おはようございます。今日は月曜日、また一週間が始まりますが、ちょっとリラックスできるこの曲を。デオダートの「ラヴ・アイランド(Love Island)」です。
デオダートは1970年代のフュージョン〜R&Bを語る上で欠かすことのできないアーティスト、アレンジャー/プロデューサーです。
本名はエウミール・デオダート・ヂ・アルメイダ。ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで育っています。12歳でアコーディオンを学び、17歳で早くもレコーディング・セッションに参加するようになります。その頃のブラジルはボサノヴァのブームでした。1964年には、ピアニストとしてアントニオ・カルロス・ジョビンの楽曲をプレイしたアルバム『イヌチル・パイサージェン (Inútil Paisagem)』でデビュー。
ジョビンのスタンダードの一つ「Insensatez」
また、この当時に登場したマルコス・ヴァーリやミルトン・ナシメントといったアーティストのアレンジも手掛けています
その後、ギタリストのルイス・ボンファから誘いを受けて渡米。アストラッド・ジルベルトからの依頼で彼女のアルバム「ビーチ・サンバ」にアレンジャーとして参加することになります。しかし、もう一人のアレンジャー、ドン・セベスキーの譜面の遅れのせいで、彼は3時間で5曲のフルアレンジを仕上げなければいけなくなりますが、それを見事やってのけます。そして、現場で彼の仕事ぶりを目の当たりにしたCTIレコードのクリード・テイラーから、その後どんどん仕事を振られるようになっていったそうです。
そして、アーティストとして1973年にCTIからリリースしたアルバム『ツァラトゥストラはかく語りき / Prelude』は、リヒャルト・シュトラウスの作ったクラシックの楽曲をグルーヴィーなポップ・ジャズにアレンジされたことで話題になり、こういう音楽としては異例の全米2位の大ヒットになります。この曲は、その後のフュージョン/クロスオーバーのブームの先駆けになっています。www.youtube.com
その後、彼はMCAに移籍し『旋風 (Whirlwinds)』(1974)、『アーティストゥリー (Artistry)』(1974)、『ファースト・クックー (First Cuckoo)』(1975)、『ヴェリー・トゥゲザー (Very Together)』(1976)と精力的にリリースを続けます。
そして、ワーナーに移籍して名匠トミー・リピューマを共同プロデューサーに迎えて制作したアルバム『ラヴ・アイランド (Love Island)』(1978)がヒット。そのタイトルチューンが冒頭でご紹介した「ラヴ・アイランド」でした。僕の体感ではポピュラー・ミュージックが最も洗練されメロウだったのが1970年代後半でした。スタジオ・ミュージシャンたちの成熟したアンサンブルにディスコ・ブームを反映したグルーヴが加わり、なんとも心地よい音楽がたくさん作られたのです。「ラヴ・アイランド」はまさにこの時代らしい音楽だと思います。ちなみにこの曲のリズム・ギターはラリー・カールトン、途中で出てくるギター・ソロはジョージ・ベンソンです。
また、このアルバムで他に注目すべき曲は、デオダートとアース・ウィンド・アンド・ファイアーのモーリス・ホワイトが共作した「Tahiti Hut」でしょう。アースからはアル・マッケイ(ギター)、ヴァーディン・ホワイト(ベース)、フレディ・ホワイト(ドラムス)、そしてパーカッションでフィリップ・ベイリーがゲスト参加しています。
これは、前年リリースされたアースのアルバム「太陽神(All 'n All )」でデオダートが2曲、ホーンとストリングスのアレンジを手掛けていましたので、そのお礼かも知れません。
その後、この「ラヴ・アイランド」を気に入ったクール&ザ・ギャングからプロデュースの依頼が来ます。彼らの大ヒット曲「セレブレーション」や「レディーズ・ナイト」も実はデオダートのプロデュース作品なんです。これをきっかけに、1980年代の彼はR&B系の作品に関わることが多くなります。
せっかくなので最後に「ラヴ・アイランド」からもう1曲、僕の好きな「サン・ファン・サンセット(San Juan Sunset)」。サン・ファンはプエルトリコの都市みたいですね。1979年にはリー・リトナーがこの曲をカバーしています。
デオダートのアレンジというと僕はこの曲が大好きです
