてのコラムを読みました(東京新聞2月21日朝刊「住箱のスミ」)。駅の階段を上っているとき、前の人のリュックに小さなぬいぐるみのマスコットがいくつか揺れているのを見つけ、その人が中高生などではなく会社員風の「おじさん」であることに驚いたものの、娘さんにそのことを話したら「で、何が悪いの?」「平和じゃん」と返された、というお話です。

平和ですよね。私が職場で出会う外国人留学生も、多くの人がリュックやカバンにマスコットをつけています。好きなマンガやアニメのキャラクターはもちろん、クレーンゲームやガチャガチャで手に入れたとか、旅行先で見つけた「ご当地ゆるキャラ」とか、さらにはラーメンとか和菓子とか、「キャラ」ですらないものも。新しいマスコットがついているのを見つけるたび、カワイイね〜、でしょう〜、みたいなのが挨拶代わりになっています。

現代日本のサブカルならではの現象に見えるこうしたマスコットの増殖ですが、上述した藤原氏のコラムではその「源流」を江戸時代に流行した「根付(ねつけ)」に求めてらして、ああなるほど! と膝を打ちました。日本の人々のキャラ好き、というかこうした「ちっちゃいものを愛でる文化」みたいなものは、筋金入りなんですね。私も、例えば東京国立博物館の「高松宮コレクション」など、時間を忘れて見入ってしまいます。

https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=7748

「ぬい活」という言葉もよく聞くようになりました。旅行先に小さなぬいぐるみを持参して風景と一緒に写真を撮る*1、みたいなのはけっこう昔からあったと思いますけど、最近では大量のぬいぐるみをテーマパークに持ち込む人が出現し、マナー問題に発展しているというニュースにも接したことがあります。

www.bengo4.com

妻も私もリュックにマスコットをぶら下げることはしないものの、ぬいぐるみ自体はわりと好きで、もうずいぶん前から自宅の書棚にいくつかの小さなぬいぐるみが並んでいました。ただ、ふたりとも「ぬい活」ならぬ「終活」を考える歳にいたって、「これ、どうしようか」と話すことが何度かありました。ぬいぐるみって、そのまま捨てるには忍びない独特のオーラを帯びているんですよね。

私は「あなたが先に死んだらお棺に入れてあげる」と言ったのですが、妻はそれもどうかと言って、ぬいぐるみを寄付することができるNPO法人を見つけてきました。それで先日、長年書棚に鎮座していたぬいぐるみたちを送り出しました。なんとなく寂しかったですけど、その一方でどこかホッとしている自分を見出したのでした。
monodone.com

*1:「ぬい撮り」という言葉もあるそうです。

『ボンボンものがたり』を手に入れる

ついにこの瞬間がやってきました。インターネット上に文字通り何度も投網を投げるようにして探すもいっかな見つけることができなかった『ボンボンものがたり』(永井明・作/長新太・絵、理論社、1969年)を手に入れたのです。

子どもの頃に移動図書館で借りて読んで強い印象が残り、その後も折に触れては思い出していたため、長い間「もう一度読んでみたい」と思っていました。それで「復刊ドットコム」に復刊のリクエストを送り、「日本の古本屋」で探求書の登録を行って、どなたかが蔵書を処分されて古書市場に出回ったら、メールでお知らせが来るようにしてありました。

それでも十年近く何の音沙汰もなく、やっぱり国立国会図書館に行くしかないかと思っていたら、同館のデジタルアーカイブになっていることを発見しました。とはいえやっぱり紙のページをめくる手触りや本の厚みや重さなどを感じながら読みたいと、近場で蔵書のある東京都立多摩図書館まで読みに行ったのが昨年の暮れのこと。
qianchong.hatenablog.com
それが昨夜、メルカリからのメールを見てびっくり。保存しておいた「検索条件」に『ボンボンものがたり』が引っかかっていたのです。このメールは毎晩送られてくるのですが、ここ数年ずっと宮部みゆき氏の『ぼんぼん採句』や星新一氏の『ボンボンと悪魔』、角川つばさ文庫の『魔女犬ボンボン』、さらに最近は流行している「ボンボンドロップシール」ばかりがヒットしていました。

さっそく購入させていただきました。届くのが楽しみです。最近は残り少ない人生を見据えて断捨離を行いつつあるところですから、本来ならこんな物欲に心を支配されている場合ではないのですが、この本だけはちょっと別格なのです。

でもまあ、手元に置き、何度も読み返して十分に堪能したら、私もまたインターネット上に放流しようかな。復刊ドットコムにはたくさんのリクエストが寄せられていましたし、もう一度この本を手にしたいと思ってらっしゃる方は多いでしょうから。

「老い」と「死」への準備

先日、駅のホームに、スマートフォンを片手に話しながら歩いている年配の男性がいました。六十歳代後半とお見うけしたその男性はあまりに大声なので、こちらにも話の内容が聞こえてきます。「◯◯社の株を3000買ってくれ。それから◯◯銀行に1000万振り込んでくれ……」。仕手筋よろしく、その男性は電話の相手に向かって次々に指示を出していました。

私はたまたまその男性と同じ方向に向かって歩いていたので、つごう2〜3分くらいはそんな巨額のお金が動く話を聞かされていたでしょうか。改札を出て、駅前の横断歩道で信号待ちをしているときに、斜め前に立ったその男性のスマホ画面がちらっと見えました。YouTubeのホーム画面でした。

あの男性の行動が精神的な疾患なのか、あるいは認知症なのかは分かりません。信号が青に変わり、なおもYouTubeに向かって声高に指示を続けながら遠ざかっていく男性を見やりつつ、私は最近読んだ久坂部羊氏の『人はどう老いるのか』*1で紹介されていた、さまざまなタイプの認知症患者が見せる「行動の型」を思い出していました。


人はどう老いるのか

ここでいう「型」は認知症の種類(アルツハイマー型・血管性・レビー小体型・前頭側頭型など)のことではなく、おそらくはその人のこれまでの人生や性格、とりまく環境など様々な要素によってまちまちに発現するのであろうと考えられている、「多幸型」「不機嫌型」「怒り型」「泣き型」「情緒不安定型」「意地悪型」……といった行動タイプ、あるいは行動パターンのことです。

「人は、それまで生きてきたように死んでいく」という言葉があって、私はそれに加えて「人は、それまで生きてきたように老いていく」ものだとも思います。長年積み上げてきた生き方の行く先にそれぞれの「老い」や「死」があるわけで、まるで人が変わってしまったかのように思える認知症であっても、その「型」にはその人のそれまでの生き方が反映されるのかもしれません。

gendai.media

あの男性の行動は、かつてのプライドが失われた結果なのだろうか、自分が社会にとっていまだ重要な存在であると認めさせたいのだろうか、巨額のお金を動かせる自分という「妄想」にふけることが救いなのだろうか……そうやって詮索すること自体たいへん失礼だとは思いながらも、自分ともそう歳の離れていない男性の行動に、悲哀とも憐憫ともつかない複雑な気持ちが残りました。

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この一年のあいだに両親が相次いで亡くなり、遅ればせながら自分もみずからの「老い」と、その先にある「死」についてよく考えるようになりました。ただ、正直にいえば私は、「死」のほうはそんなに恐れていません。若い頃からのいろいろな夢や願望はあまり実現しなかったし、いわゆる「黒歴史」も満載だったけれど、不思議にそれほど悔しくはないというか、「まあこんなものかな」とこれまでの人生にそれなりに満足している自分がいます。だから近々自分に死が訪れたとしても、それはそれで受け入れられるような気がします(その時になったらジタバタするかもしれませんが)。

ただし恐れているのは、認知症のような形でまわりの人たちを巻き込んでしまうような状態になること、あるいは医療の進歩によって、たくさんの管につながれながら死ぬに死ねない状態で長い時間を過ごすことです。先日亡くなった父親は認知症にこそ至りませんでしたが、病院のベッドで苦しい状態を一定期間過ごすことになりました。ただ、認知症については上掲した久坂部羊氏の『人はどう老いるのか』にこんな記述があります。

私は医療や介護の現場で多くの認知症の患者さんを診てきましたが、認知症になってそのことを悔やんでいる人は一人もいませんでした。認知症になりかけの人で、将来を恐れる人は何人かいましたが、認知症になりきってしまえば、不安も忌避感もまったく消えてしまいます。
すなわち、認知症に対する恐怖や不安は、認知症になりきっていない人の感覚ということになります。(88ページ)

なるほど、そうなのかもしれません。「老い」は誰にでもやってきます。そして認知症の予防や治療が現段階では不可能であることを考えれば、不安や忌避感を持つよりも、なかば認知症に至ることを前提として、自分の「老い方」を考えておくほうがよいのかもしれません。久坂部氏は、老いれば誰でも当たり前に直面する不具合や不如意が、医療の進歩によって寿命が伸びることで顕在化したのが認知症であるというような書き方をされています。

そして「老い方」とともに「死に方」も。私は死をそれほど恐れていないものの、病院のベッドで悲惨な延命治療を受け続けるのだけは避けたいです。それは両親の最期を見てつくづく思いました。私たち家族は「延命治療は要りません」と意思表示をしていても、いったん病院に入ってしまえば医師や看護師だってお仕事ですし、あらぬ非難を受けないためにもそれ相応の処置をしてくださいます。

でもそれは結果としては「死ぬに死ねない状態」で、苦しい状態を一定期間過ごすことになる。じゃあどうするのか。認知症に至ったら、がんになったらどう対応するのか、在宅死を選ぶためには……自分でよくよく考え、さらに周囲の人たちにも自分の意志を伝えておくなど、じゅうぶんな準備をしておく必要がありそうです。

*1:このほかに、同じ久坂部羊氏の『人はどう死ぬのか』と『人はどう悩むのか』、さらに『医療幻想』は、いずれも「老い」と「死」に対する準備をするうえでとても参考になります。

運命と呼んでもいいですか

普通二輪の教習を受けに行ったときのこと、教習所のロビーで待機していたら、SHISHAMOの「運命と呼んでもいいですか」がかかっていました。このロビーでは、いつもスペースシャワーTVのミュージックビデオが流れているのです。いい曲だなあと思って曲名をメモしたのが、三週間ほど前のこと。


www.youtube.com

その後、父親の葬儀などでバタバタした日々があって、ようやく落ち着いた先日、かねてから気になっていた自宅にほど近い古書店を訪ねました。この古書店はGoogle Mapで偶然見つけたもので、なぜこんな住宅街にぽつんと一軒だけ古書店が? というような立地です。行ってみて初めて分かったのですが、ここは詩歌の本を中心に作っている「七月堂」という小さな出版社が経営しているお店のようでした。

note.com

ゆっくり書棚を見て回っていたら、『限りある時間の使い方』という、今の自分に響くタイトルの本がありました。相次いだ両親の死で、遠からず自分にも訪れるその時をよく考えるからです。買おうかなとも思ったものの、その場で区立図書館のホームページを検索したら、すぐに借りられる状態で蔵書があったので予約を入れました(七月堂さん、ごめんなさい)。それが三日前のこと。

そして昨日。ブックマークしておいた「運命と呼んでもいいですか」のYouTube動画を見ていたら、途中のシーンで俳優さんの後ろにある書棚に『限りある時間の使い方』が写っていました。しかも手前の書棚には「詩集(古本)」という表示が……って、これ、七月堂の店内じゃないですか。

ただの偶然といえば、まあそうなんでしょうけど、ときどき起こるこうした「シンクロニシティ」はほんとうに不思議です。私は神も仏も信じていない無神論者ですが、人生のふしぶしで起こるこうした不思議なつながりーー仮にそれを「ご縁」とでも呼びましょうーーには、なにか大切なものがあるように感じています。

「ご縁」は、中国語では“緣份(yuánfèn)”、英語なら……“destiny(運命)”と呼んでもいいですか。やっぱりもう一度七月堂さんに行って、あの本を買ってこようかな。

親の葬儀に際して思ったこと

親が亡くなった後の諸手続き……の前段階、葬儀についても備忘録的に書いておくことにします。とはいえ、私は私の家系の最後の一人*1なので、これからは妻をのぞいて他に誰の葬儀を自分の手で行うこともないんですけど*2

通夜と葬儀

父親は、先に亡くなった母親の分も含めて二人分の葬祭費を、「互助会」みたいなものを運営している業者に積み立てていました。自分が死んだらその互助会に連絡するよう書き残していたので、実家の近くに住んでいる妹が連絡して葬祭場に遺体を安置することに。私が東京から駆けつけたときにはすでに手筈が整えられ、線香が手向けられていました。

亡くなるまで何かと面倒を見ていた妹が喪主を務めるべきだと私は思ったのですが、妹が固辞するので私が喪主になり、葬祭場と打ち合わせをします。通夜や葬儀のスケジュールもさることながら、ここでいちばん大変なのはさまざまな「オプション」を選ぶことです。義父が亡くなったときにも経験しましたが、互助会に葬祭費を積み立てていたんだから、もうそれ以上費用はかからないと思ったら大間違いで、葬祭場側だって「商売」ですから、ここでなるべく利益を上げようとします。

通夜や葬儀を行う部屋の大小に始まり、祭壇の構成、遺影写真とフレームのデザイン、供花の数と規模、納棺前の湯灌の有無、「死装束」の選択、棺桶と骨壺の選択、「棺掛け」(出棺時、棺桶に掛ける袈裟)の選択、お斎(おとき:葬儀後にふるまう食事)の選択……その他もろもろ、さまざまな選択を迫られます。

ここで大切なのは、オプションの選択に関わる人間をできるだけ少なくすることです。こう言っちゃなんですが、遠い親戚のおばさんやおじさんなんかが関わってくると、たいがい「それじゃお父さんが可哀想なんじゃない?」とか口を挟んで、オプションの金額がどんどん跳ね上がって行くことになります。

私自身は無宗教・無信仰で、豪華なオプションは一切いらないし、それどころか通夜も葬儀もいらなくて火葬場に直行でもいいという人間ですが、いくら喪主だからといってそこまで「過激」なことはできず、結局は妹の意見も入れつつシンプルかつ無難な選択をしました。それでも積み立てていた葬祭費にプラスして決して少なくない出費(数十万円)がかかりました。

そのうち大きいのは葬祭場のスタッフの人件費です。みなさんとても親切かつ丁寧ですが、私は正直に言ってそんなにいらないと思いました。特に通夜や葬儀にデフォルトでセットされている司会者や出棺の時に鳴り物を鳴らすような演出(地方によって違いがあると思います)。あと、湯灌(遺体を専用の浴槽で清める儀式)もけっこうな出費になって、私はいらないと思っていましたが、けっきょく遠い親戚の「圧」が勝ちました。

それから読経をしてくださるお坊さんへのお布施。私は特に仏教に帰依しているわけでもないので「お寺さん関係」もまったく不要なのですが、父親はけっこうこだわっていたので、これは菩提寺にお願いしました。このお寺は浄土真宗本願寺派なのですが、知人に聞いた話では宗派によって、また個々のお寺によってもお布施の「相場」はかなり違っているんだそうです。

現在は葬儀の際に初七日の法要も一緒に済ませてしまうパターンが多いようですが、今回は葬儀のお布施、初七日のお布施に加えて、「御膳料」と「御車代」も包みました。これもしめて数十万円。こんな時にお金の額をうんぬんするのもどうかと思われる向きもありましょうけど、私個人の考えはハッキリしています。すべて観念の世界のお話で、実質的な意義はほとんどないと思います*3。今回は「世間の常識」に従いましたけど、私自身が死ぬときは一切不要です。通夜も葬儀も位牌も戒名も墓所も。死んだら即火葬でおしまい。散骨さえいりません。

https://www.irasutoya.com/2016/09/blog-post_940.html

火葬

その火葬ですが、現在の日本では火葬が実質上義務化されており、また火葬許可証とか埋葬許可証なども法律で規定されているので、これだけは省略できませんし、いかな私とてここに意見は差し挟みません。ということで北九州市営の火葬場へ。一年前に母親もここで荼毘に付しましたから、手順にはもう慣れています。

全国の火葬場が同じではないでしょうけど、ここの火葬場では最後に炉に点火するボタンを遺族が押すことになっていて、母親の時も今回の父親の時も、妹は「ようせん(できない)」と言うので、私が押しました。1時間半ほど控室で待機していると、呼び出しのアナウンスがあって収骨、つまり遺骨を骨壺に入れる儀式に臨みます。

これも地方によって差はあるでしょうけど、北九州市の場合は火葬場職員の指示に従って動くだけです。職員が骨の部位(?)を解説してくれながら、骨壺のそばに骨を置いていくので、われわれ遺族はそれを箸で取り上げて骨壺に移します。箸は二本の長さが異なる竹箸で、どうして長さが違うのか聞いたら「突然のことで箸の準備が間に合わなかった」ことを示すためだそう。揃った箸だと、まるで死ぬのを予想していたみたいだと。へええ。

足から順番に骨を拾って、最後に喉仏を置いて頭蓋骨で蓋をするようにして、骨壺を閉じます。すべての骨は骨壺に入り切らないので、残った骨は火葬場で処分してくれます。ここで重要なのは、後日納骨する際に役所から発行された埋葬許可証が必要で、万一失くすと再発行がかなり難しいため、骨壺を収める木箱に一緒に入れておくよう勧められました。


https://www.irasutoya.com/2014/11/blog-post_49.html

その後のこと

これで葬儀と初七日の法要は済みました。このあとは四十九日とか初盆とか一周忌とかが続くわけですが、妹と相談して納骨だけ済ませれば後はもういいかな、ということになりました。菩提寺にその都度何万円も何十万円も払わなくても、自分たちで故人を偲んでお墓に花を手向けたり、親族で集まって食事をしたり、そういうことにお金を使おうよと。私ほど「過激」ではありませんが、妹もけっこうそういうところはさばさばしているのです。

納骨をしたその先には、早晩「墓じまい」も考えなくてはなりません。どのみち私を最後にお墓を管理する人はいなくなってしまうのですから。以前はどこかのお寺の合葬墓にでも……と考えていましたが、これもけっこうなお金がかかるんですよね。公営の合葬墓を検討してみようかなと思っています。

日本では人が亡くなると、基本的には仏教の枠組みで物事が進むのがデフォルトですが、妹も私も、必ずしもそれに従わなくてもいいのではないか、という考えです。このように宗教的な価値観・世界観への関心が薄いのは、妹も私も、子どもの頃から母親が傾倒していたとあるカルト宗教の価値観に引きずられて育った、いわゆる「宗教二世」であるからかもしれません。

qianchong.hatenablog.com

*1:私は家系とか、ましてや家父長制の元での氏(姓)の統一とか、あまり重きを置きたくないという考えの人間ですが、後述する「墓じまい」も含めて最小限の責任は果たす必要があるかなとは思っています。

*2:もちろん私が先に死ぬ可能性だってじゅうぶんにありますが。

*3:「ほとんど」というのは、人によっては宗教的な弔いにまつわるさまざまな行為や出費が心の安寧につながることはあると思うからです。ですから人さまがそうしたことを追求するのは(当たり前ですけど)自由だと思います。

親が亡くなったあとの手続き

父親が急逝したので北九州市に一週間ほど帰省していました。昨年母親が亡くなり、ちょうど一年が経って今度は父親でしたが、いずれも長らく病を患っていたため覚悟はできていました。というわけで、葬儀は身内だけで淡々と進めました。

荼毘に付してからが今回の帰省の「本番」です。父親は、おそらくもう少しは命が続くと予想していたのでしょう、自分が死んだあとのことをほとんど何も託してくれていませんでした。それで実家のそれと思しき場所を探して、大量の書類の中から今回の死去に伴う諸々の手続きに必要なものを「発掘」しました。それらを延々と仕分けしたのち、とりあえず死去に伴う諸手続きと財産の相続手続きを始めました。

行政関係の手続き

北九州市には「おくやみコーナー」という、区役所で必要となる手続き一覧の作成や申請書の記入サポート、窓口の案内をしてくれる部署があります。相談時間をネットで予約して区役所へ。年金、保険、納税等の関係部署をあちこち回って、とりあえず手続きは終了しました。

手続きは意外にスムーズでしたが、部署によっては担当職員が「あれ?」とか「どうだったかな?」とこちらが不安になるようなことをおっしゃるのと、なにがしかの還付がある時の振込先(つまり私の銀行口座)について預貯金通帳がデフォルトで求められるのが謎でした。私はネットバンキングしかやっていないので、通帳はないんです。仕方がないので口座情報をコンビニでプリントアウトして持参しました。

あともうひとつ、これだけマイナンバーカードを推しているのに、こういうときの横の連携はまだほとんどできていないんだな、という印象。さらに、行政の手続きはまだほとんどが紙ベースなんだなというのも。まあこれはこれからの課題で、ひとつひとつ合理的になっていくのでしょう。

行政関係以外の手続き

行政以外の手続きもたくさんあります。ライフライン(上下水道・電気・ガス)の解約、電話(固定電話と携帯電話)の解約、インターネット(Wi-Fi)の解約、NHKの解約、火災保険や地震保険や自動車保険の解約、自動車の廃車手続き、各種クレジットカード(5枚ありました)の解約と残債の支払い、葬儀代金の支払い、最後に入っていた病院の医療費支払い、生命保険とがん保険の請求……。

これも会社によってウェブサイトから簡単にできるもの、電話しか受けつけてくれないもの、書類をFAXで(!)送れ*1というもの、現場での立ち会いが必要なもの、折り返し電話がかかってくるもの、受けつけたあと紙の書類が送られてくるので記入の上返送が必要なもの……とさまざまです。コールセンターもすぐに繋がるところもあれば、なるべく自動音声に誘導しようとしてオペレーターになかなか繋がらないところもあるなど、これまたさまざま。焦らず、怒らず、ひとつひとつ淡々と進めます。


https://www.irasutoya.com/2017/03/blog-post_283.html

相続の手続き

最後に、相続に関しては司法書士さんにまるごとお願いすることにしました。最初は自分ですべてやってみようと思ってちょっと調べてみたんですけど、故人の戸籍を生まれてから死ぬまですべて追いかけるとか、ちょっと素人じゃ手に負えないほど「クソめんどくさい」ので、専門家に頼ることに。

あとは納骨とか四十九日とか初盆とか◯周忌とかの仏教関係ですけど、私は無宗教・無信仰な人間なので「いっさいなし」……とはいかず、これはまあ親戚とも相談しながら、後からぼちぼちと。というわけで怒涛の一週間が終わりました。仕事に戻ります。

個人的な学習ポイント

やっぱり、自分が死ぬ前にはできるだけ身辺の整理をしておくべきだと改めて思いました。お金が絡むものについては(私はそんなにないけど)、資産や現在使っているサブスク類に関するアカウントや暗証番号やパスワードなどをすべて家族に伝えておくべきですね。父親はほとんど知らせてくれていなかったので「発掘」に時間がかかりました。

あと、私だってもう残りの人生はそんなに長くないので、徹底した断捨離をしようと思いました。昭和の初めごろに建てたというもう誰も住まなくなった実家には、両親が残した大量の家財が置かれています。東京から通って整理するのは無理なので、これは頃合いを見て業者さんに処分してもらうしかなさそうです。

長年親不孝を続けてきた私としては、もともと財産も不動産もまったくもらうつもりはなかったんですけど、他の親族も「いらない」というので、けっきょく私が処分するしかありません。その意味では、映画やドラマでよくある遺産をめぐる骨肉の争いみたいなのは皆無です。争うほどの遺産がないというだけの話ですが。古い家を取り壊して更地にして売ってやっと「とんとん」だろう、ヘタをしたら、いや、確実に少し持ち出しになるだろうと踏んでいます。

そしてそして、けっきょく父親は、最期は病院でいろいろな管につながれ、けっして安らかとは言えない死に方をしました。じゃあ自分はどういうふうに死んでいきたいのか……考えておいても必ずしもその通りには行かないかもしれないけれど、それでも考え、家族とも話し合っておくべきだと思いました。

追記

手続きをすべて終わってホッとしていたのか、泊まっているホテルに車を走らせていたら、駅前のロータリーで「一時停止しなかった」と隠れていたパトカーに見とがめられ、反則切符を切られました。罰金7000円だそうです。なんだか最後までバタバタな一週間でした。

*1:FAXなんか持ってませんと言ったら、コンビニから送れますというアドバイス。便利なんだか不便なんだか。

だから国家間の競争じゃないんだってば

もともと日本のマスメディアや、マスメディアにおけるジャーナリズム(真実の追求と正確な報道、市民への忠誠、権力からの独立、権力の監視、多様な意見を反映する社会の木鐸という意味での)にはあまり信を置けないと感じている私ですが、二年ごとの夏と冬に繰り返されるオリンピックの時期ほど、それを再認識させられることはありません。
qianchong.hatenablog.com
とはいえ、今朝の東京新聞特報欄には、「平和の祭典」の価値が問われているという批判が載っていました。「五輪が国威発揚や大国のPRに使われてきた」ことを俎上にのせていますが、スポーツ報道に力を入れている中日新聞社の傘下だからか、批判のトーンは弱めです。

五輪憲章は「選手間の競争であり、国家間の競争ではない」と定めるが、国別のメダル獲得に一喜一憂しているのも現実だ。

しかも同日の別の紙面には国旗を掲げる日本選手の写真が載せられています。私は以前から疑問に思っていたのですが、こういう、五輪のメダル獲得選手が国旗を掲げたり身にまとったり、表彰式で国旗が掲揚されて国歌が演奏されたりするの、オリンピック憲章に反しないのでしょうか。

このブログでは何度もご紹介していますが、最新版のオリンピック憲章をもう一度確認しておきます。

The Olympic Games are competitions between athletes in individual or team events and not between countries.
オリンピック競技大会は、個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない。(18ページ)
www.olympics.com

「国家間の競争ではない」と明言されている以上、国旗や国歌を持ち込むのはやっぱり「アウト」じゃない? でもいろいろと調べてみたところ、「オリンピック憲章の理念には必ずしも沿わないが、競技の歴史的背景と現代の運用において憲章違反とはみなされていない」というのが実情のようです。でも、1896年にアテネで行われた第一回の近代五輪では、国旗掲揚や国歌演奏はおろか、競技ごとの表彰台すらなかったんだそうですよ(大会の最後にメダルを授与)。
www.olympic-museum.de
この件に関しては、かつて日経新聞にこんな記事が載っていました。

五輪のたびに、われわれは日本のメダル数を他国と比べて一喜一憂するが、これは実は五輪の趣旨からすれば間違っている。国同士の競争ではなく、個人同士が互いをリスペクトして競い合うのが本来の五輪の姿。表彰式での国歌の演奏も国旗の掲揚も、勝者である個人やチームの栄誉をたたえるものであり、勝った国を称賛しているわけではない。
www.nikkei.com

また2021年の東京オリンピック開幕翌日、毎日新聞の「余録」ではこう書かれています。

「表彰式における国旗と国歌をやめてはどうか」。1964年東京五輪開幕日の小紙社説の一節である。当時、国際オリンピック委員会(IOC)でも過剰なナショナリズムを抑制し、政治の介入を防ごうと廃止案が議論されていた▲元々、国家の枠を超えて国際主義を体現しようとしたのがオリンピック運動の原点だ。68年メキシコ五輪時のIOC総会では廃止に賛成が34票で反対の22票を上回ったが、採択に必要な3分の2に届かず、否決された▲その後、旧ソ連など共産圏が反対の姿勢を強めたこともあり、廃止論は姿を消す。むしろ五輪を国威発揚に結びつけることを当然と考える国が増えた。ナショナリズムの容認が五輪の商業主義や巨大イベント化を支えてきたともいえる▲23日夜の東京五輪開会式でギリシャの次に行進した難民選手団は五輪旗の下に集った。ドーピング問題で国家としての参加を禁じられたロシア選手も国旗掲揚を認められない。国歌の代わりに流れるのはチャイコフスキーだ▲選手にとって国家を代表できないのは残念なことだろう。だが「選手間の競争であり、国家間の競争ではない」という五輪本来の理念に基づけば、皮肉ではあるが、理想に近い姿かもしれない▲コロナ下に開催へ突き進んだIOCのバッハ会長は「ぼったくり男爵」と批判された。トラブル続きの組織委員会にあきれ、開催に疑問を持つ人も多いだろう。せめて原点を見据え、IOCや五輪のあり方を見直すことにつなげられないか。
mainichi.jp

同じ2021年の、ハフポストの記事ではこんな指摘もされています。

メダル獲得ランキングは、オリンピック憲章違反になりかねないーー。
東京オリンピックが終盤を迎えた8月2日、IOCと組織委員会が公式サイトに掲載しているメダル獲得の順位表について、「オリンピック・ムーブメントの価値を損ないかねない」と指摘する意見書を、日本オリンピック・アカデミー(JOA)の理事会有志が提出した。
www.huffingtonpost.jp

じつは、現在開催されているミラノ・コルティナ冬季五輪のIOCによるオフィシャルサイトにも、同様のランキングが掲載されています。

ただ、ハフポストによれば、このランキングには「国」という言葉は使われておらず、「チーム/NOC(国内オリンピック委員会)」別のランキングとなっているので「セーフ」だと容認されているのだそうです。え〜? なんとも姑息というか欺瞞というか。「本家」がそれならこっちでもいいじゃんということなのか、日本の大手紙は軒並み「メダル獲得数」を毎日掲載しています。もっともこちらは東京新聞以外、堂々と「国」別ランキングになっちゃっていますが。


▲左から日経、毎日、読売、朝日、産経、東京(2026年2月19日)。

いっぽうで、CiNiiを検索していて見つけたこちらの論文によれば、かつてはIOC内部でもこの問題が議論されていたことが分かります。

しかし、 国際オリンピック委員会 (以下、 IOC)が、この問題について座して黙してきたわけではなかった。IOC 委員の中には、オリンピック競技大会における国歌の演奏と国旗掲揚といった象徴的なセレモニーの廃止案を提案する者がいた。その代表的人物が 1952 年から約 20 年間 IOC 会長を務めたアベリー・ブランデージ(Avery Brundage、以下、ブランデージ)である。彼は会長の任期中にこの種の提案を提起し続けた。
cir.nii.ac.jp

でも最終的にIOCは、上述したように「オリンピック憲章の理念には必ずしも沿わないが、競技の歴史的背景と現代の運用において憲章違反とはみなさ」ない……と、この問題をうやむやにしてしまったわけです。

私は、近代オリンピックはすでにその役割を終えているので、開始100年目のアトランタ大会あたりでお開きにすべきだったと思っています。でも結局は、利権・汚職などの腐敗構造が肥大化し、巨額の開催コストと財政負担を招き、社会的・環境的にも負の側面が拡大し続けています。なのに、日本のジャーナリズムはなかなかそこに切り込んで行きません(2021東京オリンピックでは自らスポンサーになってましたしね)。信が置けないゆえんです。

追記

私とて、アスリート個人の努力や研鑽に対して敬意を表さないわけではありません。ジムでお見かけするプロやセミプロの選手の、技術にかけるひたむきな取り組みには圧倒されますし、通訳でご一緒したアスリートの姿勢に襟を正される思いをした経験は何度もあります。ただ、オリンピックが個人の能力を競い合う以上に国家間の競争になり、国威発揚の道具になっている現状をはじめとする「負の側面」に強い疑問を覚えるのです。

オリンピックがなくても、冬季オリンピックのすべての種目には世界選手権やその種目で最高峰とされる大会があります。リュージュやスケルトンなんかはマイナーな競技だから(失礼)、オリンピックがなくなったら困るかしらと思ったのですが、どちらもちゃんと世界選手権が行われていました。であれば、矛盾に満ちたオリンピックはもうやめるべきだと私は思います。
www.olympics.com

「それぞれに固有の索引」と読書の効能

宮田昇氏の『図書館に通う』を読んでいたら、氏の姉が特養(特別養護老人ホーム)に入ってから認知症とそれに伴う妄想が進みつつあるのを見かねて、読書をすすめる話が出てきました。もう本を読むなんて難しいかなと思いつつも、姉の読みやすそうな「大活字本」を手渡してみたら、拡大鏡をかざして読み始め、ほどなく妄想も止んだのだとか。それで宮田氏は、もっと早くすすめておけばよかったと「臍を噛んだ」というお話です。

私はあらためて、想像の世界を膨らますことができる活字の魅力、ほかの力を借りずともひとりで楽しめる読書の素晴らしさを確認した。習字や折り紙では止めることができなかった老化を、読書はいっときかもしれないが遅らせた。(205ページ)


図書館に通うーー当世「公立無料貸本屋」事情

テレビや動画などのコンテンツは、情報を一方的に受け取るだけの受動的な状態になるので、認知機能の衰えを招くという説を聞いたことがあります。 視聴している間、脳は視覚と聴覚による情報を次々と処理することに追われて、思考するための前頭前野の働きが抑制された状態になるというーー。

一方で読書、つまり文字のコンテンツは、文字で表された言葉の意味を理解する段階で、「どんな風景?」とか「どんな人物?」などと自身の過去の記憶や体験を呼び起こしつつ、想像を膨らませる必要が生じます。読書は自ら視覚情報や聴覚情報を脳内に作り出す必要があるという点で能動的なのでしょう。宮田氏の姉上に効果があったのも肯けます。
qianchong.hatenablog.com
読書におけるこの、自身の過去の記憶や体験を呼び起こしつつ新たな想像を膨らませるという「脳への効能」みたいなものについて考えていたら、たまたま読んでいた根本彰氏の『情報リテラシーのための図書館』に、歴史学者の佐藤健二氏の『読書空間の近代』からこんな文章が引用されていました(211ページ)。

ひとはなぜ、自らの記憶とそれをつかいこなすために、それぞれに固有の索引をつくりあげなければならないのか。知がもつ本源的な力が、そうした関係性のなかにしか宿りようがないからである。つまり経験を引用する索引の構築過程こそが、分類わけであると同時に関係づけの実践であり、記憶とここで呼ぶ知の本体である。記されたもの、書かれたものとしての実在は、知るという実践を意味しない、その痕跡にすぎず効果にすぎない。むしろ、記すこと、書くこと、いや、読むことの形式こそ、知るという実践にとって本源的である。(『読書空間の近代ーー方法としての柳田国男』19ページ)


情報リテラシーのための図書館ーー日本の教育制度と図書館の改革

人にはそれぞれ、物心ついてから今日に至るまでの経験の記憶が「固有の索引」として存在していて、読書はその索引を検索しつつ新たな関係性を作っていく行為(脳の神経細胞がシナプスを枝分かれさせて新たな回路を作るのに似ています)であり、そうした行為の記憶を「知」と呼ぶのだーー私はそんなふうに読み解きました。

であれば、読書が脳の老化を(いっときかもしれないけれど)遅らせるというのもわかる気がします。そして逆に、山本直樹氏のマンガじゃないけど『テレビばかり見てると馬鹿になる』というのも。SNSのショート動画なんか、もっと「ヤバ」そうな感じがします。

ネット右翼になった父

かつては依存症状態とでも言えそうなほど耽溺していたSNSから私がすべて「降りた」のは、まずは常に注意を喚起されて自分の時間が削られていく「アテンション・エコノミー」の弊害に気づいたからでした。さらに、SNSの空間に充満する「分断」の雰囲気が心身ともに耐えられなくなってきたからでもありました。

特に「通り魔的」とでも呼べそうな、突然浴びせかけられる心ないコメントには、心底うんざりさせられたものです。文章の内容も、前後の脈絡も一顧だにせず、単に言葉尻だけを捉えて脊髄反射的に書き込まれる「終わってる」「認知が歪んでる」「コイツは何も分かっちゃいない」などのコメント(それも匿名で)。
qianchong.hatenablog.com
イデオロギー自認としては、私はどちらかといえばリベラルに傾斜した中道だと思います。SNSやブログで政治的なテーマについて書くことは少なかったですが、それでも書き込みや記事に自分の政治的な志向は表れているでしょうし、中国語関係の仕事をしているので、それにからめて親中派だとか左翼的だとか決めつけられることもありました。

そのたびにため息をつくのですが、考えてみれば自分だって、他人の書き込みや記事を読んで「この人は右翼的だな」とか「ミソジニー(女性嫌悪)だな」とか「ホモフォビア(同棲愛嫌悪)だな」などと判断していることはあります。その際に、その文章の内容を本当に読み込んでいるか、前後の文章の脈絡まで考慮に入れているかと問われれば、自信を持って肯けないかもしれません。

もう私はそこで脊髄反射的にコメントをすることはありませんが(SNSからは降りましたし、ブログでもコメントや「いいね」的な反応はできるだけ控えることにしています)、その人のことを理解しようと努力しているかどうかは心もとない。匿名のネット民はさておくとしても、著名人や政治家などに対してふだん自分が抱く好悪の感情をもう一度見つめ直してみるべきではなかーーそんなことを考えたのは、鈴木大介氏の『ネット右翼になった父』を読んだからでした。


ネット右翼になった父

鈴木氏の父上は晩年にいたって右傾雑誌や嫌韓嫌中の言説に「ハマり」、女性や社会的弱者に対しても聞くに耐えない発言をするようになります。そんな父を看取ったあと鈴木氏は、ネットの右翼コンテンツによって父親が蝕まれてしまったことに憤る記事をWebメディアの「デイリー新潮」に寄稿します。そこからネット右翼の実態に関する検証、家族や親戚から集めた証言、子ども時代からの自分と父親との関係についての追想などを経て、鈴木氏がたどり着いた父親の本当の姿と、自らの中に潜んでいた認知バイアスとはーーちょっとした謎解きのような要素もあって一気に読み終え、後には深い読後感が残りました。

これはまさしくいま世界で、そしてまたネット空間で深刻さを増している「分断」を解消するためのプロセスをていねいに呈示しようとした一冊です。どなたにとっても示唆に富む内容だと思いますが、特に私のような、ともすれば「有害な男らしさ」を体現しかねない中高年男性*1は必読かと思います。読みながら付箋を貼ったページは大量にあるのですが、そのなかでも心に残った部分をひとつだけ。

叔父がヒアリング中にこぼしたひとことが刺さった。
「あのなあ、大ちゃん。世代と年代は、切り分けて考えてくれないか」
これは、三国人という言葉の捉え方や、パン・アジア主義をベースにした嫌韓嫌中感情のように世代ごとに一定の価値観があるのとは別に、「年代によって人は価値観のブラッシュアップができなくなる」ことについてのひとことだった。
「難しい文章がどんどん読みにくくなる。新しい考え方がなかなか頭に入ってこなくなる。世の中はどんどん変わっていく。老いるということは、新しい情報を得て理解して取り入れる機能そのものが低下するということ。それが70代なんだ」
そう叔父は言った。それが、世代とは別の「年代」という問題であり、その二つは切り分けて問題を精査してほしいと叔父は言うのだ。(145〜146ページ)

老「年代」にとって、それまで培ってきた価値観のブラッシュアップが想像以上に難しいということに改めて気づかされました。分かってはいたつもりだったけど、これはよほど、よ・ほ・ど気をつけていないと「罠」にハマりそうです。

鈴木氏は、「ネット右翼に蝕まれてしまった」と思い込んでいた父上の、生前の姿を丹念に検証することを通して、死後にようやく「邂逅」と呼べるような他者(父親)理解にいたります。

けれど、よくよく考えればそれ以前に、「うわーおとん、それアウトな発言だよ。サイテーだよ」といった感じの、深刻ではないフラットな雰囲気で父に失言を指摘することも、僕にはできなかったと思う。そうしたフラットな軽口を交わせるような関係性を、そもそも父と僕は培っていなかったからである。(167ページ)

父を失った際に僕が感じたのは「父と僕は醜いイデオロギーによって分断されてしまった」という強い被害感情のようなものだったが、実際長い時間をかけて検証して見えてきたのは、その分断の半分もしくは半分以上が、僕自身の中に抱える「ネット右翼的なもの」や「弱者やジェンダーに対する無配慮で攻撃的な発言」に対する嫌悪感と、激しいアレルギーが原因だったから。つまり、分断を作り出したのは、半ば僕自身だったからだ。(221ページ)

私事ながら、この週末を利用して、末期がんで入院している父親を見舞ってきました。仕事をやりくりしてようやく北九州へ帰省できたものの、もはやコミュニケーションが成立する状態ではありませんでした。鈴木氏と同様に、私も18歳で(いや、17歳でした)実家を出た後は父親とフラットな関係性を培うことなくここまできたので、その点でも読み終わってからいろいろな思いが湧き上がってきました。この本は図書館で予約していて偶然この時期に借りて読んだのですが、そのある種絶妙なタイミングに少々おののいています。

*1:しかもいくつかの調査や研究によれば、いわゆる「ネット右翼」と見なされるのはネット利用者全体のうちの1〜2%程度、しかも中高年世代の都市部在住で、年収も比較的多い男性がその主な層を成しているのだそうです。

またメディアの「五輪推し」ですか

先日、調剤薬局で医師から処方された薬ができあがるのを待っていたら、ロビーに設置されているテレビでミラノ・コルティナ冬季五輪開会式のようすが放送されていました。アナウンサーだったかレポーターだったかが「聖火の到着に街中が熱狂しています」みたいなことをおっしゃっていて、「またですか……」とため息をつきました。

こういう「みんなが熱狂している」とか「だれもが感動できる」みたいなのに、どうしても違和感を覚えてしまいます。少なくとも私は、五輪にはもはや何の興味もありません。なのに毎月受信料をぽかすか振り込んでいるNHKは、今日など総合は午後からはほとんど五輪関係の番組、BSも夕方からは完全に五輪一色です。二年前のパリ五輪の時も同じような感じでした。
qianchong.hatenablog.com
新聞にも一面から「日本勢初の金メダル獲得」といった記事が載り、ネットニュースには国別の「メダル数ランキング」も設置されています。


https://www.yomiuri.co.jp/olympic/medals/

2020年の東京五輪(開催は2021年)は、コロナ禍下での強行開催、大会組織委員会元理事が絡む大規模な汚職、2兆3713億円になったと言われる最終赤字、五輪後も維持費がかさんで赤字状態の新設競技施設(6施設中5施設が赤字)などなど「負のレガシー」満載だというのに、みなさん、もう忘れちゃったの?

イタリア現地では五輪開催に反対している人たちもいて、デモの参加者が一部で暴徒化というニュースも伝えられてはいます。メローニ首相は"Chi manifesta contro le Olimpiadi nemico dell'Italia.(五輪反対デモの参加者はイタリアの敵だ)"と剣呑です。もちろん破壊や暴力はダメですけど、「既存の施設を利用」のはずだったのに多くの木を伐採して会場を新設したとか、インフラに莫大な資金が使われる一方で福祉がおざなりになっているとか、かの地でもいろいろ問題が指摘されているようです。
www.ilgiorno.it
私は、近代五輪はすでにその役割をじゅうぶんに果たしてきたので、100周年となったアトランタ大会あたりで「お開き」にすべきだったと思っています。莫大な放送権料などを背景に利権がからむ一方、美辞麗句でアスリートの努力を称えるその裏に国威発揚が透けて見えるいまの五輪は、これだけ国際的な緊張が高まっている現代に似つかわしくないと思うのです。いくらマスコミが「平和の祭典」だと言い募っても。

上掲の「国別メダル数ランキング」や、新聞紙面に毎日踊っている「日本勢メダルラッシュ」とか「日本の冬季五輪史上最多となる大躍進」みたいな文字を無邪気に放っちゃうマスコミ関係の方には、もういちど最新版の「オリンピック憲章」にある“The Olympic Games are competitions between athletes in individual or team events and not between countries. (オリンピック競技大会は、個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない)”を熟読玩味していただきたいです。
www.olympics.com

火山のふもとで

何年かに一度、「これは自分に向けて書かれたのかも」と思えるような小説に出会うことがあります。もちろん実際にそんなことはありえないのですが(その作家が私のことを知るはずもないし)、登場人物の設定がやけに自分と重なっていたり、とある台詞や述懐に「そうそう!」と膝を打ちたくなるほど同意したり。

松家仁之氏の『火山のふもとで』もそんな一冊でした。1980年代の浅間山麓を舞台に、高名な建築家(吉村順三氏がモデルのようです)の事務所に就職したばかりの「ぼく」(坂西)が語るある夏の体験、さまざまな人との出会い、そして恋。

繊細な情景や心理の描写が心地よいので、あまり早く読み終えたくないと思う一方、国立の新しい図書館の設計コンペが物語の背景に据えられていて、その行方がどうなるのかという期待感はページをめくる手を急かしてきます。【ご注意】以下、多少のネタバレがあります。


火山のふもとで

主人公は美大建築学科を卒業したばかりという設定です。私も1980年代に美大の彫刻科へ通っていて、夏にやはり「火山のふもとで」(浅間山ではなく御嶽山でしたが*1)働いていたことがあるので、当時の空気感も含めて親しいものをおぼえつつ、この部分で驚きました。

ほんとうは美大で彫刻を学びたかった兄は、父の意を受けて電気工学を学び、一浪して国立大学に進んだ。彫刻はすっぱりとあきらめてしまった。(132ページ)

彫刻の才能もなく、大学を出たあと路頭に迷った私は、主人公のようにきちんと就職をすることもなく(できず)、九州の田舎で畑仕事の真似事のようなことをしていました。南国の夏の畑仕事は旺盛な生命力の雑草との果てしなき戦いで、私はしょっちゅう肩掛け式の草刈り機を使っていました。だからこの描写に遠い記憶がよみがえりました。

ぼくは草刈りや芝刈りが好きだった。高速で回転するナイロンコードが雑草を叩き切り、小石を跳ね飛ばしながら、意思を持っているかのように前へ前へと導いてゆく。耳をつくエンジン音。葉ずれも音も、鳥の鳴き声も、人の声も、なにも聞こえなくなる。(141ページ)

これだけならまだ単なる偶然ですが、いま私はセカンドキャリアを目指して図書館司書の科目聴講生をしているので、このくだりが出てきたときは、ちょっとたじろぎました。「これは自分に向けて書かれたのかも」とおこがましくも思ったゆえんです。

でも、そういう能力のある図書館司書は限られるでしょうね。彼らは分類、整理、管理のプロだけれど、学芸員的にふるまおうとしても、そもそも職能的に無理があるんじゃないですか。(101ページ)

そして、自分が高齢者と呼ばれる年齢に近づき、最近とみに「若さ」と「老い」について考えることが多くなっていたので、物語の終盤で主人公がかつて自分たちの担当した建築模型を前にしてこう語ったときには、思わずうなりました。

両手で抱えるようにしてアクリルケースをそっと持ち上げ、横に置いた。これほど精密で堅牢な模型はあとにも先にも見たことがない。内田さんと私と雪子が、さほど時間をかけずにこの模型を完成させることができたのは、腕と手首、手のひらと指先の連携が理想的に安定し(どんな細かい作業でも指先は一ミリも震えなかった)、視力にもまったく問題がなく(〇・一ミリの隙間も見逃さなかった)、けれど本人たちはそのことに何の自覚もないという、まぎれもない若さがあったからだ。私たちは先生の頭のなかだけにある理想の指先に、苦もなくなりきることができたのだ。(373ページ)

そうなんですよね。「若さ」って、本人たちにはほとんど何の自覚もなく、それでいてその後の人生で成し遂げることが必ずしも可能ではない理想の何かを、その身体にあっさりと体現させることができている状態なんですよね。日頃、20代や30代の外国人留学生と接しているので、それがよく分かります。

ほかにも付箋を貼ったところをいくつか。

食う寝るところに住むところ、とはよく言ったものでさ、これは切り離せないひとつの言葉だと思うべきなんだ。食う寝るに関心がなくて住むだけをやろうったって、それじゃあ容れ物をつくってるだけじゃないか。だからぼくは台所仕事をしない建築家なんてまったく信用しない。台所仕事や洗濯、掃除をやらないような建築家に、少なくとも家の設計は頼めない。(90ページ)

人も同じでしょ。主張が強くて声の大きい人がはびこるの。静かな人は負けてしまうのよ。(283ページ)

ほんとうに身をはって理不尽を言ってくる人間は、数えるほどしかいないものだ。たいした定見があるわけでもなく、誰かがそう言っていたから、人からこう思われるから、世の中がそうなっているから、それぐらいのことでものを言う人間がほとんどだよ。そういうものは、こちらに覚悟さえあれば押し返すことができる。(317ページ)

あまりにも読後感がよかったので、近所の図書館に行って松家仁之氏の他の作品をさらに何冊か借りてきました。

アンチ・アンチエイジングの思想

自分の「老い」を意識するようになったのは、いつごろからだったでしょうか。私の場合は天命を知る歳を越えてしばらく経ってからではなかったかと思います。男性版更年期障害とでもいうべき不定愁訴に悩まされ始めたのに続いて、妻がくも膜下出血で入院し、その後遺症である水頭症から認知症と同じような状態になり(のちに回復)、それにつき添った経験が「老い」というものの現実を自分の内側と外側の双方から強く意識させてくれました。

それで、徐々に老いていく自らに抗うように身体を動かし始め、それが一時はかなりハードな筋トレにまで発展していました。なかば冗談めかして「健康になりたい。健康じゃなきゃ、死ぬ」みたいなフレーズをブログに綴ったこともあります。でも、それから十年ほど経ったいまにして感じるのは、もちろん老いに抗うのが悪いわけではないけれど(実際、体調はずいぶん改善しました)、それでも「老いの現実」はそんな抵抗を軽々と越えて迫ってくるのだなあという驚き、いや、一種の諦めみたいなものです。

「老い」に抗おうとすることは、いまや巨大な産業になっています。「高齢者しか読まない」と揶揄されて久しい新聞(紙の新聞)は、それを裏付けるかのように広告スペースの大半が高齢者向けのもので占められています。健康食品や健康器具、サプリメント、それに保険……そのいずれもが、老いをポジティブに捉えるべしというイデオロギーをその背景に従えています。私の「健康じゃなきゃ、死ぬ」もそんなイデオロギーに支えられたものだったのかな。上野千鶴子氏の『アンチ・アンチエイジングの思想』を読んで、そんなことを思いました。


アンチ・アンチエイジングの思想 ボーヴォワール『老い』を読む

ボーヴォワールの大著『老い』を読み解きながら、上野氏はまず自らのフィールドであるフェミニズムの立場をこう振り返ります。

フェミニズムが要求してきたのは、女も男なみに強い、女も男なみに能力があるから、男と同じように待遇してほしいということではなかった。女は弱い、喧嘩したら勝てないかもしれない。子どもを産んだら、ハンディができるかもしれない。だが、それだからといってなぜ強い者の言うことに従わなければならないのか。弱者が弱者のまま、尊重される方法はないのか。そう、主張してきたはずである。(81ページ、『老いる準備』[上野,2005] からの引用として)

これを敷衍しつつ上野氏は、健康寿命の延伸、「ピンピンコロリ」という理想、認知症への恐怖、介護にまつわる罪悪感、さらには安楽死尊厳死の問題まで、この社会の「老い」に通底するアンチエイジングの風潮に痛烈な批判を加えています。いわく「生きるのに、遠慮はいらない」。あるいは「人間、役に立たなきゃ、生きてちゃ、いかんか」。いくつになっても前向きにポジティブに生きる姿勢を失わず、「死ぬまで成長を続ける(ことに価値がある)というこの高齢者観こそ、エイジズム*1と呼ぶべきではないのか」と。

高齢者がフレイル期間を他者の助けを得ながらも生きながらえることができるようになったのは、くりかえすが、栄養水準、衛生水準、医療水準、介護水準の高まり、すなわち文明社会のたまものである。過去の人々が希求してやまなかったものを手に入れたことを、なぜ、わたしたちは寿ぐことができないのだろう。わたしたちに必要なのは、生かしてもらえる命を最後まで行き切る思想ではないのか。(226ページ)

老いに抗おうとする「アンチエイジング」という考え方こそがエイジズムだというわけですね。これは図書館で借りた本ですが、改めて書店で購入して手元に長く置き、折に触れて読み返したいと思いました。ただ私は、老いて他人の世話になりながらも生きていていい、それが肯定される社会を築くべき、自死安楽死尊厳死などもってのほかという主張にほとんど、いや、99%まで同意しながら、どこかで「でも……」という気持ちが湧き上がってくることにも気づきました。

実際に自分がそのようなQOLが著しく下がっていく状態になったときに、ほんとうにそれを受け入れることができるだろうかと、まだ自分で自分が信用できないのです。単に想像力がそこまで及ばないからかもしれませんが、私には「生かしてもらえる命を最後まで行き切る」という姿勢もまた、下手をすればアンチエイジングと同じような一種の「救いのなさ」に収斂してしまうような気がしてしまいます。

じゃあ、どうするのか。この本と同じ頃に別の図書館で借りて読んだ宮田昇氏の『図書館に通う』には、偶然にも老齢期の自死について触れた章があって、私はそこで紹介されている何人かの老齢者(いずれも男性)の自死による最期について強い拒否感を抱きながらも、わずかにどこかで共感している自分を発見してしまいました。


図書館に通う 当世「公立無料貸本屋」事情

上野氏が「あとがき」でおっしゃる「『死ぬに死ねない』超高齢社会を生きるわたしたちにとって、『死ぬための思想』よりは『生き延びるための思想』がなんとしても必要なのだ」には大いに共感するのに、それだけでは割り切れないものが自分の中に残っているというのもまた正直なところで。

ともあれ、それを考え続けることがとりあえずいまの自分には必要ーーということで、上野氏の本で紹介されていた何冊かの本をまた図書館で借りて読み始めたところです。

*1:年齢差別、高齢者差別。

小枠出版広告の謎

新聞に「小枠広告」というものがあります。題字の下にあったり、記事の途中などに挟まれていたりする小さな広告。記事と一緒に目に止まりやすいので、小さいスペースながら広告効果が高いーーというのが新聞社側の宣伝文句です。

小枠広告には「小枠出版広告」というのもあって、これは新聞紙面の下、3分の1から5分の1ほどのスペースに、書籍や出版社の小さな広告がずらっと並んでいるものです。よく新聞の1面とか読書欄の下で見かけます。広告の大きさはさまざまですが、3段6割(記事3段分を6つに縦割りにしたもの:通称「サンムツ」)とか、3段8割(サンヤツ)とか、あと5段12割なんてのもあるそうです。
www.shinbun-navi.com
私が購読している新聞には、さらに小さな広告が集まった5段20割が時々載っています。いや、見開きなので2頁5段40割(?)ですか。40冊の書籍広告が並んでいて壮観というか、一種独特の雰囲気が漂っています。

この40割小枠広告、よく見ると出版社1社につき5冊の本を宣伝しています。つまり見開きで毎回8社が広告を打っているんですね。しかも出版社や本はそれぞれ違っても、すべて同じデザインです。上に横書きで出版社名、その下に太字の書名が置かれ、著者名、判型、ISBNなどの書誌情報があり、惹句や説明文と価格が付されています。

この小枠広告を見るたび、いつも私は素朴な疑問としてなぜ1社につき5冊の本すべての枠の上に出版社名を入れているんだろうと思っていました。5冊はすべて同じ出版社の本なんだから、社名はひとつでいいんじゃないかって。ところがあるとき「はっ」と気づきました。これはもしかして、広告を切り取って書店に持っていく方がいるからじゃない?

それで「Geminiさん」に聞いてみたら、概略以下のような回答を得ました。

仰る通りです!「切り取って書店に持っていく」という利便性は、実はこの広告形式において極めて重要な目的の一つです。新聞広告の主なターゲット層(特にシニア層)にとって、今でも新聞の切り抜きは備忘録の主役です。1冊分だけをハサミで切り取った際、そこに「書名・著者名・出版社名・価格」が揃っていないと、書店員が在庫を探す際に手間取ってしまいます。出版社名が入っていれば、書店は即座に版元(仕入れ先)を特定できます。読者が「この本ください」と切り抜きを差し出したとき、その1片だけで「注文伝票」の役割を完璧に果たすように設計されているのです。

なるほど。Geminiさんはほかにも「視線が止まったその数センチの範囲内に社名があることで、『あ、これは〇〇社の本だ』という認識がコンマ数秒で成立します」とか、「同じロゴが5回並ぶことで、無意識のうちに『この出版社は今、これだけの本を世に出している』という信頼感を与えます」とか、ホントかしらと思うような牽強付会っぽい解説を返してくれましたが。

まあそれはさておき、「切り取って書店に持っていく」方のためというのがこの小枠出版広告の伝統(?)なのでしょう。もっとも、私もまごうかたなき「新聞広告の主なターゲット層(特にシニア層)」ですけど、「切り抜くなんて面倒なことしないで、スマホで写真撮ればいいじゃない?」とは思います。それでも書名や著者名と一緒に出版社名を写すことができるから、やっぱり便利なんですよね。

磁気テープとICタグのひみつ

「ブックディテクションシステム(Book Detection System、BDS)」というものがあります。図書館などで貸し出し手続きが行われていない本の無断持ち出しや盗難を防止するシステムのことです。図書館の入口にゲートがあり、本に貼られたICタグや磁気テープなどの情報を検知して、貸し出し手続きが行われていないと警報が鳴る、という仕組みです。

ふだん利用している区立図書館ではICタグが使われています。なぜそれが分かるかというと、区が公開している図書館に関する文書にそのことが明記されているのもさることながら、本の裏表紙をめくったところの「のど(本を開いた内側の、ページが綴じられてある中心部分)」近くに、わかりやすく白くて細長いテープが貼られているからです。

このテープを陽に透かして見ると、中に「X」の文字を縦に引き伸ばしたような形の金属片が入っています。これはUHFの周波数帯を使った「細型積層タグ」というICタグで、これが図書館のシステムと連動して貸し出し手続きが済んでいるかどうかの情報を瞬時に読み取れるようになっているのです。
www.sofel.co.jp
いっぽうで、勤務先のキャンパスにある図書館の本には、このようなテープは見当たりません。さらに区立図書館と違って、貸し出し手続き(裏表紙に貼られたバーコードを「ピッ」とやるのは区立図書館と同じ)をしたあと、職員さんがL字型の機械に本の背をこすりつけるようにしてから手渡してくれます。

これは「ブックベリファイアー」という機械で、本に貼られた磁気テープの磁気を消去(返却時には再生)することで、ゲートで反応して警報が鳴らないようにしています。貸し出し手続きの「ピッ」に加えて「こすりつける」手順が必要なのでICタグより面倒ですが、ブックディテクションシステムとしてはこちらのほうが早くから普及していたみたい。
www.booker.co.jp
ユニクロのセルフレジを使うと、レジ画面横の白いシンクみたいなところに商品を複数まとめて置いても、すべての商品の情報がいっぺんに読み込まれて精算できますけど、あれはICタグRFIDタグ)が使われているからです。だからICタグを使っている図書館では、例えば自動貸出機でもユニクロと同じように複数の本をいっぺんに貸し出し処理することができます。

いっぽう磁気テープのほうは職員さんが一冊一冊「こすりつけ」なきゃならないので、その点でも業務効率はずいぶん違います。でもまあ、勤務先の図書館は予算的なこともあって、まだICタグには移行していないということなのでしょう。

ところでこの磁気テープは通常「タトルテープ」と呼ばれていて、これは3M社の登録商標です(「ブックディテクションシステム」も本来は3M社の商標だそう)。このタトルテープは、上述した区立図書館のICタグと違って、本のどこに貼られているのか分からないことが多いです。巧妙に(というと語弊がありますが)埋め込まれているんです。
access-security.co.jp
じつは私、以前この件について、後学のためにと職場の図書館の貸し出し窓口で尋ねてみたことがありました。「貸し出すときに後ろの機械で『ごしごし』してから渡してくれますけど、あれはどういう仕組みなんですか」と。そうしたら、一瞬でその場が凍りつきました。貸し出し担当の職員さんも、奥にいた司書と思しき方も、一様に表情がこわばっています。


https://www.irasutoya.com/2017/10/blog-post_63.html

それで「はっ」と気づきました。図書館にとって磁気テープをどこに貼っているかというのは、秘匿性の高い情報なんですね。それを知られてしまったら、悪意を持って磁気テープを剥ぎ取り、ゲートで引っかかることなく本を盗み出しちゃう輩が出ないとも限らない。だから私の質問は無邪気にもほどがある愚問だったというわけです*1

それでまあ反省することしきりで「愚にもつかないことを聞いちゃってごめんなさい」と謝って図書館を後にしたのですが、あとから思い直しました。でも区立図書館のICタグはあんなに分かりやすい形で貼られているのだから、剥ぎ取ろうと思ったらあっちのほうがよほど簡単じゃないかと。

これはたんなる私の想像ですが、秘匿性の高い磁気テープが使用されていた時代から明らかに見て分かるICタグを使用するようになった現代までの間に、図書館における人々の公徳心とか民度みたいなものが向上したんじゃないかと思います。もちろん悪い人はいつの時代にもいるものですが、それでも図書館の利用者を性悪説で見る必要性が徐々に減ってきたーーそういう時代の変化みたいなものが背景にあるのではないかと。

それに磁気テープに比べてICタグのほうが、業務効率の向上や利用者の利便性向上、さらに非接触であることから自動貸出機の利用もできるなどメリットが多いです。磁気テープを、本のちょっとやそっとじゃわからない場所に張り込む手間だって大変でしょうし。図書館を取り巻く環境の変化全体を勘案した結果、予算的なことがクリアできれば磁気テープからICタグへ移行するという流れなんでしょう。

ともあれ、図書館に関してひとつ勉強になりました。あ、ここに書いたことを悪用しないようにしてください。心からお願いいたします。

*1:こんなことを書くとまた職場の図書館の方々が凍りつくかもしれませんが、磁気テープがどこに貼られているかはその後判明しました。本の奥付けから数ページほど戻ったところの「のど」、それもICタグが貼られている場所よりもっと奥の深いところに、幅1mmほどの極細磁気テープが埋め込まれていました。ほとんど職人技といってもいいほど。見つけたときは、ちょっとした秘密を暴いてしまったようで、ドキドキしました。これをすべての蔵書に対して行っているなんて、ものすごい作業量です。




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