以下の内容はhttps://puyoneko2016.hatenablog.jp/entry/2022/05/10/093714より取得しました。


2022/05/07 (土) 極私的な“かつて”の旅と全盲のねねと…。

極私的な “かつては…”  の回想です。

マサオと過ごして、過去に逃げたい気分になってしまいました。

50年近く前まで、僕はこの町で暮らしていた。

それでも日々は続いていく。

刈谷駅前です。中学生のとき、駅前に集まり「こまどり号」で修学旅行へ行った。
帰りの列車内で  ♬春を愛する人はこころ清き人  とクラスで歌った。

駅前の観光案内所で電動アシストのレンタサイクルを借りて追憶の刈谷を巡る。

子どもの頃は「民生紡(みんせいぼう)」と呼んでいた会社、場所は変わらず。

高校生から浪人生の3年くらい新聞配達をした毎日新聞の営業所

まだ新聞配達をしているのだろうか?

20年以上前に廃業した銭湯施設がそのまま残っている。まさに遺跡だ。

商店街の銭湯、刈谷浴場です。ローマ時代の遺跡みたいだ。

かつての繁華街 空襲後に最区画された街みたい。

ここの交差点に小幡時計店、履き物屋があった。信号なんてなかったと思う。

かつて刈谷一賑わった東宝系の映画館は…

秋秀寺(しょうしゅうじ)は中国風の寺院

かつて華街にあった神社 この広場でハブを噛ませる薬売りを見た。

かつて最高に旨い中華そばを食べた店は健在だった!

高校時代に五木寛之の小説を読みまくった市立図書館は分館になっていた。

通っていた亀城小学校、かつての学び舎は資料館になっていた。

城跡へ行く坂道 この感じは昔と変わらない。

市営球場では知立と安城の試合を開催中、高校野球だろうか?

亀城公園の天守跡にクローバー満開

この池の畔でもよく遊んだ記憶がある。

電アシ自転車は無料で借りられます。

ローソンで買ってきたクラフト(風)ビールを飲む。

全盲の愛犬ねね。本人はまったく絶望していない。89歳の母がひたすら可愛いと言う。

納骨の話で叔母さんと久々の電話に盛り上がる妹

名古屋飲みはせずに近鉄ひのとり居酒屋とする。

わさび追加で。鶴橋で下りてJRで帰る。



以上の内容はhttps://puyoneko2016.hatenablog.jp/entry/2022/05/10/093714より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14