おはようございます。今日はジョニ・ミッチェルの「サークル・ゲーム」です。
Yesterday a child came out to wonder
Caught a dragonfly inside a jar
Fearful when the sky was full of thunder
And tearful at the falling of a star
Then the child moved ten times round the seasons
Skated over ten clear frozen streams
Words like when you're older must appease him
And promises of someday make his dreams
And the seasons they go round and round
And the painted ponies go up and down
We're captive on the carousel of time
We can't return we can only look
Behind from where we came
And go round and round and round
In the circle game
Sixteen springs and sixteen summers gone now
Cartwheels turn to car wheels thru the town
And they tell him take your time it won't be long now
Till you drag your feet to slow the circles down
And the seasons they go round and round
And the painted ponies go up and down
We're captive on the carousel of time
We can't return we can only look
Behind from where we came
And go round and round and round
In the circle game
So the years spin by and now the boy is twenty
Though his dreams have lost some grandeur coming true
There'll be new dreams maybe better dreams and plenty
Before the last revolving year is through
And the seasons they go round and round
And the painted ponies go up and down
We're captive on the carousel of time
We can't return we can only look
Behind from where we came
And go round and round and round
In the circle game
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昨日、ひとりの子どもが不思議を求めて外に出た
トンボを瓶の中に捕まえた
空いっぱいの雷には恐怖でいっぱい
流れる星を見れば涙がいっぱい
それからその子は十回、季節をめぐり
十の澄んで凍った小川の上をスケートした
「大きくなったら」という言葉でなだめられ
いつかという約束で夢を描いた
そして、季節は巡り巡る
ペイントされたポニーは上下に揺れる
私たちは時の回転木馬から逃げられない
戻ることはできず、ただ見つめるだけ
自分が来た道を
そしてぐるぐると回り続ける
このサークル・ゲームの中を
十六の春と十六の夏が過ぎ去った
でんぐり返しは街を走る車輪になった
人々は彼に言う、急がなくてもいい、もうすぐだと
やがて足を引きずりながら、輪の回転をゆるめる日が来ると
季節は巡り巡る
ペイントされたポニーは上下に揺れる
私たちは時の回転木馬から逃れられない
戻ることはできず、ただ見つめるだけ
自分が来た道を
そしてぐるぐると回り続ける
このサークル・ゲームの中を
そして月日は巡り、少年は今や二十歳
夢は現実になるにつれ、その輝きはいくらか失われてしまった
新しい夢があるだろう、たぶんもっと良い夢がたくさん
最後に巡ってくる年が終わる前に
季節は巡り巡る
ペイントされたポニーは上下に揺れる
私たちは時の回転木馬から逃れられない
戻ることはできず、ただ見つめる
自分が来た道を
そしてぐるぐると回り続ける
このサークル・ゲームの中を (拙訳)
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ジョニ・ミッチェルのWEBサイトで彼女はこう語っています。
「私は「Circle Game」でニール・ヤングという私の友人について書いたんです。彼は21歳のときに若さを失ったことを嘆いていました。もう「イケてること」はすべて過去のものになってしまった、自分は年を取りすぎてもうできない、と。突然、大人になって、すべての責任を背負うことになったのです。彼は子どものころからずっと、「やりたいことは大人になるまで待ちなさい」と言われ続けてきました。でも、いざ大人になってみたら、もうそれをやりたいとは思わなくなっていたのです。だから、それがこの曲のアイデアになったのです。」
また、1970年8月28日にロイヤル・アルバート・ホールで行われたライヴ(ジェームス・テイラーとデュエット)で「サークル・ゲーム」を歌う前に、この曲について彼女はこう紹介したそうです。
「1965年、私はカナダにいて、友人がひとりいたの。その友人は私の故郷でもある大草原地帯の近く、マニトバ州ウィニペグでロックンロール・バンドを辞めたばかりで、ボブ・ディラン―当時彼のヒーローだった―のようなフォーク・シンガーになろうとしていた。そして同時に、彼の人生には転機が訪れていて、新しくてわくわくする方向へ進もうとしていたの。
でも彼は21歳になったばかりで、ウィニペグではもう彼のお気に入りのたまり場―いわゆるティーンエイジャー向けのクラブ―に入れなくなってしまった。21歳を超えると、そこには入れなかったから。だから彼は本当に落ち込んでいた。だって彼のガールフレンドや、一緒に遊びたい仲間、そしてバンド仲間たちはまだそこに行けるのに、自分だけ行けなくなったんだから。でも、そのクラブで演奏できなくなったことが、彼をフォーク・シンガーへと駆り立てた理由のひとつでもあった。だって彼は「もう年を取りすぎた」から。それで彼は「Oh to live on Sugar Mountain」という曲を書いた。失われた青春を嘆く歌だったわ。そして、その曲はこんなふうに始まるの…。
”おお、シュガー・マウンテンで生きること/呼び込みの声や色とりどりの風船とともに/シュガー・マウンテンでは20歳にはなれない/まだ早すぎると思いながらも、そこを去らなければならない/早すぎるのに、去らなければならない”
それで私は思ったの。「もし21歳になって、その先に何もないんだとしたら、それはなんて暗い未来なんだろう」って。だから私は彼のために、そして自分自身のためにも、少しでも希望を持てるように曲を書いたの。それが「The Circle Game」よ。」
ニール・ヤングの「シュガー・マウンテン」はこんな歌です。
当時ジョニ・ミッチェルは最初の夫だったチャックとデュオで各地で演奏活動をやっていて、ニール・ヤングが拠点とするウィニペグのクラブに彼らがきた時にニールと知り合い、そこで彼はジョニの感想を聞くために「シュガー・マウンテン」を直接歌って聴かせたそうです。ニールが20歳、ジョニが21歳の時だったそうです。
ジョニがニール・ヤングのために書いた「サークル・ゲーム」を最初にレコーディングしたのはカナダのフォーク・デュオ、イアン&シルヴィアでした。1967年のアルバム「SO MUCH FOR DREAMING」に収録されています。
そして同じ1967年にネイティヴ・アメリカンの血を引くシンガー・ソングライター、バフィ・セントメリー(Buffy Sainte-Marie)が取り上げシングルにもなりました。(ちなみに彼女はのちに。作編曲家のジャック・ニッチェの奥さんになり、二人で「愛と青春の旅立ち」を共作しています。)
1968年にはアメリカのフォーク・シンガー、トム・ラッシュがカバーし、アルバムの表題曲にします。ちなみにこのアルバムではジョニの曲が4曲もセレクトされ、他にジェームス・テイラーやジャクソン・ブラウンの曲もカバーしています。
1970年にはジョニ・ミッチェル本人もこの歌を録音し、彼女の3枚目のアルバム「LADIES OF THE CANYON (レディズ・オブ・ザ・キャニオン)」に収録しました。
そして、この歌が俄然注目を集めたのは、バフィーのヴァージョンが1970年に映画「いちご白書(THE STRAWBERRY STATEMENT)」のオープニング曲(エンディングでも少し流れたような。。)になったことがきっかけでした。
「いちご白書」はコロンビア大学での学園紛争の話をベースにしながら、架空のサンフランシスコの大学を舞台に変え、主人公の大学生サイモンがキャンパスでの学園紛争に巻き込まれていく姿を描いた映画です。アメリカでは興行的には成功しなかったようですが、日本では「卒業」、「俺たちに明日はない」、「真夜中のカーボーイ」などと共に”アメリカン・ニューシネマ”(日本独自のネーミング。反体制的な、アンチ・ヒーロー的な人物が主役になる傾向がありました)にカテゴライズされ人気を集めました。
また、なんといっても、日本でこの映画の地位を大きく引き上げたのは、ユーミンが書いてバンバンが歌った1975年の「『いちご白書』をもう一度」でした。
「いちご白書」は日本でも決して大ヒットしたわけではなく、ただ名画座でリバイバルされるくらいは映画ファンには評価された作品だったようです(当時のキネマ旬報のランキングでは12位)。それくらいの知名度の映画を、学生運動の象徴として歌に使ったユーミンのセンス、さじ加減が絶妙だったんですね(僕もこの歌で映画のことを知り、1980年代に名画座のリバイバル上映で初めて観ました)。
「『いちご白書』をもう一度」は青春期の終わりを歌ったものですが、考えてみると、
”青春期の終わり”を歌ったニール・ヤングの「シュガー・マウンテン」にインスパイアされ、希望を与えるために書かれた「サークル・ゲーム」が、学生運動を描いた映画「いちご白書」に使われ、そこから”青春期の終わり”を歌った「『いちご白書』をもう一度」が生まれたわけで、そこにはまさに、ぐるっとまわる”輪”(サークル)があるような気が僕にはします。
それから、「サークル・ゲーム」の歌詞を訳していて、ふとひらめいたことがありました
それは、中島みゆきの「時代」は「サークル・ゲーム」にインスパイアされたんじゃないか?ということです。
根拠もないのになぜか不思議な手応えがあったので急いでネットを調べてみたのですが、彼女自身が「サークル・ゲーム」やジョニ・ミッチェルについて何か語ったものは見つかりませんでした(しかし、同じように感じられているファンの方はいらっしゃいました)
単に<まわるまわるよ時代はまわる>というサビが、人の人生を循環ととらえた「サークル・ゲーム」と共通しているというだけではなくて、人生はまわってゆくものだというメッセージで、誰かに希望を与えようとしているというのも一緒です。
ただ中島みゆきがジョニ・ミッチェルにインスパイアされたかどうか以上に、僕が興味深かったのは、二人がそういうメッセージを、人生経験もさほどない年齢で(ジョニ・ミッチェルが「サークル・ゲーム」を書いたのが21才、中島みゆきが「時代」を書いたのが23才です)不思議な説得力で伝えることができた、ということです。
同じメッセージを、自分の経験を根拠に老人が歌ったらちょっと説教くさくなりそうですし、ただの若造がそんなこと言っても誰も耳を貸してはくれないでしょう。それに男子だったら、<時代はまわる>じゃなく、ボブ・ディランじゃないですけど<時代は変わる>という方向性にいきそうです。
たとえ経験値はなくても、いやないからこそ、特別な詩才に恵まれた若い女性だけが、ちょっと大袈裟な言い方ですが”神の視点”のようなものを持つことができたんじゃないか、などと思ってしまうんですよね。
ちなみに「時代」は「『いちご白書』をもう一度」と同じ1975年の大ヒット。ユーミンと中島みゆきという日本のポップス史上最高の”歌人”二人が同時期に「サークル・ゲーム」に関連した曲をヒットさせた(もちろん「時代」の方は僕の推察でしかないですが)と思うと少しワクワクしてしまいます。
それからもうひとつ、映画「いちご白書」のエンディングは、警官隊に取り押さえられていく主人公や学生たちの姿が描かれていましたが、そのシーンにインスパイアされて撮影されたのが『3年B組金八先生』の第2シリーズ、他校に立て籠った生徒が突入してきた警察に捕まり連行される場面です。
当時社会的にも大きな話題になり、日本のTVドラマ史上伝説的なシーンとして名高いですが、そこで印象的に流れたのが中島みゆきの「世情」だったんですね。「時代」などを聴いて中島みゆきの曲が好きだった、ディレクターの生野慈朗氏の独断で選曲されたと言われています。
そんなことを考えると、「サークル・ゲーム」という曲を中心にして、いろんな輪(サークル)が生まれたんだなあ、とあらためて思ってしまうんですよね。
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