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舞台「大地の子」感想〜首筋に“鉄”の冷たさを(2026年2月26日・明治座)

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※最初からしっかりネタバレします。

 

子供ながら夢中になったドラマ「大地の子」。原作もまた重厚で、ページをめくる手が止まらない傑作でした。戦中派の作家・山崎豊子が地道かつ真摯な取材をもとに書き上げた長編で、地の文には戦争に対する作家本人の怒りが静かに燃えています。この長編が舞台化されるにあたり、私が事前に気になっていたポイントは以下の2つでした。

  1. 日本語/中国語の違い
    • 原作では巧みなレトリックによって、ドラマでは俳優自身の努力と字幕の効果によって表現。演劇ではどうなる?
  2. スケールの大きな背景
    • 内蒙古から長江まで、まさに“大地”が舞台。労働改造所や製鉄所建設のスケールの大きさも特徴。制約があるなかでどう描かれる?

実際に観劇してみて痛感したのは、「違う、そうじゃない」ということ。これらは本作が目指していたものと比較すれば、とても些末なことであったといえます。日本語/中国語の切り替えは2場面ほど「カタコトの日本語」を挟むことで絶妙に表現され、日本語読み/中国語読みについては、たとえば原作では「長春」は「ツァンツン」とルビが振られていたのを「ちょうしゅん」と日本語読みにしたり、「同志」は「トンチ」ではなくわかりやすく「どうし」とするなど、細かい調整がなされ、腐心したことが察せられました。そして背景については潔い省略が所々に見られ、製鉄所は1回だけ登場し、ラストシーンの長江は大胆にカットして東京の設定に変更。すごい、最後の台詞にしてタイトル回収となる「私は、この大地の子です」の「この」を残したままライティングの効果で大地を顕現させることでやりきった…!*1

でも、本作において注目するべきことは多分、「それじゃない」のでした。以降、そんな感じでどうだったのかを書きます。①については帰りの電車で書いたふせったーの内容が元になっています。その都合もあって、以下、だ・である調になります。

 

 

①「信頼できない語り手」という衝撃〜張玉花/松本あつ子(奈緒)

奈緒さん演じる張玉花(ツァンユウホウ)/松本あつ子が語り手であることはわかっていたけど、最初は、語り手を担わせるために原作より理知的にチューニングされたのかなと思った(それでもゴツゴツと途切れるような話し方が真に迫って吸い寄せられた)。
さらに、童養媳(トンヤンシ)として育てられた婚家での様子が少しマイルドになっていて、何より姑がいたわるような言葉を使っていたり、玉花/あつ子が慈しんで育てられたという認識をもっていたりすることに、そうか張家の人間は原作では本当に🤮だから少し調整したのかな、つまり貧乏=卑しい人間性という図式をさりげなく否定したのかなと思ってしまった。

けどそれはたぶん違うんだと思う。

彼女は語り手を担っていたものの、婚家の薄暗い寝床でボロボロに病んで起き上がれない状態で「これがあたしの本当の姿」と観客に語りかける。そしてそこへ、妹を探し当てた芳雄さん演じる一心/勝男がとうとうやってくる。本作のクライマックスは一心/勝男と玉花/あつ子の激情ほとばしる再会だ。さらにそこで「言葉を持たない」玉花/あつ子が「本当は話したかったこと」としてモノローグで絞り出す【真実】こそが、この大作を演劇にして届けるにあたって作り手が目指したことではないだろうか。
玉花/あつ子が慟哭の中で語った半生、つまり想像を絶する辛い目にあい、誰にも優しくされず、人間らしく扱われてこなかったこと…その告白に衝撃を受けていると、恐ろしい疑念が脳裏をよぎった。最初に出てきた姑や白痴の夫との関係性は【嘘】なのではないか。彼女が、つらい境遇にあってついに感情も思考もなくしたことを繰り返し語るのは、単なる防衛機制が起こったことだけを言いたいのではなく、「あれはぜんぶ【嘘】でした」と観客に訴えているのではないだろうか。
そう考えると、トウモロコシ畑の出来事(本当にごめんなさい辛くて書けません)の描写のズレや、労わっていたはずの姑が一心に即効で金をせびる様子、つまり豹変したように見えることに説明がつく。
玉花/あつ子は語り手として観客の耳目を十二分に引きつけた上で最も集中力が高まった瞬間に【信頼できない語り手】に成り変わることで、戦争が1人の女性をどんな目に遭わせて闇の中で死なせたのかを、身を持って観客に突きつけたのだ。玉花/あつ子は苦しみの中で思考や感情を失い、社会と交わらない生活で「言葉」を得ることもなく、物語を十全に語りうる、【正しい語り手】になることはできなかった。【信頼できない語り手】にならざるを得なかったのだ。なんという悲しいことだろう。

②悲しみを受け止め、分かち合い、手渡す人〜陸一心/松本勝男(井上芳雄)

真正直な“受けの芝居”

芳雄さん演じる陸一心(ルーイーシン)/松本勝男は主人公ではあるものの「出ずっぱり」ではない。出ていても自分の思いばかり話す役柄でもない。そのぶん、受けの芝居がとても印象に残った。

上述の、玉花/あつ子との再会シーンは間違いなく本作のクライマックスで、言ってしまえば奈緒さんの玉花がすべてを持っていく。下手すれば容易にふっとばされてしまうだろうこのシーンを、芳雄さんは全力で真正直に受け止め、奈緒さんと力を合わせて素晴らしいものにしていた。また内蒙古の労改(ラオガイ、労働改造所)で日本語を教えてくれた黄書海(ホワンシュウハイ、浅野雅博)の「一杯の湯」のエピソードにも、声を振り絞るようにして号泣する。我が子のために身に覚えのない罪を自白した黄。知的で穏やかな語り口がかえって悲しみを強めるなか、一心は自分の痛みとして受け取り涙をこぼし、肉親、ひいては産土への思いを立ち上がらせる。いずれのシーンも、自分が起点にならない場面だったのがポイントだ。相対する人の言葉に耳を傾け涙を流す様子は、辛かったのは自分だけではないことを理解し、噛み締めていることを示している。悲しみを板の上で人々と分かち合うことで、客席の私たちにも静かに手渡してくれるようだった。次に述べる父子の関係もそうだが本作は普遍的な愛の物語でもあり、やはり芳雄さんは愛を体現する人なのだなと思う。

 

「お父さん」と「爸々」〜2人の父

そんな一心は2人の父と向き合う。中国で育ててくれた養父・陸徳志(誤字修正しました)(ルートウチ、山西惇)はドラマで観た爸々(お父さん:バーバ、原作のルビはパーパ)そのままで、人々から尊敬され、息子・一心にも深く敬慕される存在であることが伝わってくる。一方、実の父親として思いがけず邂逅するのが、宝華製鉄公司の日方(にちがた)の現地責任者であったはずの松本耕次益岡徹)。原作では回想でしか登場しない後妻・伸子のシーンを印象付けたのはその後の孤独を強調するためだろう(「仏さんの多い家」「私は家族に恵まれなかった」という原作にない台詞がある)。自責の念を抱えながら清廉かつ懸命に生きてきた日本の父の姿も切なく、心を揺さぶる。

一心のセリフで私が最も胸を打たれたのは、北京駅で出迎えてくれた父に向かって叫んだ「お父さん!」だった。我が身を削って直訴し、息子を救い出してくれた父に対する渾身の呼びかけだった*2。そしてもうひとつは、ラストシーンで日本の父に長春の脱出の顛末を語って聞かせるときの「爸々、妈々!」。同じ相手に対して日本語と中国語で呼びかけるこの2つの台詞はリンクしており、本来の場面に照らせばどちらも中国語で語られたものだ。原作では日本の父・耕次に対して「父さん」と呼びかけることをこらえる描写があり(4巻)、実際にカギ括弧の台詞のなかにはその表記は見当たらないのだが、劇中では自然に「お父さん」と呼んでいるように見えた。にもかかわらず、心の底から「お父さん!」と呼びかけられるのは、陸徳志ただ1人なのだと思った。血を問わない親子の絆に心を震わせつつ、日本へ帰ってこないかと呼びかける耕次の呼びかけが胸を打つものだっただけに*3、これもまたシンプルに、悲しい。

 

③首筋にひんやりと押し当てられる鉄〜これは現代の話

玉花/あつ子に戻ろう。悲しい語り手としての役割は、死したのちに床を起き出し、再び語り始めたときに完成する。彼女が持ち得ない語彙(ex.深海に眠るプランクトン)を駆使して、あくまでも理性的に、戦争の罪深さと取り返しのつかなさ、そして死者たちの無念を観客に訴えかける姿。栗山さん、やりたかったのは、「これ」だったんですね、と思った。

そしてラストシーン、長江のシーンが東京に置き換えられて「私は、この大地の子です」というタイトル回収がなされたあと、再び語り手としてそこにいた玉花/あつ子は、思いがけないことを口にする。

「それから39年後、宝華製鉄公司は、日中の合弁関係を解消した。大地の子は今、どこでどうしているのだろう」 *4

宝山鋼鉄という名前で上海に実在する製鉄所がモデルになっているのは知っていたが、この最後の台詞が放たれた瞬間、原作の時間軸を超越したことを知って動揺する(結末は1985年。作者の山崎豊子は2013年に没している)。しかも、日中友好の名の下に実現したそのプロジェクトは永遠ではなかった(経済的/政策的な事情はさておき、事実として2024年に終了した)。突然迫ってきた、“現在”と“現実”。「どこでどうしているのだろう」は、例えば一心は生きていれば90歳前で静かに中国で余生を送っているのかもしれないが、ここで言いたいのはそういうことじゃないはずだ。“現在”と“現実”と向き合うことを、観客に静かに促す台詞なのだ。

演劇の観客として「昔あった、忘れてはならない出来事」に向き合っていたつもりが、首筋に冷たい“鉄の棒”を押し付けられたような後味。今の二国間の関係が頭をよぎるのは言うまでもない。日中国交正常化と物語の大団円を象徴していた真っ赤な“鉄”は、戦後80年を過ぎた今、ひんやりと舞台に横たわり、私たちに重い問いかけを残したのだった。

 

 

3時間25分の上演を経ての帰宅、なかなかの時間でした。今日はこんなところで。他のキャストについて本文で触れられなかったのは注釈で。

本作の千秋楽までの盛況とご無事をお祈りします!

 

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『大地の子』1〜4巻(山崎豊子/文春文庫)。登場人物の中国語読みはこちらを元に補いました。*5

 

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風向きに翻弄されつつ開幕前にどうにか撮れました。

 

以下、注釈で書ききれなかったことに触れています↓

*6

*7

*8

 

 

*1:ちなみに私のどんぶり勘定では、現在と過去を行ったり来たりしながら重要箇所をうまく組み立てて、原作の25%くらいが語られたと見積もっています

*2:ミュージカル俳優の声量だった

*3:ここには超大胆な省略がある。来日中に禁じられた単独行動で日本の父の家を訪ねたことで自分を妬む同僚に機密書類を盗まれてしまい、またしても冤罪…という設定が全カット。この呼びかけはそれが解決した後のラストシーンであり、これからも党と国家のために働き続けたいが、またこんな目にあってしまうんじゃないのか、という一心の葛藤も背景にある。それを省略してもなお十分に胸に迫る訴えだった

*4:※うろ覚えです、ご容赦ください

*5:これは流石にプログラムに書いてほしい…!

*6:その他の感想だと、みなさんの「声」がとてもよかった。妻の江月梅(チァンユエメイ、上白石萌歌)の凛とした知的な声、黄書海(ホワンシュウハイ、浅野雅博)が歌って聞かせる木曽節※1、人民解放軍の幹部を体現する袁力本(ユワンリーペン、飯田洋輔)の朗々たる発声。養母の淑琴※2(スウチン、増子倭文江)、秀蘭(シュフラン/舞台ではシュウラン?、山﨑薫)も声だけでキャラが立っていてよかったなぁ…。

*7:※1木曽節→これ、浅野さん以外は影コーラス?録音かしら…。原作だと「さくらさくら」だったのを、カットしたシーンに出てくる木曽節に変えることで故郷=信濃をしっかり登場させるのがうまいなと思った。でも口笛のメロディとされる音楽には「さくらさくら」の動機がそのまま使われている

*8:※2貴重なコミックリリーフを本当にありがとうございます…!明らかにみんなホッとしてた😂

「特別講義『音のある人生』をひもとく」レポ&感想〜愛(Liebe)が広がる(2026年2月11日・清泉女子大学)

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2025年秋に出版された伝記『シルヴェスター・リーヴァイ 音のある人生 映画音楽からミュージカル『エリザベート』、そして今』(シルヴェスター・リーヴァイ監修、カール・ホーエンローエ著、大井知範訳/日之出出版)。本書の発売を記念した特別講義に行ってきました!(清泉女子大学総合文化学部・日之出出版 共催/協力:東宝演劇部)

チケットは1〜2分で即完だったと思います(決済して戻ってきたらもう売り切れていた)。事前に質問募集もあり、さらに美しい招待状も自宅に届き、本当に楽しみにしていて、1月下旬から今日のことばかり考えていました。短いお手紙も用意しました。

結果的に感激いっぱいの時間となりましたので、そしてノートを取ることができたので、書き残しておきたいと思います。このあとおそらく公式の何かしらが上がりますが、いち受講者の視点から、少しでも感動が伝わるように綴っていきます。

※正確な内容は公式に載るものを見てください。なお、内容に触れて感想を書いてよいことは現地で版元の方に確認を取りました。

 

 

はじめに

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大通りから“島津山”のほうへ曲がり、坂道を登っていくと、緑に囲まれたキャンパスが見えてきます。入口でチケットを提示して入館証を受け取り、樹齢を重ねた松の木立を見上げながら坂道をさらに上へ。雨上がりということもあり針葉樹のよい香りがして、この時点で、清泉女子大学、通いたすぎる。と思いました*1

旧島津家本邸の本館を横目に、案内された棟の教室へ。階段の途中にこの講義のための装飾が施してあって(あとで学生有志のみなさんの手によるものだとわかりました)、期待が高まります。

私、楽しみにしすぎて、案内に書いてあった教室の番号で過去のイベントや講義の様子を探して、どんな教室かな、どこの席に座るといいかなとまで考えていたのですが、到着してみると、整理番号できちんと座席指定がしてありました。これは混乱しなくていいなぁ! 私の席は、整理番号的に、真ん中よりちょっと後ろくらいの位置。整理番号のカードや旧島津家本邸のパンフレット、そして書籍『音のある人生』などがきれいにセットして置いてあります。大学の講義室ならではの引っ張り出すタイプの椅子にドキドキしつつ、腰を落ち着けて開始時刻を待ちました。

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特別講義

拍手に迎えられて「オゲンキデスカ!」と呼びかけるリーヴァイさん*2。本書を訳された大井知範先生はフランツのクマを抱いて一緒に登場(よく先生のTwitterでみるやつ☺️)。「(隣に)本物のリーヴァイさんがいるのが信じられない。ちなみにこちらは偽物のカイザル・フランツ・ヨーゼフです」とクマを紹介してひと笑い。

 

リーヴァイさんによる導入

大井先生から説明があり、まず“導入”としてリーヴァイさんご本人が講演されました(20分ほど)。以下、箇条書きで抜粋をご紹介。一部、通訳の方が使われなかった言葉も文章での理解を助けるために補完しています。ご承知おきください(Q&A部分も同様)。

この本の成り立ちと、ミュージカルとの出会い
  • こうしてみなさまの前で、特別な雰囲気のなかでお話しできることが嬉しい
  • この本は80歳を迎えるにあたり、自分の人生、仕事を紹介する伝記として、家族と話す中で生まれた本。
  • 自分が愛してきた音楽はクラシック(ショパン等)→ジャズ(オスカー・ピーターソンマイルス・デイヴィス等)→ポップ・ミュージックと変遷していくが、その全部に興味を持っており、美しいと思っている。重要なのは、通ってきたさまざまなステップがすべてミュージカルに結実しているという点。
エリザベート誕生について
  • ロサンゼルスに移り、20年間映画に携わってきた。あるときクンツェさんがLAを訪れて「エリザベート」創作の提案を持ちかけてきた。いくつかの契約が残っていたが、何より妻のモニカがエリザベート皇后の大ファンで(書籍や衣装などのコレクターなのだそう!*3)、彼女の強い勧めもあり、当時はLAで成功の只中にいたが、その地を離れて「エリザベート」を作ることになった。
  • エリザベートに取り掛かる中で完全にスイッチが切り替わり、長年の願いを叶えることになった。それは、クラシック、電子音楽、ロックを融合させること
  • エリザベートの音楽は3つのレベルに分かれている
    • 1 エリザベート皇后(過去)→クラシック
    • 2 ルキーニ(暗殺者)→ロック
    • 3 トート(この世の者ではない宇宙的な存在)→ロック

この最後のくだりはとても印象的で、夢中でノートを取りました。3つの階層がそれぞれに違うジャンルという話ではなかったけれど、たとえばルキーニのナンバーのスウィング感にはジャズのエッセンスが含まれるはずですし、それはクラシック→ジャズ→ポップ・ミュージックという流れを聞いたあとだったのですんなりと補完できました。重層的かつ複雑に構成されている世界観を、シンプルに説明してくださったのだと思います。

 

大井先生からリーヴァイさんへのQ&A

ここからは大井先生が聞き手になり、事前募集した質問への回答コーナーです。同様に箇条書きにして、大井先生が補足されたところはイタリック体で書いています。

Q1 日本に来たときの一番の楽しみは?

A1 家族それぞれが日本に対する愛着を持っている。とりわけ大切なのは、食事(Essen)!

  • きっかけはいつも(手掛けた舞台の)初日を観ることで、家族と一緒に来日を重ねるうちに、だんだんと日本に愛着をもつようになった(Liebe、という言葉が多分出てきた)。自然や、手入れの行き届いた庭園などが好き。
  • 日本に対する強い思いは家族それぞれが抱いており、とりわけ大切なのは、食べ物がおいしいこと。日本では何料理を食べても、すべてがおいしい! 滞在先のホテルのソファでリラックスしていても、家族の会話が聞こえてきてそのなかに「Essen(食事、ごはん)」という言葉が出てくると、「何?食事だって?」と反応してしまう。

→エッセン、聞き取れました(なぜなら日本にはシャウエッセンがあるからね!!)。ご家族*4が笑っていらっしゃいました。

 

Q2 旧島津本邸の印象は?

A2 日本の歴史に思いを馳せる印象的な空間。

  • 日本の伝統、古いものを大切にする気持ちと重なる。ここでどんなふうに(伯爵が)過ごしていたのだろうと想像した。静寂に包まれており、日本の歴史に思いを馳せる印象的な空間。
  • 大井先生:なぜこのことに触れたかというと、リーヴァイさんの手掛けるミュージカル作品ではしばしば、作中に登場するきらびやかな宮殿や洋館が、主人公を苦しめるから。
  • それはそのとおり。私は人物の精神状態だけでなく環境も音楽に織り込もうとしてきた。例えばエリザベートシェーンブルン宮殿にいたが(城/シュロス:Schloss)、開放感を感じていたわけではなく、そこに囚われていた。このこと(精神状態だけでなく環境も織り込むこと)はLA時代に映画音楽で実践していた(背景が切り替わるときに音楽でもその変化を表現する)。
  • 大井先生:場面転換は音楽で作る、というのがすごいこと。
  • 物語は旅のようなものである。場面は流れるように移り変わらなければならない。

→メモしきれていなかったけど「環境」だけでなく雰囲気、空気という文脈でおそらくアトモスフィア(Atmosphere/Atmosphäre)というのが何回か出てきて(ドイツ語のはずだけどアトモスフェーレよりアトモスフィアって聞こえました)、とても耳に残って印象深いキーワードでした。超訳すると「アトモスフィアをムジーク(Musik)にするんだ!」って話をしていたんだと思います(※超訳しすぎ)。私は、ミュージカルの音楽といえば登場人物の心情を語るもの、と思い込んできたので、これが聞けたことは大きな収穫になりました。

 

Q3 「エリザベート」の世界共通かつ普遍的な魅力とは?(音楽の面から)

A3 コスモポリタンとしての人生の経験が結実しているから

  • 自分はコスモポリタンだと自称している。どの国の文化にも敬意を持っている(故郷も多文化の国)。さまざまな人生の経験が結実してこのスタイルになった。
  • (結果的に)その音楽が世界中に届いているのは、素晴らしいと思う。

→ここからは時間の関係で、最も質問が多かったという「エリザベート」に関しての質問になりました。コスモポリタンという言葉(コスモポリート:Kosmopolit)、知ってはいたけれどふだんはなかなか頭の中に上がってこない概念で、この気づきについては後述。

 

Q4 2006年のウィーン版ではオープニングが異なり、ルキーニが歌っている。2つのバージョンが存在するのはなぜ?

A4 いずれのバージョンにも意図があり、それぞれクンツェさんが考え抜いた上での創作

  • 東宝版などで広く知られるバージョンは)主要な人物が全員登場する。何度も見ている人には登場人物が誰なのかちゃんとわかるが、初見では誰が誰なのかわからないかもしれない。これは彼ら(シシィをめぐる登場人物たち)の主張を溶け合わせる意図で作っている。
  • 一方、2006年のウィーン版ではルキーニのソロで始まる。ルキーニだけに任せることで、理解がしやすくなっている。
  • バージョンの違いは存在するが、いずれもクンツェさんがドラマツルギー的に考え抜いた上で創作している。

→ハッとされられたのは、初見だと「我ら息絶えし者ども」が初見だと何が起こっているのかわからないかも、ということです。これは良し悪しではないし、初めて観た人も最後まで観れば「あれはあの人だったんだ」とおぼろげにわかったりすると思うのだけど、たぶん教室を埋めた一般の受講者の多くは私と同じようにエリザベートを何度も観た人たちなんですよね。エリザについてはあまりにも多くのことが“自明”だと思い込んでいたところ、「作品とどのように出会うか」について真っ当に考えるきっかけになりました。不勉強ゆえにこのバージョンのことは知らなかったのだけど、大井先生いわくDVD?で見られるそうです。

 

Q5 「エリザベート」のメロディが強く印象に残るのはリズムによる緊張感が関係あるのでは。シンコペーションを多用している意図は?

A5 緊張感を生み出し、それによって「つまらなくなる危険性」を回避するため

  • 私がシンコペーションを使う理由は2つある。1つ目は緊張感を生み出すこと。2つ目には、それによって「つまらなくなる危険性」を回避するため。
  • 例えば「闇が広がる」はこういうふうなメロディだけど、拍の頭に合わせて歌うと「つまらない感じ」になるでしょう(※リズムを取りながら口ずさんで説明!!)
  • リズムを使って雰囲気(Atmosphere/Atmosphäre)を作っている

→この時点で残り10分程度で、時間的にも内容的にも*5読まれることはなさそうだな、と思っていたところ、手元の資料からご本人が「ぜひこれに答えたい」と選んでくださいました。感激のあまり、人知れず、教室で涙ぐんでいました。昨秋〜のエリザベート上演期間にいろいろ考えるなかで私は「意図的にやっている」という仮説を立てており*6、その答え合わせをすることができました(可能性としては「特に意図したわけではない」ということも考えられたけど、そうじゃないとわかった)。作曲家本人が歌ってシンコペーションのあり/なしの比較を説明するという貴重な機会に、受講生みんなで「なるほど〜」と耳を傾けられて嬉しかったです。

 

 

Q6 人生で大切にしているものは?

A6 何よりも大切なのは第一に愛、第二に愛、第三に愛、そして第四に平和。

  • (愛と平和を重んじることは)人間の原則だと思う。愛(Liebe)にはいろんなニュアンスがあり、それを活用し、自分の中に内包していくことが大切。
  • 愛を示すことは本来は簡単なことなのだ。

→メモから抜け落ちてしまったけど、ここにもコスモポリタンという表現が出てきたような気がする。スケールの大きな愛に思いを馳せました。

 

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最後にまさかの撮可タイムがありました(掲載も可)。大井先生に「Kaiser」は日本語で何というのかを尋ねて「コウテイ。」と言ってクマをニコニコと掲げるリーヴァイさん、キュートでした。

*7

 

サイン会

整理番号のグループごとに割り当てられた教室で待機し、旧島津本邸の本館へ。部屋にはエリザベートの音源がかかっていました(ドイツ語のもの)。ついたてなどはないので、少し前の方の様子をうかがい知ることができました。英語やドイツ語で流暢にお話しされている方もいて、尊敬。私は心の中で「フィーレンダンク!フィーレンダンク!」と素振りをしていました*8

順番が来る直前になって「あっ、サインで名前を書いてもらうし、お礼を言う前にちゃんと名乗ろう!」と思い至り、ここにきてようやく、というか人生で初めて、第二外国語の履修が役に立ちました!!

「Ich heiße… (本名)」と名乗ったあとに、途端に心細くなり、目を泳がせながら用意した英文でお礼を申し述べました。あるあるだと思うけれど、頭は真っ白でした。リズムについては、もういちど、緊張感と、あと歌いやすさ?みたいなことを伝えてくれたような気がする*9。通訳の方のサポートがとても心強かったです(講義中にも長いフレーズを淀みなく明瞭に訳して伝えてくださって、とてもわかりやすかったです)。ただの一観客なのに、こちらをまっすぐに見据えて、その黒い瞳を生き生きと輝かせて言葉をかけてくださったこと、忘れません。

 

まとめ

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部屋を出たあとに、少し残って本館の美しい建築を堪能しました(聖堂などの禁止エリア以外は節度を守って撮影可)。聖堂にも入らせていただき、ほんの束の間、静かな思索の時間を過ごしてみたりもしました*10。こんな貴重な体験もできたのに、改めて、参加費、安すぎませんか!

教職員の方や学生有志のみなさんの案内もスムーズでわかりやすく、快適かつ不安なく受講し、よい経験をすることができました。大井先生のお話*11ももっと聞きたいと思いました。勉強、したいです…。

改めてリーヴァイさんのお話の内容を振り返ると、「愛(Liebe)」という言葉がたくさん出てきたことに気づきます。その背景にあるものは、自分と違うものを受容し、さまざまな文化に尊敬を抱き続けることなのだと思います。それが自然とコスモポリタンという自己認識を導いているのでしょう。島国に暮らしているとなかなか意識しにくい面もあるけれど、リーヴァイさんの地球規模の視座に触れて、そうだ自分もコスモポリタンになれるのだ、と捉え直すことができました。音楽を起点に、このようなことを考えることができて幸運でした。今日のお話をもとに、サインしていただいた本書をじっくりひもときたいと思います。Danke schön❣️

 

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久しぶりに連れ歩いた閣下くま🧸

 

本書についてくわしくはこちらから👇*12

 



 

*1:足を踏み入れたどの空間も、親しげで、それでいて静謐で、普通の教育機関とは違う特別な雰囲気をまとった空間でした(まさにアトモスフィア)。お手洗いもとても快適。私が東京生まれのお嬢様であったなら…

*2:他にもたくさん日本語が聞けて、来日の機会が多いことが察せられました

*3:モニカさん、ニコニコして座っていらっしゃいました。最後に投げキッスくださった❣️それにしても“シシィのオタク”として成功しすぎてやいませんか…!モニカさん所有のドレスなどは本書のカラー写真で見ることができます。すごい、本物………

*4:モニカさんと、御子息のシルヴェスター・ジュニアさん

*5:シンコペーションはみんなわかると思うけど、それでも音楽用語だったので

*6:https://x.com/purplekuina076/status/1995712446950940749?s=46&t=c0vaULFKM7Y_2MIdErXLeQ

*7:ものすごい余談:Q&Aコーナーのまとめ方に手慣れているとすれば、私は及川光博さんのワンマンショー50本以上についてこういう質問コーナー(愛と哲学の小部屋)を含むレポを書いているからです。

*8:Vielen Dank/チャッピーに聞いたけど、普通にダンケシェーンでよかった説???

*9:注意深く聴いてくれていますね、と言ってくださったことが本当に嬉しかったです…

*10:二都物語で大変な目にあったので少しずつキリスト教の勉強をしてみているところ。それでも祈るって何かまだよくわからないんだけど

*11:先生は今回のエリザを東京で5回、札幌で2回ご覧になったそうで、あまりにも“仲間”でした…

*12:紙の高いご時世に3千円以下、ありがたいことです。4Cのページは16ページ単位になってるから台割でコントロールしたのかな

ワンマンショーにおかえりなさい/及川光博ワンマンショーツアー2025「DISCO☆ENDORPHIN」セットリストほか(7/13 福岡国際会議場)

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降ったり晴れたりのお天気でした。

 

2025年の年明け早々から計画してた地元・福岡での異種マチソワ(「二都物語」大千秋楽→ミッチーさんワンマン福岡公演)。まさか、ワンマンショー再開の地になるとは思いもよりませんでした。大阪2・愛芸の延期/中止のあと、「福岡、ないかもな…」くらいの気持ちで待っていたのですが、再開のお知らせが届き、ギアを切り替えました。暴れ散らかす情緒をなだめつつ、絶対に劇場に持っていかないほうがいいアイテムNo.1、ポンポン*1を厳重にカバンにしのばせて博多座に行きました。

で、実はこの記事はここまで↑、福岡空港で書いてたんですよね(2025年7月)。で、なんとなく気が進まなかった理由が、ミッチーさんがステージで、公演中止/延期に関して、私たちベイベーに向かって深く頭を下げたからでした。感覚的にどう取り扱ったらいいかわからず、ブロガー仲間との編集会議(※打ち上げ🍺)でもどうするかね〜みたいな話をしたりして*2。私は同時並行で二都物語フランス革命の勉強に忙しく合計数万字を書いていたので、結局レポが書き上がることはありませんでした(人見2daysはメモしてあるんだけど、記憶がもう取り出せない)。

このたび半年以上たって掘り起こすことにしまして、今回はセトリ→愛哲→雑感、の流れであっさりとまとめたいと思います。愛哲部分だけはその後の機内でテキスト化が済んでいたので当時の時制で書いてあります。ちょっとややこしいけど、よろしければおつきあいください。

 

 

セットリスト

※赤字は初日を基準とした入れ替え曲です。

※「🪄」はステージでダンサーがペンライトを使っている曲です。

1部

(SE:ワルイコトシタイの冒頭)

1.ダンディ・ダンディ

2.Shinin' Star

3.邪念オーバードライブ

◆MC

(メンバー紹介:Can't Take My Eyes Off You)

4.Sparkling Girl

5.理想論('99)

6.PARANOIA

7.ダンシング・ヒーロー(Performed by Asami, Sachie and Yuko)

8.close your eyes

9.展望デッキ

◆MC

10.メロディア

11.悲しみロケット2号 🪄

12.今夜、桃色クラブで。🪄


2部

(愛哲登場曲:サウスポー)

13.みず色ワンピース(むらさきワンピース)

14.死んでもいい

15.コングラッチュレーション!!


EC 

1.S.D.R.

2.求めすぎてる?僕。

3.バラ色の人生

(SE:BE MY ONE)

 

影アナ:桐山漣さん

 

愛と哲学の小部屋

Q1.ミッチーのバックダンサーになりたいです。どうしたらなれますか? 7年先も歌っててくれますか?

A1.一緒に踊ろう!/幸愛と悠子を倒せるかな?

可愛らしいベイベーさんより!成人後の夢として挙げていて、タースーは相合を崩しつつも真剣に年齢を計算して62、3歳?というので思わず宇宙猫になってしまいました、そうだよね、仮に1歳ずつ歳を取るとしたらそうだよね?(※仮に、とは)
この話を聞きながら、つい、大好きなさちゆこに思いを馳せてしまったのですが、「でも〇〇(お名前)、幸愛と悠子を倒せるかな…?」と挑むようなジョークを言ってくれて、なんだかホッとしました。今年もさちゆこが卒業しませんように。→卒業しませんでした!よかったぁ!!

 

Q2.最近覚えた若者言葉は?

A2.バイブス。

「メロい」を例に挙げての質問でした。最近ドラマの撮影現場で覚えたのは上記の「バイブス」。これをカッコつけて言ってみたあと「似合わねーーー!」と天を仰ぐタースー。とはいえ「すべて若者言葉に対応しなくてもいいと思う」とまとめていました。あと、公式LINEの文言は自分で打ったものを転送して配信してもらっているそうなのですが、おじさん構文的な心配をしていたのが面白かったです。(自分の文面)大丈夫?赤いビックリマークとか使わないようにしてるんだけど」

 

Q3.好きな博多弁は?

A3.「〜ちゃろ?」と「〜と?」

愛哲、福岡の人がメインに読まれており、ここから博多弁ネタが続きます(フラグ)。しかしですね…わたくし、過去の福岡公演でミッチーさんと方言のことで一生喧嘩してたんですけどね、なんかびっくりしたんですよ。「かわいいから喋ってってつい言っちゃうけど、あんまそういうのよくないと思わない??(真顔)…え、まって、どうした??
以前、博多弁について「あざと可愛い」って言われたのが遺憾だったんですけど、方言ハラスメント、略して「ほげハラ」なる言葉まで使って「逆の立場にたって考えようね」みたいなことをおっしゃるではありませんか。え、なに?綺麗なジャイアン…??
一応お答えとしては上記を遠慮がちに挙げてくれまして、いずれも疑問系の「〜ちゃろ?」と「〜と?」でした。これだけだとわからないと思うので用例を勝手に作って解説します→「ワンマンの福岡公演、行くっちゃろ?(ワンマンの福岡公演、行くんでしょ?)」「ツアーグッズ何買ったと?(ツアーグッズ何買ったの?)」

 

Q4.「山笠のあるけん博多たい!」にちなんで、「〇〇のあるけんミッチーたい」の決め台詞を作るなら?

A4.長いMCのあるけんミッチーたい/生き様発表しとるけんミッチーたい

そこへ飛んでくるブーメラン。ほげハラしてすみませんでした…。
博多座二都物語大千秋楽を見た後に山笠の行事「集団山見せ」を眺めながら考えたのでこうなりました。深く悩まないで済むように「ベイベーのあるけんミッチーたい」くらいで処理してもらおうと思ったんですが、お手数をおかけしてしまいました。あとは客席から飛んできた?\キラキラしとうけんミッチーたい/が私は好きです🤝
(どうでもいい解説ですが「の」は主格を表す格助詞なので「が」の意味です)

 

Q5.旅に必ず持っていくものは?

A5.おくすりポーチ

念願の福岡公演参加が叶ったベイベーさんより…っていうか友達!(文体でわかったよ🫶)
要は常備薬を念のため持ち歩くやつのことなんだけど、この、復帰明けという文脈も影響してか、なんかみんな「おくすり」という言葉に反応して心配する雰囲気がちょっと出て、あわてて安心させるタースー。
*3

 

Q6.福岡の女性のイメージは?

A6.かわいい。でもどの土地土地のベイベーも…!

このときねー「かわいい」って言われて私たちが押し黙ってしまったんで、ミッチーさんを焦らせてしまって本当にごめん🙏でも決して失言とかじゃないと思うんだよ。うちらの心境を解説すると、あまりにも東京の人から「福岡の人は可愛い/きれい」と言われるので、「あーね」ってなるのと、「わかるよみんな可愛いもん、けど自分は違うけんね」という心境でそうなりがちといいますか…。私もたまに帰省すると天神を歩いてる子たち可愛いなと普通に思います。でもいつだって自分のことはカウントに入ってないんですよ、我々(←主語でかくしてごめん、同郷の人にも意見を聞きたいところ)。

 

Q7.自宅、実家以外で愛着のある空間は?

A7.寿司屋のカウンター/ビクタースタジオ

お引っ越しを控えているベイベーさんより(無事に終わりましたか?)。安全に答えられる質問が来て見るからにホッとしていたミッチーさん😂元気いっぱいに上記のお答えでした。

 

雑感(MC断片、S.D.R.日替わりネタなど)

  • 最初のMCで「盛大に謝罪します」と宣言してから「申し訳ありませんでした」と詫びて深く頭を下げた数秒間。髪の毛から滴る汗が、ぽたぽたとステージ上に落ちるのを眺めていました(前ベイベーでした)。ワンマンでそんなことを言われたことがなかったので、みんなどう受け止めていいかわからなかったような感じもあり、あの独特の時間は今でも印象に残っています。ミッチーさん自身、探り探りで言葉を引っ張り出し、客席に語りかけることで、自分自身の傷を癒やしているのかもしれないと思いました。
  • 詳細は割愛するけど、リハで一応歌ってみて、笑っちゃうほど全く声が出なくて思わず師匠を振り返ってしまった、というエピソードがリアルでした。
  • この日とってもよかったと感じたのがバラード2曲。Close your eyesの演奏がしっかりとまとまっていたし、幸福そうな笑顔をたくさん見られて、たくさんキスを飛ばしてくれて、とても愛情深いパフォーマンスでした。バラ間のMCでは体調不良の文脈で私たちの健康を気遣いつつ、「みなさんの幸せを祈っています」とも。
  • 一方でお遊びも楽しかった。桃色クラブのブレイクでは「教えてあげようか!」で優しいドS、「へへへっ×2」という謎の照れ笑いがあり、極めつけは「寸止め大好き僕ミッチー」でした。何を、、何を言ってるんですか????
  • S.D.R.は「おっしょい!おっしょい!オイサオイサ!山笠フォー!」でした。「おっしょい」も「オイサ」も山を舁(か)くときの男衆の掛け声です*4。「おっしょい」がゆっくりのときで、「オイサ」が早くなったとき(なぜか後者はカタカナで表記されます)。振り付けは「おっしょい」で舁き棒を舁く動作を可愛く、「オイサ」では台上がりの偉い人が両手を前に出して煽る動作をかっこよく(伝われ)。前者は特にさっちんの足ぴょこが可愛く、後者は特にゆうこりんが勇ましくて素敵でした。福岡公演が山笠シーズン(2週間しかない)に重なるのが大好きだったのだけど、今後は時期の前倒しにより、なさそうだなぁと予想しています。貴重なS.D.R.日替わり、思い出にします。ありがとうございました❣️
  • 最後のMCでは「アーティスト、ショーマン冥利に尽きる1日でした」というようなことを言っていて、ショーマンという響きがぐっときました。イマジュンとハグをして、ハイタッチをして、そのあとみんなともハイタッチをして。ホッとしたのが伝わってきました。
  • 遠隔ハグでは「恥ずかしがらないで…」と囁き、抱きしめられ中のベイベーから\たまらん!/と声が上がると「俺も!」と嬉しそうに応えていました。

 

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この日のマチソワ(博多座→福岡国際会館)の間に撮った「集団山見せ」の様子。盛りだくさんすぎる1日だったぜ…。

 

ということで、短いですが思い出しながらまとめました。このときのMCで宣言していた通り、2026年のツアーはかなり前倒しになりましたね。暑さの面では少し安心できます(これを書いている今は真冬だけど)。

体調管理という言葉があるけれど、個人的には体調は管理し切れるものだという前提に立つのはあまり好きではなく、人間だもの…と思うことが結構あります…(もちろん公演中止を悲しむのは当然のことですが)。奇しくも、もう1人の推しも「声が出ない」ことにより休演することになった2025年。どうかみんな健やかに、と願わずにはいられません。

2026年はミッチーさんもベイベーみんなも健康第一で、津々浦々にバラを咲かせながら巡って行きましょうね🌹

 

 

 

*1:音が鳴るので。カバンに深くしまって床に置いていれば何も問題はないのですが

*2:「なんとなく、これは書かないでおこっか〜」みたいな会話がありました(これは私たちにしかわからん感覚)。そして選んだお店がガチすぎて長法被姿の男衆に囲まれて飲んでたのは今でも面白いわ。

*3:個人的に「おくすりポーチ」という語感には非常に思い出があります。←これも何人かしかわからん話

*4:これ今さらだけどベイベー=女子がやって怒られたりせんよね大丈夫よね💦まぁいいか

「Songwriter's SHOWCASE」レポ&感想〜心の“ひだ”を見つめて(2026年1月4日・シアタークリエ)

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今年も「Songwriters' SHOWCASE」に立ち会うことができました。当日ステージで語られた作品紹介+配布資料を参考にしつつ、12作品について簡単に感想を残しておきます。これから綴ろうとする文章のクオリティはさておき、私はこの企画に対しては絶対に何かしらの“反応”が必要だと信じています。なので今年も本気で書きます(だれも頼んでないけど)。

なお、去年は号泣しすぎて人間の出がらしになってたんですけど、今年は頭をフル回転させながら観ていたのでCPUが焦げました*1

※2024年12月と2026年1月の実施でややこしいのだけど、プログラムの表紙には「2025」とあるし事業自体は2025年度であろうと解釈し、本記事では開き直って「去年」「今年」と呼称します。

 

 

レポ&感想

イントロダクション

昨年はn2nのセットを活かした演出でしたが、今回は大きな額縁がセンター奥にしつらえられており、その中に張られた幕にタイトルが投影されています。下手には階段とちょっとしたバルコニーのようなステージが。開演を前に、上手・下手の隅に用意された椅子にキャストのみなさんがゆっくりと集まり始めます。これは昨年と同様。

そして登場する井上芳雄さん。ダークグリーンのスーツに薄手の黒タートル、黒のシューズを合わせ、胸元には黒いポケットチーフ(白い柄がアクセント)とブローチ。すらりとした体躯がまぶしく、今年もものすごく脚が長かったです

福岡タワーのごたる(1年ぶり2回目/壁面緑化ver)

企画の趣旨を説明し、2年目でスタッフも気合が入っているということで今夜のためだけにセットが組まれたことを説明。「あ、でもこの額縁はYuichiro and friendsから借りてきました。そんな予算あるわけないですからね」でひと笑い。「何事も2回目が一番むずかしいですからね。3回目があるかどうかは今夜の演者と観客にかかってるので」と何故か我々にも圧をかけるのでした*2

 

1.「私は竜巻(난 태풍이야)」“I Am the Storm”〜『カタリーナ』より🇰🇷

🖊️Hanbit Jeong/🎼Jimin Byeon/🎤Lumina

リエーターのチャン・ハンピッさんとビョン・ジミンさんの趣向をこらしたプレゼン*3の後、2人が「竜巻だ、逃げろ〜!」とはけていき、曲が始まります。主人公のカタリーナを演じたのは赤いワンピースをまとったルミーナさん。シェイクスピアじゃじゃ馬ならし」をアレンジした本作で、せっかくの求婚者が現れたのだからなんとか嫁がせたい父親(バプティスタ)とカタリーナがやりあう場面でした。じゃじゃ馬ならし」って現代では「ハァ??」っていうあらすじだと思うんだけど、ルミーナさんも歌い出す前から「ハァ??」って顔を作ってた。自分をモノとして扱い、さらに適当な男に押し付けることを「宿題」というなんて、あり得ないですよね。その意思を込め、ロックサウンドにのせて進むべき道を歌うルミーナさん。階段に登って歌い上げるラストの「♪そう、竜巻ーーーー」が圧巻でした。これがビームってやつ…!

 

2. 「僕、ゴジラ」“I, Godzilla”〜『僕、ゴジラ』より🇬🇧

🖊️🎼Alexander Morris/🎤Julian

脚本・作詞・作曲を担当されたアレクサンダー・モリスさんは素敵なスーツをお召しで、芳雄さんが「Nice Suits!!」と褒めていました*4。キラキラと目を輝かせてプレゼンテーションされるのが印象的。ゴジラを始めとする怪獣映画のオマージュがたくさん散りばめられているそうで、「もし東宝で上演するんだったら、権利関係めっちゃ早いと思います」と芳雄さんが太鼓判(?)を押していました。

英語での歌唱を披露したのは、アメリカでの活躍を経て軸足を日本に移されたジュリアンさん。昨夏、TdVのヘルちゃん🩲でたくさん拝見しました☺️やっぱりかっこいいなぁ。歌詞を覚えきってなくて緊張すると語りますが、それもそのはず、なかなか長さのあるナンバーでした(資料に印刷された歌詞の級数めっちゃ小さい)。冒頭、背景に真っ赤なライトが光り、スツールにうつむきがちに腰掛けたジュリアンさんの鍛え抜かれたシルエットが、一瞬ゴジラを彷彿させたのは気のせいでしょうか。ベースのシンコペーションが印象的な力強い曲調で、自分自身と対話を重ね、痛みを克服し立ち上がろうとする、自己解放のナンバーでした。

 

3.「今日、私は」“Today I Am”〜『少女の作り方』より🇺🇸

🖊️Laura Barati/🎼TJ Rubin/🎤Sylvia Grab, Marika Dandoy

完璧な少女“The Young Girl”を作り上げる研究所*5で極秘に育てられたヒナ(ダンドイ舞莉花)が、ルームメイトを募集するファイラ(シルビア・グラブ)のメッセージに呼応し、外の世界(Real World)で生きてみようと決意するWish Song(こちらも英語歌唱です)。作曲を手掛けたTJルビンさんはミュージカルとオペラの境界でクリエイションに取り組まれているそうで、その説明を聞いたダンドイさんとシルビアさんが「だからこんなに難しいんだ…!」と顔を見合わせて納得していました。譜面を受け取ったダンドイさんは、開いてみて思わずいっぺん閉じたそうです笑。ダンドイさんに「日本語に訳すと『少女』になるけれど、英語ではYoung Girlで(ヒナは)20歳なんですよ」と説明された芳雄さんが「年齢なんて関係ない!役者は何にでもなれるんだ!」と応じると、シルビアさんが「顔を見て言ってほしかったわ」とあうんの呼吸でツッコミを入れていました。

オペラっぽい曲調なのかな?と思いきや、実際はブリリアントなポップスの響きに彩られていて意外でした(なんかちょっとボサノバっぽい箇所もあったような…うろ覚え)。研究所の生活を説明する軽快な導入を経て、後半から、オンラインでルームメイトを探すファイラが加わるのですが「♪メッセージして確かめよう お互い人間かどうかと現実世界でうまく暮らせるかを!(歌唱は英語)のところは、ヒナは本当の人間(real human)なのかな?とドキッとさせられました。

このThe Young Girlがどのような方向性で錬成されているかは、現実世界(Real world)で若い女性(Young Girl)がどのような役割を求められているかを思い出せば、ある程度想像することができるでしょう。ファイラとのシスターフッドを予感させる、でも結末はどうなるのだろうと一抹の不安も感じさせるナンバーでした。

 

4.「こんな私じゃなかったら」“If I Weren't Who I Am”〜『When Tango Ends』より🇯🇵

🖊️Hinako Tagai/🎼Miyako Matsuoka/🎤Sora Kazuki

この曲、めっっちゃ刺さった…。

互日向子さんが脚本・作詞、松岡美弥子さんが作曲を手掛けた『When Tango Ends』より。1942年のブエノスアイレスを舞台に、両親の仇・ホセへの復讐を誓い殺し屋として暗躍するカミラ(和希そら)が、ホセの娘・エレナと惹かれ合った末に離別を決意する悲しいナンバーです。カミラは復讐のために男装してエレナに近づいており、この設定には芳雄さんも「得意そうですね??」と興味津々。そらぴ(と呼ばせていただきます、SIXぶり!)も曲調について「懐かしい感じ」だと応じ、宝塚っぽい感じがするとのこと(客席の奥を指して「あちらのほう」って言ってました)。

「わかってるわ、そんなこと。言われなくたって、わかってる。」の語りから曲が始まると、タンゴ風のメロディーにのせた哀切な歌唱にあっという間に引き込まれました。これ、宝塚でやったことあったんじゃないですか??ないの??

信仰のタブーに抗えない絶望愛する人を騙していた罪悪感という二重の葛藤。それは悲しいことに自己否定に向かいます(だから、タイトルが「こんな私じゃなかったら」なんだと思う)。湿度をまとった低い声で寂寥感と哀愁を漂わせる“そらカミラ”、こんなのみんな好きに決まってる…!テーマが重いからこのノリで消費しないようにと自戒しつつ、でもエンタメとして最高でした…。お衣装も、タイトのミニスカートにサッシュベルト+チュールの裾の飾りがついているような構築的なもので、今思ったけど少しだけヨルさんっぽさもあるんだなぁ。

日本語歌唱だったので歌詞にも注目しました。レトリックの鍵になっているのは、おそらくカミラはずっと愛するエレナのことを歌っているのだけど、その人称代名詞が「あなた」だったり「彼女」だったりすることです。これは心の距離が揺れ動いているからなのかなと思います(本当は別れたくない)。そしてラスサビでは「あの子」になるんです。「♪あの子のためにさよならを/あの子のためよ/あの子のためなの」と畳み掛けて「♪ああさよなら」と結ぶので、ここではもう背中を見送るくらいの心の距離があるわけです。そしてカミラにとってエレナは同年代か年下であろうという関係性も想起されます。面白いのは、併記された英語の歌詞では「彼女」と「あの子」はどちらも“her”になっていること。つまり、日本語だから表現できた機微なのだと思います。うーん、長く書いてしまったけど本当に素晴らしい。すぐにでも上演をお願いしますね!!!(どうしてもエレナ役には元娘役さんが合うような気がしてしまう)

 

5.「いつもは私が」“Usually I'm the One”〜『ギルガメッシュ&ザ・モスキート』より🇺🇸

🖊️Sam Chanse/🎼Bob Kelly/🎤sara, Bob Kelly

これは本当に悲しくて泣いてしまった1曲。トニー(sara)とカミル(ボブ・ケリー)夫妻のすれ違いを描いた繊細なナンバーでした。芳雄さんがこの曲の背景を、トニーが異常妊娠をしていることがわかり…と説明したとき、客席から「あぁ…」と悲痛なため息が漏れました。本当にシビアな、シリアスな設定です。作曲を担当されたボブさんがキーボードを弾き語り、saraさんが中央の段に腰掛けて遠くを見ているミザンスは、物理的な距離に加えて決して視線が交わらないことを示しています。それぞれがバイオ研究者/古典学の教授というインテリジェントな夫婦は、これまではキャリアに挫折しても社会との摩擦に傷ついても、2人で話し合いながら乗り越えてきました。それなのに、最も大切なことが話せない。「これまで乗り越えてきたこと」が列挙されるからこそ、単に仲良しというだけじゃない、深い相互理解に基づくパートナーシップだったことがわかり、その破綻の悲劇性が強調されます。少しだけ自分に置き換えて考えてしまい、とっ…ても悲しかったです。パートナーシップの失敗といえば私の中ではエリザのシシィとフランツなのですが、本作はその普遍的なテーマをリアルかつモダンに研ぎ澄ませたものなのだと思います。saraさんの透明感がありつつ抑制的な歌声がナンバーによく合っていました(悲しかった…←リプライズ)。

 

6.「ベストと言っていい(이보다 더 좋을 순)」“Couldn't Be Better”〜『ゴースト・ノートより』より🇰🇷

🖊️Seyooh Oh/🎼Yesseul Hwang/🎤Misato Higashijima, Kento Yamada

登録者10万人のYouTuber・バダ(山田健登)と、彼に取り付こうとする幽霊・チャンイ(東島京)。生前はドラムが得意だったと思われるチャンイが、手こずっているバダにアドバイスする場面からスタートし、2人の心が次第に共鳴していく様子が高揚する音楽にのせて描かれます。バダは華やかな表の顔を持ちつつ本来は内向的で、それは表情などからちゃんと伝わってきました。一方のチャンイは陽のパワーをほとばしらせてバダをエンパワメントしていきます。死んじゃってるなんて信じられない!京くんは歌い終えた後、芳雄さんにも「こういう(明るい)性格なの?」って聞かれていました…笑。

この曲のラストにバダは“予選通過”の知らせを受けており、ドラムのコンテストなのかなぁ、プログラムの情報とあわせて読み解くと、2人でコンテストに挑戦するストーリーなのかもしれません。だとすると、待っているのは切ない結末なのかなぁ…。チャンイの魂はステージにどんな輝きを残すのか、バダはどんな成長を遂げるのか、想像が膨らみます。

※全然関係ないけど、私は昨日Endless SHOCKの上映を初めて観て、“板の上で渾然一体となった生と死”についてぐるぐる考えていたところでした(実は昨夜の時点で脳みそがキャパオーバーしてた)。

 

7.「トゥー」“Two”〜『イン・クレイ』より🇬🇧

🖊️Rebecca Simmonds/🎼Jack Miles/🎤Lumina

実在した陶芸家マリー・カザンの人生を描く“ひとりミュージカル”『イン・クレイ』より。芳雄さんとルミーナさんが「1人で歌うって大変だよね💦」と演者の視点で共感しあっていました。壊れたものに美を見出すというテーマがあるそうで、それは日本の「金継ぎ」にも通じるのでは、という紹介が印象的でした。確かにこれも陶芸の文脈ですね。

序盤の楽曲でマリーが13歳の頃の場面。ルミーナさんが「これから13歳になります」と宣言した通り、可愛らしさと大人っぽさが同居する絶妙な“ローティーンっぽさ”が見事でした。ヘンリエッタ(ヘティ)との出会いを述懐するマリー。配布資料には「友情を深めていく様子」と説明されていましたが、歌詞の意味(英語)とルミーナさんの迫真の歌声からは、「友情」という言葉では割り切れない、もっと熱のこもった何かを感じました。でも特に名前をつけてラベリングしなくてもいいのだとも思います。

プログラムの作品紹介では「夫が一部彼女の作品を自分のものとして発表して名声を得」ていたことが示されており、日本語のWikiがあったので覗いてみると「より有名な画家、ジャン=シャルル・カザンの配偶者であった。」と説明があったので閉口しました…。1924年に79歳で没した彼女の人生が、本作でどのように語られるのか興味をそそられます。

 

8.「羊皮紙に刻まれた宇宙」“The Universe Inscribed upon Parchment”〜『マインツのヴィルヘルム』より🇯🇵

🖊️Yo Namiki/🎼Shinichiro Kogure/🎤Yoshio Inoue

俳優として活躍される木暮真一郎さんと、作家の並木陽さんのタッグ*6、そして歌唱担当は我らが井上芳雄!!ものすごく楽しみにしていました。

司会をバトンタッチしたシルビアさんとアッキーさんが、複雑なあらすじを紹介します(芳雄さんはいったん上手袖へ)。舞台は10世紀ドイツの東フランク王国。芳雄さん演じるヴィルヘルムは、国王オットーとスラヴ人女性の間に生まれた少年で(聞き間違いかもしれないけれど「私生児」と表現されていたかも)、父の道具としてキリスト教の聖職者になることを強いられるなか、母の教えであるスラヴの神話を羊皮紙に書き残して守ろうとします。芳雄さんご自身の内面的なものを想像すると、コンテクストが複雑すぎて卒倒しそう。とにかく、葛藤のなか異端に踏み出す決意を歌うナンバーです。

中世ヨーロッパの宗教的な対立が背景にあるのなら、どれだけ重厚な展開が待っているのだろうと思ったのだけど、切なさを含んだポップスが胸を打つではないですか。ちょっとラテンっぽいギターで始まり、重低音が印象的な本編へ。いやこれ楽曲だけなら本当に今をときめくボーイズグループの持ち歌と言われても信じます!!並木さんご自身も木暮さんの音楽性によって「新しい引き出しが開いた」と語っておられましたが、なるほどこのテーマと音楽のかけあわせの妙こそが本作の強い魅力の1つなのかもしれません。

そして芳雄ヴィルヘルムはというと、段に腰掛けて少し背中を丸めた姿は、控えめな性格の青年を思わせます。そう、昨年は芳雄Aの第一声で「人生の疲れを帯びた中年以降の男性」だと感じ、今年は芳雄ヴィルヘルムの第一声で「少し臆病そうな若者」だと感じ、これは作品の全容がわからないショーケースならではの感覚で、正しいかどうかはさておきやはりワクワクしますね。

私は不勉強だけれど、このナンバーからは、キリスト教に帰依する当時の青年にとって、異端とは恐怖なのだということが想像されました。それを打ち破り、ペンを武器にして母の故郷を守ろうとする壮絶な決意表明。最後は階段を登って上階へ。逆光の中から、圧巻のロングトーンが降り注ぎます(この演出には少し宗教的ニュアンスが感じられました)。すごかった…。あぁ〜…12/29で確信していたけれど、芳雄さん、完全復活です(号泣)。

 

9.「ジュヌの世界(준우의 세계)」“Inside Jun-Woo's Bubble”〜『君と友達になるための完璧な計画』より🇰🇷

🖊️Soomin Kim/🎼Chanmi Kim/🎤Woo Hyuk Choi

自閉スペクトラム症*7を抱える高校生・ジュヌの内面を描く作品。韓国で活躍中で、日本ではミス・サイゴンの出演を控えるチェ・ウヒョクさんが歌唱しました。ウヒョクさんはとても日本語が堪能で、ほぼ通訳を介さず芳雄さんと会話されていました。「今は緊張しているので…」と謙遜するも「今のところ完璧です」と芳雄さん*8。緊張といえば芳雄さん、このMCあたりで「歌い終わったらこっちのもんだ」とか言ってたな、やはり歌を控えていると緊張するものなのね。

冒頭では、科学室に閉じこもったジュヌが、増幅されるドアの開閉音や他人の囁き声、チャイムなどの音に苦しめられる様子が描かれます(聴覚過敏の表現*9)。「ジュヌの世界」という邦題ですが、イントロを聞くと“Inside Jun-Woo's Bubble(ジュヌのバブルの内側で)”という原題なのがうなずけます。歌も素晴らしかったですが、繊細な表情のお芝居がリアルでした。

 

10.「窓際の席」“A Window Seat”〜『聖セバスチャン』より🇺🇸

🖊️Sean MacCabe/🎼Jinhee Kim/🎤Misato Higashijima, Julian

カナダの田舎町のシェルターで暮らすジェイミー(東島京)が、恵まれた階級のセバスチャン(ジュリアン)と飛行機を見上げて語らい、世界への憧れを歌うナンバー。英語での快活な会話劇から始まり、海外ドラマを観ているような臨場感と若いパワーをほとばしらせる2人の歌に引き込まれました。

配布資料の楽曲紹介は非常にあっさりしていたものの、プログラムの作品紹介を読んでその複雑さについて考え込んでしまいました。タイトルの通り本作もキリスト教の信仰を背景に持ち、そこにクィアネスが交わってくるというのです。この2つについてジュリアンさんが真剣な表情で「どうやってcoexistanceすればいいのか…」と言葉を探し、芳雄さんが「ともに存在するって意味ですかね」と引き取ります。

本作の舞台はカナダですが、クリエイター陣(ショーン・マッケイブ/キム・ジンヒ)はアメリカを拠点にしているので、手近にあったアメリカ史をテーマにした本を紐解いてみました(森本あんり『キリスト教でたどるアメリカ史』,角川ソフィア文庫,2019)。それによると、アメリカの教会で同性愛*10について議論され始めたのは1980年代とのこと。現代では教派によって対応はいろいろで複雑のようです。カミラがエレナとの別れを決意した『When Tango Ends』とは時代が異なるけれど(国も)、このテーマが現代社会でどのように考えられているのか、ジュリアンさんの投げかけ*11で想像するきっかけになりました。

同性愛をめぐる意見は、現代人が聖書の文言をどのように解釈すべきかという釈義上の難問を含んでおり、その解釈次第では広く人々を政治的に分断しかねない。しかし、最近の世論調査によれば、三〇歳以前の若者は、政治や宗教に関する立場の如何にかかわらず、大半が同性愛を多様性の一表現として容認する傾向にある。

(森本あんり『キリスト教でたどるアメリカ史』,角川ソフィア文庫,2019)

 

11.「空っぽのまま走る」“Running On Empty”〜『メイフライズ』より🇬🇧

🖊️🎼Gus Gowland/🎤Sylvia Grab

『メイフライズ』は、カゲロウ(メイフライ)の一生になぞらえて、現代の恋愛の流れを描くストーリー。披露された「空っぽのまま走る」はメイ(シルビア・グラブ)がオンラインでやり取りを続けてきてまだ会ったことのない「フライ」を思い、自問自答するナンバーです。シルビアさんの歌唱は2曲目だけど、よく考えたらどっちもオンラインでやり取りしている役で面白いですね。

本作で興味深いのは、「メイ」と「フライ」という仮の名前をもつ2人の登場人物は、性別とその組み合わせが決まっていないということ。とてもとても現代的!!ガス・ガウランドさんが脚本・作詞・作曲をすべて手掛けた本作は、2023年にはヨーク・シアター・ロイヤルで初演を果たし、今年(2026年)にはウェストエンドでの公演が決まっているのだそう。遠い世界の話でくらくらしちゃうけど日本でも2人ミュージカルは実績がたくさんあるし、上演が叶ってほしいものです。

一定の緊張感がはりつめるなか、寂しさや恋しさが複雑に描き込まれたシルビアさんの歌唱。息を呑んで耳を傾けました。昨年の「Caledonian Sleeper」も素晴らしかったけれど、このナンバーで思い出されたのは「東京ローズ」(2023)のクライマックスといえるナンバー「集中業火の中で(Crossfire)」でした。

このナンバーの後、芳雄さんが全体を少し総括して「昨年は声高に歌い上げる曲が多かったけど、今年は心のひだに寄り添うような、繊細なナンバーが多い」「世相を反映するというか、世界がそういう気持ちなのかなと思いました」と述べていました(※超ニュアンスです)

York Theatre Royal Official(2023)↓

youtu.be

12.「物語を生きる」“Living Throgh a Story”〜『エマはまだあの夜にいる』より🇯🇵

🖊️Mizuka Motoya/🎼Mari Nishide/🎤Akinori Nakagawa,sara

日本のクリエイター、元谷瑞香さん(脚本・作詞)と西出真理さん(作曲)が手掛けた作品です。満を持してアッキーさんが登場、そしてsaraさんが再登場。2人は初コラボとのことで、saraさんは昨日のリハの後「興奮して電車に乗れなくて。日比谷をグルグルグルグル歩いてました」と告白し、芳雄さんに「どうやって帰ったんですか」と突っ込まれていました。そしてアッキーさんが芳雄さんとの長い付き合いをsaraさんにニコニコ説明するくだりも可愛かったです。そして照れ隠しなのか、謎にカーテシー(本日2回目)を披露する芳雄氏…。

そして本ナンバーでも、saraさん演じる少女・エマは死んじゃっているらしいんですよ…!板の上で渾然一体となる生と死!!(本日2回目)(キャパオーバー)

死んでいるという設定は観客に伝えてしまっていいのか芳雄さんがsaraさんに確認してOKとのことだったのだけど、エマ本人は気づいていないんだそう。プログラムの作品紹介によると1940年代のアメリカが舞台で「ふたつの大戦期を軸に」ということは、エマは第一次世界大戦の時期に亡くなった少女なのかなぁ…。

元天才作家エドガー(中川晃教)と、小説の続きが読みたいとせがむ不思議な少女エマ(sara)のデュエット。6/8拍子(たぶん)のゆったりと明るい曲調が心地よく、saraさんの透明感のある歌声に、アッキーさんの低めの歌声が大人っぽく重なります。もちろんアッキーさんは音域が広いのだと思うけど、ハイトーンボイスのイメージが強いからギャップにやられました…!ラストナンバーということで、くしゃっとさせた白い紙が天井から降り注ぐスペシャル演出も。歌う2人を観ていたいのに、舞い落ちるその軌跡があまりに美しく、つい見とれてしまいました。

クリエイター陣、キャスト陣が整列してのカーテンコール中、ひっかかっていた1枚が、マイクを握る芳雄さんの頭上にひらりひらりと落ちてきました。観客が反応しているのに気づいた芳雄さんがぱしっと手を伸ばしてその白紙を掴んだとき、ああ、今、舞台を観ているんだ、という強烈な実感が込み上げてきたのでした。

 

今年の作品を振り返って

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今年は昨年より上演時間の設定が15分短かったです(結果は約10分押し)

 

だめだ今年も1万字いってしまった…。

ええと、昨年は「美術・アートという魅力的なテーマ」「女性の声を届けるナンバー」「現代を映す関係性の提示」「各国の豊かなテロワール」に注目しましたが、今年はまず「関係の多様性」を挙げたいと思います。「1.私は竜巻」「3.今日、私は」などにフェミニズム的な文脈があるのは大前提で、「6.ベストと言っていい」のチャンイとバダ、「7.トゥー」のマリーとヘティのような、深い絆で結ばれた関係は、友情という単一のラベリングでは言い表せないような気がしました。「9.ジュヌの世界」ではジュヌが特性をもつゆえに周囲との関係構築に苦しみ、「2.僕、ゴジラ」はソルの独白ですが、背景にはソル、クリッシー、ハンクという3人の込み入った関係があるようです。「5.いつもは私が」に描かれた夫婦の問題もフラジャイルで、最も象徴的だったのは「11.空っぽのまま走る」の“交換可能”な登場人物でしょうか。「12.物語を生きる」は、昔からよく知っている類のロマンチックさが魅力ですが、幽霊との交流(というか共同制作?)という意味では多様性の一側面かもしれません。

一方で、さまざまな時代を舞台にした「信仰と信条のコンフリクト」にも興味を惹かれました。「4.こんな私じゃなかったら」は高いエンタメ性を実現しつつ現代に通じる問題提起を含み、「8.羊皮紙に刻まれた宇宙」は日本人に馴染みがない中世ヨーロッパを舞台していながら2つの神様の間で揺れるアイデンティティの葛藤が手に取るようにわかりました。「10.窓際の席」も、リアルに今の北米社会にある問題を描いているのだと思います。

でもやっぱり全体をまとめると心の“ひだ”をより細やかに見つめるということなのかな。やはり、芳雄さんの総括が言い得ていますね。

 

 

今年も細かいトーク内容は省いてお届けしましたが、芳雄さんは今年もずっと面白かったですし、「アンニョンハセヨ」や“Welcome”“Please”を交えるホスピタリティも健在でした*12

バンドは6人編成で聴き応えがあり*13 、各ナンバーを品よく引き立てる上田一豪さんの演出も素敵でした。ショーケース3回目も絶対にあると信じて、また今日出会えた作品が上演されると信じて、今年も自分なりのペースで劇場に足を運びたいと思います。

ご覧いただきありがとうございました。大急ぎで綴りましたので間違いがあるかもですがどうかご容赦ください。※あとで直すので…

 

それでは聞いてください、明日、仕事始め!!

 

*1:理由の1つは英語歌唱がめちゃくちゃ多かったからだと思います

*2:余談:袖ギリギリに座っていたアッキーさんが見えないということで芳雄さんがセンターに一度呼び寄せると、プリーツのワイドパンツという斬新なボトムを履いていることがわかって客席からどよめきが漏れました

*3:相性が悪いようで良い、の表現で「こんばんは」「こんにちは」の挨拶が噛み合わない小芝居をして最後に「おはようございます」。芳雄さんに「業界人だ」って言われてた

*4:そしてアレクサンダーさんに「You too」か「You look nice」かよく聞こえなかったけど褒め返してもらった芳雄さん「I know〜」って応じてて一番笑いました。長い脚でカーテシーやめれる???

*5:説明を聞いて、瞬間的に小花美穂の「パートナー」を思い出しました。平成のりぼんっ子なので…

*6:木暮さん、長身と華やかな雰囲気で人目をひきつけるのでロビーですぐにわかる、かっこよかった…

*7:配布資料では「アスペルガー症候群」とされていましたが、今は自閉スペクトラム症と名称が変わっています。確か説明の中では1回、正しくこの名称が使われていたはずです

*8:このあと「甲斐翔真くらい日本語喋れてます」と客席の笑いを誘い、「ごめんね甲斐くん」と雑にフォローしてました。MR!クリスチャンの絆…

*9:辛さの程度は比べ物にならないと思うけど、私もショッピングモールなどでの音の反響がとても苦手で、しかもそれに気づいたのがノイキャンのイヤフォンを使うようになったここ数年のことでした。ショッピングモールに近づかないようにすることは私のライフハックの1つ…

*10:クィアは包括的な概念ですがここではおいておきます

*11:TdV大好きなんだけど、ヘルちゃん(アルフレートに迫る伯爵の息子)についてはジュリアンさんどう思っていたんだろうなぁ…と考えてしまいました。

*12:あっでも「Introduceしてください、two minuets」みたいなルー語っぽい瞬間もあった。笑

*13:リードの方は少なくともクラリネット、サックス、フルートを持ち替えていました…大変すぎる〜

オペレーション<梟>in渋谷〜及川光博年忘れスペシャルライヴ2025「ゆくミッチーくるミッチー」12/31 LINE CUBE渋谷・セットリスト&レポ

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あけましておめでとうございます。

家族の了解をとりつけて、3年ぶりにゆくくるに参加しました!(with妹←n回目なので慣れてる)

音楽にダイブしたい、全力で踊りたい、何より楽しそうなミッチーさんに会いたい、というシンプルな思いを抱えて向かった夏以来の客席。簡単に感想をお届けします。

 

セットリスト

1部

Get Down To The Funk!!

紅のマスカレード

キミノマニア

名器

Who's That Guy

Funky 本気 NIGHT☆

プラネタリウム

瞬きのあいだに。

月下美人

インフィニティ∞ラブ

Shinin' Star

2部

愛と哲学の小部屋

メリーゴーラウンド

Don't Stop Me Baby

ポン酢・ポンザー・ポンゼスト

EC

死んでもいい

バラ色の人生

 

レポ

1部

オペレーション<梟>in渋谷

久しぶりで、コスプレのことをすっかり忘れていました。GDTTFのイントロに合わせて現れたのは、いばら姫スタイルのヨル・フォージャー×2とその間に挟まれたイーデン校の制服アーニャ、そしてド派手な三つ揃いをまとったロイド・フォージャー!!!!彩度高めのギラッギラグリーンに裏地はゴールド、マイケルを彷彿させる白のハットでキメています。絶対スパイ任務、無理!!

紅のマスカレードではミッチーロイドが任務の合間にしっかり唇を噛んでくれて(背徳)、ヨルさんズ(ヨルさんズ??)の2人がロングスカートをさばく振り付けで衣装をうまく使っていてセクシーでした。紅マス→キミノマニアへの流れは、ミッチーさんのディスコグラフィにしっかり含まれる歌謡曲の成分を感じられて高まりました。2番ではタンスをあけてアレをかぶったりはしなかったけど、床に大の字になったのでおそらく布団に勝手に寝たんだろうなと思います笑。ダンスについては、はるか昔、旧渋谷ミッションで習った振り付けを思い出そうと思ったものの、マスターできていなかった上に鏡なので撃沈。間奏の膝→腰→肩→バンザイのとき、上手にいるミッチーさんが「肩」のポジションで踊りながら左肩に添えた左手でマイクを下向きに握って「おいで」って言ってくれたのが超メロかったですl最後は歌詞にちなんで「マリア!」と呼びかけたのち「渋谷のベイベー!!」で締め。

 

及川光博の基本形態

MC。なんかとにかくすご〜く楽しそう&嬉しそうで、みんなのことを見渡しながらぐふふふって笑い出しそうなミッチーさん。「超ごきげんな及川光博です!ウインク!(←声あり)」と高らかに宣言して、最近までやっていた玄一を引き合いに出し、初心者ベイベーたちに「これが及川光博の基本形態です」とレクチャー。たしかにこれが基本形態だわ。今年のコスプレの趣旨を説明して、うちはヨルフォージャーが2人います!とドヤっていたのだけど、私と妹はミュオタなので「Wキャストだ」って思いました(つい前日にミュージカルが大千秋楽を迎えたばかり)。「ワクワクして、自由に楽しんで。(ペンラを)振ったって振らなくたっていい」。このご案内、いい感じにこなれてきたな〜と思います。

お正月に食べたいものシリーズ🦀

コーレスのテーマがこれ。

個人的に面白かったのが、毛ガニまできたところで及川家の正月の定番だと明かされ、うらやましがるリアクションに対して「ごめんね、裕福で。」とマジレスしてたとこです。真実すぎるやろがい。サッポロ一番のくだりでは「塩。」と言いながらシャイニンの締めのポーズをやってました。これはセトリの匂わせだったのかもしれない(違うと思う)

 

メンバー紹介と曲フリ〜コンプラ的にアウトな曲って“どれ”?

メンバー紹介の入りは「ぼくたちん家」のBGM。ホーン隊は全員ソプラノリコーダーです*1。コスプレはイーデン校の同級生3人組スタイル。誰がダミアンだろう?(予想ははじめちゃん)。1人ひとりのコスプレを丁寧に紹介していくのだけど、ちゃんと勉強(?)してたのはフランキーに扮したイマジュンだけでした…笑(ちゃんと『情報屋としてがんばります』って言ってた)。あさみんのアーニャは文句無しの可愛さ。ステラあげちゃう!!!

最後にめずらしいタイプの曲フリがありました。「次の曲は今やるとコンプラ的にアウトだけど大目に見てね(意訳)」みたいなことを言うものだから、私は「どれだ??全部では??(←言い過ぎ)」と思ったけれどチエさんがギターを持ってきたということは……

名器!!!!

これは私の初ワンマンとなった2019八王子で聞いて以来パープルダイヤモンドのセトリから消えた曲でした。久しぶり〜!!元気してた〜〜👋!???

洒脱でキメがめっちゃかっこいい曲だな〜と感動。次に聴けるのはいつでしょうか。

Who' s That Guy仮面ライダー3号に変身!縦ノリ×ペンラ、なかなか合いますね。続くFunky 本気 Night☆ではヨルさんズが市役所スタイルで再登場です(あさみんも同衣装。ヨルさん、増えてる!)。しかも段の上で、タイトスカートでファンクな振り付けをバキバキに踊るんですよ!!ものすごくガン見しました。バレたら“お片付け”されてしまう。

 

バラードを星でつなげて

バラードはプラネタリウムからの「瞬きのあいだに。」でした。2025のツアーでは、バラード間のMCはミッチーさんによる健康観察(みんなに体調は大丈夫?と確認する)が入るようになり、そうでなくてもわりとMCでひと盛り上がりすることが増えていました。この日も初心者ベイベーたちに「大丈夫だね、愛してるね?」圧をかけて確認して、愛してますかのコーレス。愛してますと応えてもらったのに「チョロいね、本当〜?」とかいじるのですごく楽しいムードに。そのあと減塩したら痩せたよね→「塩。」のポーズ再び、とかやってたら「このムードのまま次の曲には入れないわ(意訳)」とボヤいて、いよいよ歌に入る前に「しゃべらない!」とピシッと制したら瞬時に静まり返ったので、やはりワンマンショーの客席だなぁ、と思うなどしました。2曲のバラードを「星」でリンクさせたのがおしゃれ。とくにプラネタリウムはホッとするような優しい歌唱でした。演出も、ダークトーンのスパンコールの幕に粒の細かい照明がキラキラと当たってきれい(+ミッチーさんの衣装とシンクロ)。夜空×星といえば、ランダムに吊るしたLEDを星に見立てるのが定番だと思うけど、これも新しくていいなぁと思いました。

 

ロックで元気に年忘れ&心のふるさと・シャイニン

月下美人」「インフィニティ∞ラブ」で元気よく再開…と思いきや師匠が月下美人の入りでインフィニティと間違えたそうで、仕切り直しに(ワンマンではままあるやつ)。ミッチーさんもノリノリで“瞬き”のラスサビから歌い直し。「♪時間はあともどりはしないから」…👈️してるやん、今。

ある意味“お遊び”なので、やんややんやの拍手喝采&歓声のなかでバラードを歌い終えるミッチーさん、という本来は絶対にあり得ないものを観ることができて貴重でした。別の世界線のワンマンショーって感じ。月下美人のサビ「♪打ち鳴らせタンバリン」では「あぁ、そういえばタンバリンの音、さすがにしなくなったな」と気づきました。思えばこの曲は、2021年のゆくくるのオープニングでした。私自身は2022以降タンバリンは使っていないけれど、レギュレーション的にはその後も(しばらくは?)OKだったはず。コロナ禍のあれこれを思い出して切なくなりつつ、時間が経ったのだなぁと実感。今更ではありますが、ありがとうさようなら、タンバリン。

最後の「Shinin' Star」でやっとダンス曲到来。妹には「お姉ちゃんがシャイニンでペンラを捨てたのがウケた」って言われました。捨てますよ、そりゃ。Aメロのフリーの振り付けでさっちんがバレエ/ジャズ寄りの振り付けをしていて優美でした。ツアーではパンツスーツに合わせてかっこいい動きにしてましたもんね。タースーは「せつなさに燃える魂」の「魂」に合わせて、自分のはだけた胸元をまさぐっていました…///

最後は「塩。」のポーズ(違うけど)でいつもの通りバッチリ締め。

 

2部

愛と哲学の小部屋

休憩のSEはコスプレにちなんでスパイ映画のテーマ(相棒も含む)のメドレーで、2部のオープニングは「バウムクーヘン」+ミッチー店長のサンタスタイル。2025年で使えるものは全部使うと開き直り、相変わらずのご機嫌さんです。コーレスは以下のとおり。

  • 3F:桃色
  • 2F:店長
  • 1F後ろ:おつけします(!!)
  • 1F真ん中:真ん中
  • 1F前:キュンキュン

私は1F後ろだったのですけど、「センイおつけしますか?」\おつけしま〜す/、楽しかったです。大塚製薬も喜んでいることでしょう!」とご満悦。CMキャラクターの鑑ですね!!

 

Q1 ミッチーの馬主になりたい。どんな性格?

A1 前髪(たてがみ)を気にする馬。

午年にちなんだ、おもしろい愛哲でした。「優しい。やるときはやる。騎手におしりを叩かれたらイラッとする。そして前髪(たてがみ)を気にする」めんどくさいかわいいお馬さんだなぁ☺️

 

Q2 2025年集大成の(新しい)遠隔技は?

A2 あっ思いついた。あとでやろう!

→実際、最後にやりました。後述。なお実は2020ゆくくるで既出(紙相撲とかと一緒のタイミング。なつい…。忘れてたけど自分のブログから発掘できました)

 

Q3 「ぼくたちん家」で感銘を受けたセリフは?

A3 「なくなったってことは、あったってことですからね」(4話)など

これ聞けてめ〜〜っちゃ嬉しかった!私は1〜4話までの時点で感想をまとめていまして、最終回まで観た今も1〜4話が特によかったなと思っているし、やはり4話は白眉だと思うんですよね。光石研さんという名優が見せた「人の残酷さ」(ミッチーさん談)。ダムカレーの決壊になぞらえられた、涙腺の決壊。玄一が最初に「なくなったってことは…」のセリフを発するとき、監督からは「昔ながらのお菓子を食べながら何気なく。絶対に、今からいいセリフを言うぞっていうテンションではいかないでください」と演出があったそう。私は記事の中であえて「受け売り」という言葉を使いましたが、ミッチーさんは「言葉のバトン」と表現していて、これが玄一→索→ほたるに受け継がれるのがポイントでしたよね。このほか、鯉登くんへの思いを語るときに涙目になりすぎてNGになったのは「ゲイの恋愛を悲しげに表現するドラマではないから」とのこと。主演を務めたという事実だけでも大きな達成だと思うけれど、本人が「とっても大切な思い出」「人生の宝物」だと語っていたことがしみじみとうれしいです。

purplekuina246.hatenablog.com

 

Q4 ミッチーさんがツーショを撮るなら誰がいい?

A4 トム・クルーズ

S.D.R.企画のフラスタ*2にちなんだ愛哲。この入りが最高でした。「緊張して“オバショット”になってしまう」という悩みについて「オーバーなショット?」とポーズつきでボケていたら客席から\おばさんっぽいショット!/と補足が飛び、そしたらマジで聞いたことないトーンで「そんな奴はどこにもいない!!!」と凄まれました笑。嬉しい全否定をありがとうございます。おばさんを言い換えるなら「お姉さん、心の先輩、中御所」らしいです。笑

 

Q5 職場の50代のおじさまたちとのコミュニケーションのコツは?

A5 ガンダムです。

Q4からの流れがちょっとしたミラクルでしたね。自身についてはイケメンでもイケオジでもなく「美男子」だ、と説明したうえで「自分はたまたま50代の美男子なんだけどもね」と言っていました。いいね、美男子っていつまでもつかえる素敵ワード。

 

くじびきの妙で、愛哲にびっくりするほど哲学成分がなかったのだけど、ゆえに「ぼくたちん家」のセリフへの言及が哲学的で光っていたなぁと思います。

 

やりたい曲ぜんぶやっとくか!(多分)の2部

メンバー再登場。あさみんのピンクのドレスがとってもかわいい。そしてタースーがおもむろにピンクのサンタ服を剥いていくと、現れるピンクのツヤツヤブラウス(あさみんと同生地)。ああこれぞ及川光博ワンマンショー。

「メリーゴーラウンド」の途中、「濡れたまつ毛がキレイだね」でゆっくりとメガネを外したのはきっと計画通り。続く「Don't Stop Me Baby」ではダンサーも再登場しましたが、いっしょに踊れる簡単な振り付けをするという意味で連続性を感じました。定番曲入りしたんだわ、ということを感じて、観念して新しい振り付けをちゃんと覚えるかァ…となりました*3

そして3曲目は予想に反してポンポンを振るのではなくポン酢をぶっかける流れに。ポン酢は2022グルサーのセトリ曲で、短い曲だからか、この年は2部が3曲ではなく4曲だったんですよね。だからこのあとにポンポンを振るのかと思ったけど違いました。相変わらず、ゆうこりん阿波踊りがうまい。そしてあさみんも何気にうまい!!笑

 

EC

どう考えてもミッチーコールは強烈の流れだったと思うんだけどなぁ、通常でした*4

ここで満を持してポンポン曲!女子の衣装が、白のツアTとビビッドな青のプリーツスカート、白のロングブーツをあわせており、はっきり言って、天才の所業でした。なにかに似てるなぁと思ったんだけど、どことなくスクールメイツっぽいんだわ。ここに関してはネットNGの発言があり、非常に納得感があったのですが(ちゃんと守りますよ)、奇遇ですね、私も好きです。*5

 

あさみんのpostお借りします🙏いつも神オフショをありがとうございます❣️

 

「死んでもいい」のあとにツアータイトル「𝑻𝒂𝒌𝒆 𝑰𝒕 𝑹𝒐𝒔𝒚」を発表して、「バラ色の人生」へ。もちろんTake it easyのもじり。ミッチーさんのこういう英語のフレーズのもじり、ウィットがあっていいよねぇ(まあ私は2024のドシポで喧嘩した人間ですが)。お約束、ここからくわっちも飛び入り参加🎷メンバー集合ではさっちんの馬の耳っぽいマイクロお団子をゆうこりんがツンツンいじってて可愛かったです。さちゆこフォーエバー。あらケン、トリプルアンコの流れなのかわからなくて「えー」って言ってごめんね🙏順番前後するかもだけど「家がない」の“ある”バージョンのアカペラでEC3曲目があったといえば、あった!🏠

「後でやるね」と言っていた遠隔技は、メンバーを見送ったあとに最後の最後で披露されました。片手を挙げて!の後にハイタッチかと思いきや「遠隔・恋人つなぎ」1850人でムギュ…と空間をつかむ謎の時間、じわじわきました。

 

まとめ

総括すると、要所要所でファンクは押さえつつ、ロック成分多めの元気なセトリだったなぁと感じます。ダンス曲が少なめで手ぶらで全力で踊れたのはシャイニンとバラ色のみでしたが、構成がすっきりコンパクトでよかったです。何よりミッチーさんがリラックスして楽しそう〜〜にしていたのが嬉しかったな。

馬のように元気に跳ねて、2026年の30周年イヤー、かろやかに駆け抜けていきましょう🏇ふだんは舞台方面にいますがワンマンには参りますので、今年もゆるゆると、どうぞよろしくお願いいたします。

 

*1:ちなみにタースーのリクエストで「本来の楽器」で披露したところキーがめちゃくちゃでした(みんな移調楽器なので)。これわかっててわざとやったんだと思うわ笑

*2:私は撮影には参加してないけど、荷物の置き方とか列の作り方とか、そこはかとなくFCイベントの本物のツーショに似てるなと思いました。笑

*3:2022年ツアーのあと公式のレッスンもあって本気で取り組んでしかもそのあと鏡写しで覚え直して個人レッスンも受けたくらい、私はオリジナルの振り付けにガチってました。歌詞の意味を細かく拾った明るく祝祭感のある振り付けで、とても好きだった。今でもミルキーウェイ飛ばそうではミルキーウェイを作りたい。あんまり納得いってないけど、戻ることはなさそう…

*4:愛哲冒頭でツアータイトルを匂わせたとき、「もし今発表したら、みんなチャンチャンチャチャチャン・チャチャチャチャン・ミッチー!のときにツアータイトルをばーっと呟いたりしちゃうでしょ?」って言われて、そのとき腰の振りがついてたのが超かわいかったから。ちなみに目に入る限り、ミッチーコール中に呟くという発言に対しては自分も含めて複数のベイベーさんたちが「やらない!やらないよ〜!」って否定してました。普通に公演中だわ、スマホ出すか〜い。笑

*5:アンケートには「私も好きです、またぜひお願いします」的なことを書きました。←ねだるな

ミュージカル「ダディ・ロング・レッグズ」感想〜幸せの秘密を胸に(2025年12月12日夜 井上芳雄・上白石萌音、12月13日昼 佐野眞介・坂本真綾/シアタークリエ)

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写真は左が12日夜、右が13日昼、です。

 

芳雄さんのファンになって以来の憧れだったミュージカル「ダディ・ロング・レッグズ」を、ついに観劇することができました*1。初日に何があったかについて、ここでは詳細は省きます*2。ジョンと麻緒子さんの挨拶やカテコについてもpostでまとめたのでそちらをご覧ください。本記事では原作を踏まえた作品のファーストインプレッションとともに、やり遂げたキャスト“4人”についての感想を簡単にまとめたいと思います。

 

*構成の都合上、ジャーヴィス→ジルーシャ→ジルーシャ→ジャーヴィスの順で書きます。

 

12月12日(金)夜・初日

年末進行の季節ですが、空気を読まず17時に会社を出て日比谷へ。後方の自席に向かおうとした瞬間、目の前に客席にジョンと麻緒子さんがいらっしゃるのに気づき、思わず笑みがこぼれてしまったのだけど、ジョンがニコッと返してくれたのがとても嬉しかった。

井上芳雄〜強さから降りるというジャーヴィスの“強さ”

セットの一番奥にあるジャーヴィスの書斎。後ろ姿で手紙を読む所作の美しさに惚れ惚れとしていたのだけど、その手紙を読み上げる第一声で異変に気づきました。でも歌は歌えているんです。ジルーシャの歌に高音域で飛び込むハモリ(「他の子のように」で突然ジルーシャの3度上G♭でハモる「♪おしゃれな靴」「♪他の子」など)やメゾピアノでの1オクターブの跳躍(「いつ会おう?」における「♪ジルー↑シャ〜」)は絶対に着地する、何があっても。1幕、2幕ともにナンバーを重ねていくごとに声が伸びていき、芳雄さんの声になっていく。自分の喉を知り尽くし、鍛錬を続けてきた人の確かな技術がそこにありました。何よりジャーヴィスとしてしっかりと感情が乗り続けていて、私はきちんと、ジャーヴィー坊っちゃんとの出会いを果たすことができました。

本作で最も重要なジャーヴィスのソロ、「チャリティー」。私は「裏切らない芳雄」の円盤(2021)で初めて知り、再演が決まったときから楽しみにしていました。決して大きな声ではないけれど、つぶやくように歌い始めた芳雄さん。まるで「チャリティー」という言葉を始めて知ったかのような驚嘆をベースに、それを噛み締め、思索を巡らせ、歌声に丁寧に乗せていきます。そう、芳雄さんって、歌のなかで驚嘆がもたらす深い感動を示すのがとてもうまいですよね。その驚嘆をもたらす存在は、だいたいにおいて「愛」なのです。

いよいよ結末に向けて原作に元づく“書簡体”を離れたときに、2人の関係性は大きく変動します。原作のダディ/ジャーヴィスとジルーシャの間にあるパターナリズム(父権主義)に基づく上下関係を、ジョンの手腕はまさに魔法のようにあざやかに無効化してしまいました。まったく同じ地平で向かい合い、笑いも起こるようなテンポのよい掛け合いのなかで、対等に魂を通わせてゆく芳雄ジャーヴィスと萌音ジルーシャ。年齢も社会的地位も取っ払って1人の人間として彼女の愛を求める芝居は、まさに井上芳雄の真骨頂でした(だからジョンの演出で出会う芳雄さんが大好きなんだと再確認)。萌音ジルーシャに激詰めされてしょげている様子はその日観てきたものとも重なって、切なさがありつつも愛おしかったです。あと、こういうときに座り方が内股になるのがチャーミングで大好き(cf.「ベートーヴェン」の花火のシーンの芳雄ルートヴィヒ)。このあいだまで黄泉の帝王だったって本当ですか…???

私が観たものは本来のジャーヴィー坊っちゃんではなかった、のかもしれないけれど、彼がすべてをさらけ出し、強さから降りる“強さ”を示したことを、この夜の芳雄さんは静かに教えてくれたように思います。

 

上白石萌音〜ジルーシャのようなリーダーシップに喝采

もう、萌音ちゃんへの感謝が止まりません。この夜、ステージと客席をぐいぐいと牽引していたのは、間違いなく萌音ジルーシャでした。北極星の光のように私たちを導いてくれました。萌音ちゃんのクリアで温かな歌声にふれるだけで、親しみを通り越して安心感すら感じます。私は原作を読んでなぜか序盤から変なスイッチが入ってじゃぶじゃぶ泣くことになったのだけど、1曲目の「一番年上のみなし児」を歌う萌音ジルーシャは、私のそのスイッチを確実に押してくれました。

何が起ころうとも、いま私たちが目の当たりにしているのは「よしもね」だから、という信頼感。どちらかというと萌音ジルーシャが芳雄ジャーヴィスを“とっちめる”ような結末のやり取りも息がぴったりで軽妙で、なんといっても「続けて?????」が最高すぎ。ジルーシャは大学で充実した時間を過ごし、輝かしい成績を修め、自立した女性として歩き出しますが、この日、上白石萌音という俳優が見せたリーダーシップは、まさに結末におけるジルーシャ像を思わせました。また、支え合って舞台を務め上げた芳雄さんと萌音ちゃんは、「助ける側/助けられる側」を超えて対等になったジャーヴィスとジルーシャをそのまま体現しているようでもありました。

カテコの挨拶をテキパキと仕切り、「今日のダディも大好きでした」と笑顔で伝えてくれた萌音ちゃん。とても救われました。本当にありがとう💌

 

12月13日(土)昼

寝付けなかった上に、早く目覚めてしまいました。東宝のあの白いアイコンのアカウントが動きませんように…と祈っていたのもの、私はどこかで覚悟はしていたのだと思います(だって昨日の声を聞いているから…)。でも幕を上げるということ、そしてジャーヴィスを佐野眞介さんが代演される、という知らせには驚きました。今日のチケットを持っていた人の事情や気持ちはそれぞれ大事にされるべきだけど、私自身は見届けようと心に決めて大急ぎで芳雄さんと萌音ちゃん(※夜公演)にお手紙を書き、日比谷に向かいました。冒頭、ジョンと麻緒子さんが思いがけず登壇されました(内容は別で上げたので割愛)。最初から涙腺がゆるゆるになってしまいました。

 

坂本真綾〜輝く聡明さと、七色の声でワクワクさせて

オリジナルキャストの真綾さん、とても楽しみにしていました!涼やかで明るい歌声に、一気に心が洗われるよう。冒頭の一人芝居を見ていると、リペット院長のくだりで「あれ???」っていう不思議な気持ちになりました。それは、あまりにもおばあさんの声がするので、目の前で口を動かしている真綾ジルーシャじゃなくて別のところからアニメの声が聞こえてくるみたいなんです…。

 

……?

あっ………

この方は声優の坂本真綾さんなんだった。

 

声優さんならではの“声の七変化”に私はすっかり夢中になり、なかでも私をくびったけにしたのがジュリア・ペンドルトン(CV:坂本真綾です。これは、お金持ちの同級生でジャーヴィスの姪にあたるジュリアの口調をジルーシャが真似ているってだけなのですが、私は最初に出てきた「な〜んにもしなくたって、天国にいけちゃう〜〜」でツボってしまい、その後、“彼女”が登場するたびにツボって肩を震わせて笑っていました(髪の毛をいじる仕草含めて最高、私センターにいて多分ご本人にバレたくらいウケてました)。真綾さんが演じるジルーシャが演じるジュリアのファンになってしまったんだけど、どうしたらいいですか😂

その聡明さ、感受性の豊かさによってジャーヴィスの心をとらえたジルーシャという少女。萌音ジルーシャがクリエイティブ(creative)だとすれば、真綾ジルーシャはセンシブル(sensible)。良識を特に感じさせるジルーシャでした。ジャーヴィスに恋仲を疑われたジミーのことを「まだ大人でもないし、これからもならないと思う」と断じることにすごく説得力がありました。

 

佐野眞介〜優しくてちょっと情けない誠実な坊っちゃん

代役のお知らせにはしっかりと写真入りでプロフィールが示してあり、芳雄さんのコメントで、信頼を寄せられている方だということがよくわかりました。一も二もなく観に行くことを決めました。初日の私もそうでしたが、「これからあしながおじさんに会う!」と念じながらニューヨークに向かうジルーシャの気持ちでした。

結論から言うと、佐野眞介さんのジャーヴィスは、心の底から素晴らしかったです。何もほころびも不足もない、フル規格のジャーヴィスでした。観に行って本当によかった!!

稽古場代役をされていたとはいえ、今日に向けてのお稽古はできたのだろうか、いったいどうやって「出ずっぱり」の主役を演じるのだろう、と案じていましたが、そんなのは杞憂でした。

演出面の工夫を感じたのは、書斎にいるジャーヴィスが基本的に黒い大判の手帳をずっと手にしていたこと。手紙を読むという形式を活かしたマジックでした。とはいえもちろんずっと手帳が手放せなかったわけではありません。それは書斎で「ダディ・ロング・レッグズ」または「ミスター・スミス」として過ごす間だけのこと。ジルーシャに「ジャーヴィス」として会いに行く、つまり舞台の前方に出ていくときは規定通りの持ち物(ステッキやチョコレートの箱)だけを手に、まったく何も見ずに、当たり前のように表情豊かにジャーヴィスを演じていきます。箱を積み上げてスカイヒルに登頂する複雑なステージングも真綾ジルーシャと難なくやり遂げ、本作におけるダンスナンバーと言ってもよい2幕冒頭の「マイ・マンハッタン」は躍動感たっぷりで、やっとこの曲本来の、心躍る体験を得ることができました(2幕冒頭、前夜はちょっと心情的にそれどころじゃなかったので…)。

歌唱も完璧のひとことです。芳雄さんの感想のところで書いた突然の高音でのハモリやオクターブの跳躍もパーフェクト(改めてポール・ゴードン、難しい譜面を書くよね…)。興味深かったのは、少しだけ“芳雄さんみ”を感じさせる歌だったことです。これは他の作品での佐野さんの演技や歌をまだ拝見したことがないので勘でしかないのだけど…。具体的には、深いビブラートの響きは佐野さんご本人由来で、ア行の音の明るい響きなどには、芳雄さんを彷彿させるものがあったのです。こういうとき「似ている」ということは適切ではないのかもしれないけれど、少なくとも“Wキャストのもう1人を観ている”のとも異なる、すごく不思議な感覚でした。

芳雄ジャーヴィスよりさらに落ち着いた大人の雰囲気をまとって登場した佐野ジャーヴィスは、ジルーシャの存在が大きくなるに連れてどんどんペースを乱されて、嫉妬という感情に振り回され、アイデンティティの自問自答に至る様子がドラマチックでした。最後の夏の休暇の行き先をめぐって2人が手紙で“口喧嘩”する名シーンでは、真綾ジルーシャに対して完全に“劣勢”でかわいかったです😂誠実で優しいのにちょっと不器用で情けない、困った表情に引き込まれます。助けたくなっちゃう!

そして「チャリティー」へ。ジルーシャによって目を見開かれた1人の人間として、真摯に歌い上げていく佐野ジャーヴィス。私、今日になって、ああ、これはフォルテの曲だったのだと知ることになりました。そうか「歌い上げる」曲に決まっています、これは…。この素敵かつ重要なナンバーを見事に具現化してくださったことに感謝の気持ちでいっぱいです。

 

まとめ:それぞれの思いを大切に、快復を祈れたら

これを書き終えようとするところで、芳雄さんの休演の延長が発表されました。カテコの真綾さんと佐野さんのトーンからは、そうかもな…と感じていたのも事実です。私は綺麗ごとを言っているように見えるかもしれないけどそれは昨夜のうちに昨夜の落胆をしっかり文章化してコーピングしたからです。チケ難の演目で、本当はファンならば貴重な回がそうなったら悲しいに決まっているし、それぞれの事情や気持ち、飲み込めない思いは大事にされるべきです。でもこの記事の、特に佐野さんに関する箇所を読んで、代役期間の公演に興味をもってくれる方が1人でもいらっしゃると嬉しいです(私たち、真綾さんに「芳雄さん以外がジャーヴィスを演じたのを目撃した初めての人類」って言われました!)

12日、13日と幕を上げて公演をつないだ井上芳雄上白石萌音、佐野眞介、坂本真綾の4名のキャストに、まずは心からの拍手とねぎらいを送りたいと思います。「ダディ・ロング・レッグズ」という素敵な作品に出会えて改めてとても嬉しいです。すでに手元には過去の公演のCDやDVD、先週実家から発掘してきた古い訳から近年の新潮文庫、そして麻緒子さん訳の新刊まで「あしながおじさん」が揃っています。この2日でもらった「幸せの秘密」を胸に、芳雄さんの1日も早い快復とカンパニー全員の無事を祈りつつ、しばらくの間、ジルーシャのように楽しい探求の時間を過ごそうと思います。

いろいろな気持ちの中、ご覧いただきありがとうございました🙏

 

 

*1:チケットは先着でもぎ取ったよ!!

*2:読みたい方は舞台垢のふせったーへどうぞ。そこでも基本はマイナスな書き方はしていないつもりです。そこで言語化した内容をこちらにも一部使用しています。

ミュージカル「エリザベート」考察〜2幕におけるクラリネットとサックスの大変すぎる持ち替えについて

現実逃避のお時間です〜🎷

エリザベート東京公演千秋楽、そして井上芳雄さん大千秋楽、誠におめでとうございます。まさか、芳雄さんがトート役そのものにおける大千秋楽を迎えられるとは思わず…(いえ、本当は、ファンに向けて慎重に送ってくれていたメッセージから目を背けていただけ)。本当はプリンシパル全員の感想などいろいろ書くつもりなのですが、いったんライトな記事を上げておきます。ちょっとした現実逃避にお付き合いください。

 

本記事は、オーケストラの「Reed」パートにおいて、2幕「皇后の勝利」から「マダム・ヴォルフのコレクション」にかけてクラリネットとサックスの持ち替えが行われていることに興味をもって観察・分析してみた記録です。なぜ興味をもったかといえば、自分自身が元サックス吹きだからです。そしてなぜ観察が可能だったかといえば、オーブのオケピが浅いことに加え、3階からたくさん観ていたからです。わはは。とはいえ合っている保証はありませんので推定。アーカイブ視聴のお供に「へぇ〜」と思っていただければ幸いです。

 

 

前提の確認

「Reed」パートって何?

Reed(リード)とは薄く削った葦の板のことで、マウスピースに取り付け、くわえて息を吹き込むと、これが振動して音が鳴ります。このリードが1枚(=シングルリード)の楽器をいろいろ担当するのがReedというパートのようです。つまり持ち替えが前提。今回は、クラリネット、アルトサックス、ソプラノサックスの持ち替えについて観察しました。なおこの演目ではバスクラリネットもこのパートで持ち替えていることが配信アーカイブのチューニングのシーンで確認できます。

クラリネットとサックスってすぐに持ち替えて吹けるの?

私自身は持ち替えを経験したことがなく(そもそもクラリネットが吹けないよ)、持ち替えにどれくらいの小節数が必要なのかを適切に把握することができませんん。ただ、アルトサックスの場合、構造的な理由から、スタンドから手に取っていきなり吹くことができないことは名言できます。アルトサックスは楽器の裏側の中央付近に輪っかがあり、首から下げたストラップのフックに引っ掛けて重さを支えながら演奏するため、この「引っ掛ける」という1工程が必要なのです。逆に、ストラップが命綱になるので、いったん引っ掛けてしまえば、手を放して一時的に膝に置いておくことはできます。これは「皇后の勝利」で効いてくるので後述します(とはいえ不安定なので本当はやりたくない動きだと思います。マウスピースがめちゃ不安)。一方、ソプラノサックスについては私は触ったこともないのだけど、ストラップありが基本で、なくても吹ける?っぽいです(見ていた限りそうだった)。つまりソプラノは頑張ればすぐに持ち替えられる、のかもしれない…です。

その他の木管楽器は何があるの?

プログラムでオーケストラメンバーの数を数えると22人。本演目の木管パートには他に「Flute」「Oboe」があります。何回読み返しても木管奏者が3人しかいません…。「Flute」の奏者はフルートがメインで時々ピッコロ、「Oboe」の奏者はオーボエイングリッシュホルンコールアングレ)を一生持ち替え続けています。マメにスワブ(管内の水滴を取る布)も通しながらで忙しそうでした…!

金管楽器はトランペットとホルンに1st、2ndがあったりトロンボーンバストロンボーンがそれぞれあったりしますし、キーボードはリーヴァイさんこだわりのRolandが3台。そんななか木管たった3人で工夫しながら、多彩な音色を担当していることがわかります。

 

Reedパート持ち替えの観察記録

ここからが本題です。以下は、よく見える席から観察した目視の記憶に加えて、アーカイブの音源を参考にしています。アーカイブを聴きまくって解決できていない点を先に言っておくとLのチャンネルからバスクラリネットのような音がするんだけど辻褄が合わない、というのがあります(考えたけど無理だった)。確かにそこにいるわ、あなた???

「皇后の勝利」

(配信アーカイブ2:35:35〜)

  • イントロ→休み
  • 「♪我慢できない」〜「♪皇后に乗っ取られる〜」→クラリネット
  • 「♪教会嫌いでミサに出てこない💥」〜「♪大臣を勝手に任命したぞ💥」:持ち替え準備。クラリネットをスタンドに立ててアルトサックスを取り上げてストラップにかけて膝の上に寝かせて準備、再びクラリネットを手に取る
  • 「♪女狐め〜!!」→おそらく休み(バスクラリネットのような音がする)
  • 「♪勝利だ」「♪皇帝陛下は気づいていない」〜「♪皇后に乗っ取られる〜」→クラリネット
  • 「まぁ、わからないでもないが」〜「陛下とて男ですから」→持ち替え
  • 「♪彼女はき〜れい〜」ここで突然のアルトサックス(エロい)
  • 「きれいな女なら、他にもいます」〜ゴニョゴニョ密談→持ち替えてクラリネット
  • 「♪ほうなるほど面白いアイデア」〜「♪皇后以上の美人を〜」→クラリネット(途中、ほぼソロ)(鬼)*1
  • 「見つければよいのです!」「どこで」〜「男のたしなみですな」→クラリネットオーボエと一緒に裏打ち)(働き過ぎ)
  • 大司教様は??」〜「政治的見地から賛成いたします⛪️」「はい〜」→シャラララ〜ン(ウィンドチャイム)の後、オケ全体休み。
  • チャララッ×2、「♪我らのッ」→聴き分けられず不明だけど休みorクラリネット
  • 「♪勝利だ 彼女に勝つのだ」→クラリネット
  • 「♪勝ち抜くぞ〜」「頼みましたッ✊️」→アウトロ休みかと思いきや後半の音階にクラリネットが加わっている気がする。からの持ち替え!!

 

「マダム・ヴォルフのコレクション」

(配信アーカイブ2:38:44〜)

  • (おじ5)「う〜ん!」/イントロの後半の伸ばすところからアルトサックス
  • 「♪遠慮せ〜ず気取らず〜に遊んでいってよ〜」〜「♪お金さ〜え出したな〜ら何でもで〜きる〜」→アルトサックス(でしょうね!!)
  • 「♪こーのうーちじゃ〜タブーはない〜」→(アルトサックス/または休み)※1回目がどうしても判別できず
  • 「♪なんでーも好きに〜」→(持ち替え/または持ち替えなし)
  • 「♪リクエストしてごらん」→(クラリネット/またはアルトサックスのまま)
  • 間奏2小節→持ち替え
  • 「♪ウィーンいちの美人ぞろいさマダムヴォルフのコレクショ〜ン」〜「そしてスペシャルはマデレーネ」→主旋律、アルトサックスの一人旅
  • 「♪仕事熱心で〜職業病をもつ〜」→持ち替え
  • 「♪遠慮せず気取らずにプレイしてごら〜ん」〜「♪どんな偉いお方で〜も礼儀はいらな〜い」→ソプラノサックス(または休み)
  • 「♪このうーちじゃ〜タブーはない〜」→ソプラノサックス(オクターブ上がる)
  • 「♪誰でも好きに」→持ち替え(または持ち替えなし)
  • 「♪試してみたらどう」→クラリネット(またはソプラノサックスのまま)
  • マデちゃんのシーン🔒️→最初4小節は休み(オーボエが担当)、その後クラリネットで加わる。最後はピッコロと一緒にオクターブユニゾンで音階を降りてくる(ほぼソロだよ、えぐいよぉ)
  • カシャン!🗝️ →持ち替え
  • 「♪遠慮せ〜ず恥知ら〜ず遊んでいってよ〜」〜「♪どんな偉いお方で〜も男は男〜」→ソプラノサックス(または休み)
  • 「♪こーのうーちじゃ〜タブーはない〜」→ソプラノサックス(オクターブ上がる)
  • 「♪なんでーも好きに〜」→持ち替え
  • 「♪リクエストしてごらん」→クラリネット

 

ポイント

サックスはわかりやすくアダルト担当

この演目でサックスが登場するのは、おそらくこの2つのナンバーのみです。Reedパートの奏者は、幕間の終盤に音出しをしています*2。そして2幕序盤のこれらのナンバーが終わると、体操室の前半の長めの休みの間に首からストラップを外していたので、やはりもう使わないのだと思います。つまりアルトサックスとソプラノサックスは、「マダム・ヴォルフのコレクション」とその導入になる「皇后の勝利」でのみ、アダルト担当で投入されているのです。奏者もその意図に応えて、前打音(指を使って音をひっかける)やベンド(指を使わずに音を曲げる)などによって蠱惑的なニュアンスを表現しています。

また、マダム・ヴォルフ〜には2つ主題があります。1つ目の主題は「結婚式のワルツ」のリプライズ。神聖な結婚式と対置される「紳士の社交場」において、同じメロディをアダルト担当のサックスで奏でることでシシィに対する企みが強調されます。また、2つめの主題で娼婦を1人ずつ紹介して最後にマデちゃんが登場するまでは、アルトサックスだけがメロディを担当しています。これも同様の役割に一役買っているはずです。

ソプラノサックスがわざわざ投入される理由

クラリネットメインの奏者がアルトサックスを担当することはなんとなくイメージがつくのですが、マダム・ヴォルフ〜後半でソプラノサックスらしき金色のまっすぐな木管楽器が見えたときは、見間違いかと思いました。比較的レアな楽器ですし、アルトと音域もそこそこ重なっており、合理性が見いだせなかったのです。なんでそんなに面倒なことを??

最初は持ち替えの様子からストラップなしで吹いているようだったので、短い時間で持ち替えるためかなと思いました。でも配信アーカイブにより、2回目、3回目の「♪こ〜のう〜ちじゃ〜」でオクターブ上を担当していることにようやく気づきました。ソプラノサックスの音は鋭く明瞭なので、これによりメロディの輪郭を強調する効果があるのかなと思います。でも、そのためだけに…!?やっぱり超大変じゃないですか…?

なお、サックスは移調楽器であり、ソプラノとアルトでは楽器の調性が異なります。ソプラノサックスはB♭管で、アルトサックスはE♭管であり、楽譜に「ド」と書いてあるときに実際に出ている音がそれぞれB♭、E♭です(クラもB♭管)。つまりマダム・ヴォルフ〜の同じメロディ「♪遠慮せ〜ず」はアルトとソプラノでは楽譜に書いてある音が異なり、運指も変わるのです。実音ではC(ド)で始まりますが、ソプラノサックスは「レ」、アルトサックスは「ラ」なんです。自分でも何を言っているかわからなくなってきました。とにかく超ややこしいことをしているのです。

一味向け🌶️;アルトサックスでのドレミファソラシド=エスドゥア(Es dur)。

 

まとめ:作曲家の意図を表現する使命を背負って

以上、観察してみた結果でした。そもそもオケピは普通見るところじゃないから見えなかったところもあるし、普通に音を聞き間違ってるかもしれないので、どうぞお含みおきください。

そもそもなぜ、「持ち替え」が発生するのでしょうか。それは、少ない人数でオーケストラを編成し、意図どおりの音楽を奏でるため、だと思います。同じくクンツェ・リーヴァイ作品である「ベートーヴェン日本初演(2023)のプログラムに、エリザ東京楽で登壇された岡Pの制作日誌が載っているのですが*3、それによるとリーヴァイさんのオケの基本編成は28人で、東宝版「エリザベート」は「欧州圏のツアー公演があったときに作成された少人数編成のスコア」をもとに現在の22人編成に落ち着いたことが明かされています。つまり本来はあと6人の奏者がいて、きっとそこには木管も含まれていたのではないかと思うんですよね。

前述のベートーヴェンの制作日誌では、リーヴァイさんが「28人」のオケについて「1人も減らしませんよ」と釘を刺していたことが明かされています(痺れる)。でもプログラム上で数えてみると仕上がりは「24人」。紆余曲折あっての妥結点なのかなと思います*4。オケの人数は、オケピの物理的なスペースの都合だけでなく、予算にも大きくかかわるはずです(そしてきっとチケ代にも…)。演目によって人数や編成はさまざまに異なりますが、持ち替えがたくさん発生するパートの奏者は、与えられた条件下で作曲家の意図を最大限に表現する使命を背負っているのだと思います。

あまりにも有名であまりにも人気があって、どんなフレーズも観客が覚えている恐ろしい演目。私自身はいったん見納めでエリザベートから離れますが(次は博多座配信!)、楽しませてもらった1観客として、尊敬を込めてエールを送りたいと思います📣*5。カンパニーはもちろん、オーケストラのみなさんも元気に大千秋楽まで駆け抜けられますように。そして木管楽器のリードが少しでも長持ちしますように。

 

↓ミュージカルにおける持ち替えについて奏者の立場から書かれており、とても参考になりました!!ジャズだとサックスとフルートの持ち替えは当たり前だし*6、プロの木管奏者って本当〜〜に大変!!

ちなみに船木さんは「ベートーヴェン」のプログラムにおいてバスクラリネットでクレジットされていらっしゃいました*7ベートーヴェンも…再演も待ってます…!

note.com

 

 

*1:ここでバスクラリネットのような音がしてるんだけど、吹いているのは誰…?

*2:アーカイブ2:14:45、幕間終わりで劇場内に切り替わったところでアルトサックスのネックが映っています。そのあとバスクラの特徴的なネックが映ります。

*3:笑い事じゃないけど、スリリングで読み物として面白すぎる

*4:モーツァルト!も本来は28人とのことで、2024年の公演のプログラムで数えると27人でした。ベートーヴェン制作日誌でM!については「28人で、ハープもいた」とリーヴァイさんが言っていたようなので、1人欠けているのはハープかな…?

*5:TL見てると普段はみんなオケに言及しないのに失敗とかは囁かれるから(Tbのあそこね)、なかなか厳しいなって思うことがある。でもそれもエリザというおばけ演目ならではだよね…

*6:ミッチーさんのワンマンショーでは特定の曲でサックス→フルートの持ち替えがあります。「バラ色の人生」っていうんですけど!

*7:今回いろんな演目のプログラムをひっくり返したけど、バスクラ単体のクレジットは珍しい感じがしました




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